第3節 思わぬ再会と、別れた家族。

「何やってるのこんなところで」


 青年がルネに話しかける。

 黒髪のハッキリとした目鼻立ちの青年。

 歳は15、6歳くらいだろうか。

 礼装スーツに身を包み、小綺麗な格好をしている。


「あ、あんたこそなんでこんな場所にいんのよ!」


 青年を見てあからさまにルネは慌てていた。

 わなわなと震えるルネに僕たちは顔とピリカは見合わせる。

 様子がおかしい。


「ルネ、知り合い?」


 僕が尋ねるとルネは相手から視線を逸らさず小声で言った。


「私のひとつ下の弟のソルよ」


「弟!?」


 初耳だった。

 弟がいたのか。

 ルネは忌々しげに頷く。


「中央の魔法省で働いているの。魔法を取り締まるトップ機関の人間よ」


 つまりルネの古巣で働いているということか。

 魔法省に携わる組織はエリートだという話だから、例に漏れず彼もエリートなのだろう。


「でもなんでそんな人がこんな所に?」


 すると「実は……」とウタコさんが言葉を紡いだ。


「今年は魔法省の方が視察に来られることになったんです。ひょっとしたらルネさんのお知り合いじゃないかと思って、驚かせようと思って内緒にしていたのだけれど……」


「視察ぅ!?」


 ギョッとするルネにウタコさんが申し訳無さそうな顔をした。


「ごめんなさい、まずかったかしら」


「まずいどころじゃないわよ! 地方に出るってだけで散々馬鹿にされたのに……!」


 ルネがわなわなとコブシを握りしめる。

 そんな彼女にソルは呆れたようにため息を吐いた。


「魔法省を辞めて地方に行ったって聞いてたから何やってるのかと思ったら、こんなところでお祭りごっことはね」


「ごっことは何よ!」


 怒鳴るルネを無視してソルは僕たちの顔をじっと眺める。


「いかにも田舎って感じの顔ぶれだね。都落ちした姉さんにはピッタリだ」


「何ですって……!」


 するとピリカがムッと口をへの字に曲げた。

 まずいな、と思う頃には既に相手に詰め寄っている。


「小僧、言うてくれるやないか。誰が田舎者やねん、もう一度言ってみろやおい」


 完全にチンピラだ。

 ここで揉め事になるのはまずい。

 止めようと前に出ようとした時、不意にピリカの体が急に浮かび上がった。

 まるで見えない手につままれたように、腰から宙に浮かんでいる。


「何や!? 何が起こってん!?」


「田舎者風情が、ソル兄様にたてつこうだなんて百万年早いのです」


 するとソルの背後からもう一人、スーツ姿の少女が姿を見せた。

 黒色の巻き髪ロングの少女。

 年齢はソルと同じ15、6歳くらいか。

 少女を見たルネは、更に目を見開いた。 


「ダスカ! あんたまで来てたの!?」


 ダスカと呼ばれた少女はフンと鼻を鳴らす。

 ソル兄様、と言っていたから先程の少年の妹か。

 つまりルネの妹らしい。


「田舎にソル兄様一人向かわせる訳にはいかないのです。ルネお姉様こそ、こんなところで何やっていらっしゃるのです? 魔法省を辞めて田舎に籠もったとお聞きしています。お父様もお母様も呆れ果てていました」


「うるさいわね! 私はもうウチとは縁を切ったのよ!」


「それは姉様が一方的にそう言っているだけなのです。お父様はお認めになっていません」


「あいつは世間体が気になってるだけでしょ!」


 ルネはぐぬぬぬと歯ぎしりしたあと、不意に辺りを見渡した。


「……他の魔法省の奴は?」


「中にいるよ。姉さんと顔見知りなのは僕らくらいだから安心したら?」


「そんなに怖がらなくても大丈夫なのですよ? ルネ姉様」


「だ、誰が怖がってなんか!」


 あからさまにルネは狼狽えている。

 話には聞いていたが、やはり相当な遺恨があるのだろう。


「ルネ姉さんも今日の収穫祭に参加するの?」


「そうだけど……」


「田舎魔女にはお似合いなのです」


「あんたらねぇ!」


 ルネの目が怒りで燃えている。

 今にもバトルが勃発しそうな雰囲気の中「それよりええ加減降ろせや!」とピリカが叫んだ。

 その様子を見てダスカがパチリと指を弾くと、ピリカの体が浮力を失って落っこちる。

 落ちてきたピリカの体を僕が受け止めた。


「大丈夫?」


「す、すまん……」


 僕が抱きかかえるとピリカが顔を赤らめた。

 そんな僕たちにダスカが肩をすくめる。


「情けないものなのです。かつて一斉を風靡した魔法使いがこんなお祭りに参加してるだなんて。せいぜい頑張ってくださいませ、ルネお姉様」


 ダスカとソルが建物へと戻っていった。

 残されたルネは悔しそうに唇を噛む。


「くそぅ、あいつらそんなに馬鹿にするなら何で視察なんて来たのよ……!」


「ルネって、家族仲あんまり良くないの?」


 僕が尋ねるとルネはうつむいた。


「母様が死んで、そのあとにやってきた後妻の子供がダスカとソルなの」


 だから髪の色が違ったのか。

 二人共ルネと身体的特徴が違っていた。

 あれは母親が違ったためか。


「ウチは名家でね。一族の人間はいずれも要人ばっかりなのよ。そんな家の長女がエリートコースを抜けて田舎に行ったんだから、笑いものにする奴らがいるってわけ。あの子たちも、どうせ職場の奴らや父様と母様にあることないこと吹聴されてるんでしょ。昔はあんなに懐いていたくせにぃ……!」


「ごめんなさい、ルネさん。まさかこんなことになるとは思わなくて」


 ウタコさんが頭を下げると、ルネはバツが悪そうな顔をした。


「別に管理人さんが謝ることないけど……」


 ピリカが「うーむ」と難しい顔で顎に手を当てる。


「でも店長、どないすんねん? 収穫祭は魔法店『御月見』の名を売る大チャンスや。せやけど出たら店長は馬鹿にされ、ちっぽけなプライドを傷つけられるやろ」


「ちっぽけとは何よ!」


「ルネさん、もしまずいのであれば、今からでも参加を取りやめましょうか?」


 ウタコさんの提案にルネは少し逡巡した後――


「いや、やるわ」


 と、覚悟を決めたように強い瞳を浮かべた。


「店長として責任は果たす。あいつらはどうせすぐ帰るんだから、今後のことを考えたら出た方が良いに決まってる」


「変なところで真面目やなぁ」


 それは多分、ルネのプライドであり意地だった。

 でもこのままじゃ、せっかくの祭りが台無しだ。


 ――収穫祭が夜の開催で助かるわぁ。今日は楽しむわよぉ。


 少し前までルネは珍しいくらい声を弾ませていた。

 きっとずっと今日の祭りを楽しみにしていたんだろう。

 収穫祭に出ることを決めたのだって、祭りを最大限楽しみたいからに決まっている。


 そんな彼女の気持ちに水を差したまま祭りが進むのは、あまりに可愛そうに思えた。


「ねぇ」


 僕が言うと皆の視線が集まる。


「一つ考えがあるんだけど」

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