第2節 祭りと喧騒と、顔なじみ。

「「「魔法屋として収穫祭に出てほしい?」」やて?」


『御月見』のレジカウンターにて。

 ウタコさんから話を聞いた僕たちは揃って声を出した。

 彼女はいつものにこやかな表情を変えず「はい」と告げる。


「ストロークホームスの一大イベントですから。どうかなって」


「あれは農夫の仕事でしょ? 私たちがやってもいいの?」


「もちろん! 毎年ゲストを招いて盛大に行うのが収穫祭ですから。この街の魔法使いたちがこぞって腕を発揮するイベントでもあるんですよ」


「なるほどねぇ。要はパフォーマンスで観客を盛り上げろってことか」


 ルネが満更でもない表情を浮かべると「ええやないか店長」とピリカが賛同する。


「ウチの客足を増やすためにもええ宣伝になるんちゃう? そのために誘ってくれたんやろ? えっと――」


「ウタコです」


「ウタコの姉ちゃんか。ウチはピリカ。この店に雇われた店番兼素材の仕入れ屋や」


「よろしくお願いしますね、ピリカさん」


 そう言えばこの二人初対面か。

 今更自己紹介している二人に何だかむず痒さを感じていると、同じことを考えていたらしいルネが口を開く。


「言っとくけどあんた、失礼がないようになさいよね。この建物の管理人さんなんだから」


「何やこの店、賃貸かいな。せやったらますます稼ぎは必要やろ。収穫祭で店長の魔法の腕を見せたったらええねん。元魔法省勤務、SS級の魔法ライセンスの腕の見せどころやろ」


「ええ、ルネさんたちが参加してくれるならきっと盛り上がるわ」


 ウタコさんは嬉しそうに手を叩いた。


「それに今年の収穫祭は特別ゲストが来られるんです。ルネさんに声を掛けたのはそれが理由でもあるの」


「特別ゲストって?」


「ふふ、それは当日までのお楽しみです」


 ウタコさんの言葉に僕たちは顔を見合わせる。

 でも今は話してくれなさそうだ。


 かくして、魔法店『御月見』の収穫祭への参加が決まったのだった。


 ◯


 そして収穫祭当日が来た。

 すっかり日が沈み、空に満月が昇る頃。

 店を閉めた僕たちはストロークホームスの街へと繰り出す。

 街はいつもと違い、かなりの観光客が溢れていた。

 

「すごい盛り上がりね」


 ルネが声を弾ませる。

 心なしかその顔には笑みが浮かんでいた。


 魔法で宙に街灯が浮かび、多数の出店が出されている。

 小物屋が街灯販売でアクセサリを売っていたり、飲食店が出張販売をしていたり。

 元の世界の夏祭りやハロウィンを彷彿とさせるような賑わいっぷりだった。

 違うのは歩いているのがコスプレイヤーではなく、本物であるということなのだが。


「収穫祭が夜の開催で助かるわぁ。今日は楽しむわよぉ」


 ルネは嬉しそうにぐっと伸びをする。

 確かにここ最近、どこに出かけるにしてもいつも昼間だった。

 昼間ウサギのルネにとって、外に堂々と出られるイベントは案外貴重なのかもしれない。


「それにしても、僕らもお店出さなくていいの? こう言うときこそ稼ぎ時でしょ」


「そんなの来年からでいいわよ。私、今年このお祭り楽しみにしてたんだから」


 ルネの言葉に「せやな」とピリカも頷く。


「全員初めてな訳やし、祭りの感じ知っとくのも悪くないやろ」


「それなら良いけど……」


『御月見』の経営状況は何となく把握しているが、いかんせん細かい会計をしているのがルネという所にそこはかとない不安を抱いている自分もいる。

 原価と売価を同じにしようとしていたことを僕は忘れない。

 税金の処理もあるだろうし、いずれにせよ今度『響』の店長ミランダさんに会計となる人を紹介してもらった方が良いだろうな。


 そんな現実的なことを考えていると、目の前にヌッと大きな物体が出現した。

 ぶつかりそうになり、思わず手をつく。


「よぉ、お前ら」


 目の前の物体は巨大な大男だった。

 不意に話しかけられ、ピリカが「おわぁ!」とひっくり返る。

 大男はルボスさんだった。


「ルボスさん、こんばんは」


「お前らも今日は店じまいか」


「ですね」


「道也ぁ! な、な、何やこの化け物は!?」


 ブルブル震えながらピリカが指差すと「化け物とは酷ぇ言いようだな」とルボスさんは呆れ顔を浮かべた。


「ルボスさんだよ。この街の花屋さんなんだ」


「このなりで花屋やて!? 押し花でも売ってんのか?」


「口には気をつけろよ。お前のことは良く知ってるぜ、仕入れ屋。一時期かなり目立ってたからな。ここ最近は噂が途絶えたと思ってたが……まさかこいつらの店で働くようになったとはな」


「何や……? ウチのこと嗅ぎ回って、ウチも押し花にする気か……?」


「何訳わかんねぇこと言ってんだ」


「ルボスさんも今日はお店開いてないんですね」


 僕が尋ねるとルボスさんは「あぁ」と頷いた。


「今日は無礼講だ。何せこの街の年に一度の大行事だからな。毎年この祭りでは酒を楽しむって決めてんだよ」


 見るとルボスさんはビールらしき液体が入ったカップを持っていた。

 こう言うお祭りに対する感覚もやはり元の世界と共通しているらしい。


 食べ歩くと言うルボスさんと別れて僕らは再び道を歩く。


「ところでこれ、どこ向かってるの?」


 僕がルネに尋ねると「祭りの本部よ」と返ってきた。


「今日の豊穣祭に出るにあたって段取りの確認よ。一応事前に説明は受けてるけど、念の為顔も出そうと思ってるの」


「なるほどね」


 すると「道也さん」とどこからともなく声がした。

 見ると赤毛の女の子がこちらに手を振っている。

 フィリさんだった。


「誰かと思ったら、駅前の魔法店の嬢ちゃんやん」


「あんた一人なの?」


「お姉ちゃんと待ち合わせなんです。ウチは今日出店してて、現場の様子を見に行こうって」


「やっぱ大きい店は人手があってええなぁ」


「皆さんはお店出してないんですか?」


 フィリさんの質問に僕は頷く。


「せっかくなんで、今日はお休みにして街を回ることにしたんです。僕らは全員、収穫祭初めてですから」


「そうですか! ならきっと楽しめますよ! 収穫祭、とっても楽しいので!」


 彼女は嬉しそうに笑みを浮かべると、チラリとルネやピリカを一瞥した。

 なんだろう。


「本当は一緒に回りたかったけど、来年にした方が良いかな……」


「何の話です?」


「あ、いえ! こっちの話です!」


 僕が尋ねるとフィリさんは顔を赤らめ「それじゃあ!」と去っていった。

 その背中を見送っていると、ピリカがいたずらっぽい表情で僕をヒジでつつく。


「おい道也、お前も青春してるな」


「何の話?」


「お前気づいてへんのか? 呆れた鈍感さやなぁ」


「気づくって、何の話しよ?」


「もう一人鈍感な奴がおったわ……」


 首を傾げるルネにピリカは頭を抱えた。


 ふと見ると、遠方に人だかりが出来ていることに気が付いた。

 誰かが何かを演説している。


「アテネ様はかつてこの世界をお創りになりました。今日の私たちがあるのは、アテネ様のおかげです」


 聞き覚えのある声で何やら宣教が始まっていた。

 人だかりの隙間から姿が見える。

 アテネ教のシスター、ルゥさんとクレハさんだ。

 こちらに気づいたのか、ルゥさんがピョンピョン飛び跳ねながら手を振ってくれる。


「あれは知り合い?」


 ルネの言葉に僕は頷いた。


「この前行った教会のシスターだよ」


「あぁ、あんたが倒れたって言う……」


 ルネは納得したように小さく頷いた後。


「何だかんだ、私たちもこの街に知り合いが増えてきたってわけか」


 と、こぼすように呟いたのが妙に印象に残った。


 ◯


 そんな形で僕たちはのんびりと祭りの中を進んだ。

 街の駅のすぐ側に、かなり大きな木造の建物が存在していた。

 この中を祭りの本部にしているらしい。


「皆さん、お待ちしてましたよ」


 建物に近づくとウタコさんが僕らを出迎えてくれた。


「遅かったから心配していたの」


「すいません、知り合いと話してたら遅くなってしまって」


「謎に遭遇するのよね」


「あら、そうなんですか?」


 意外そうなウタコさんに僕は頷く。


「ついこの間までは誰も知らなかったのに、ずいぶん街に馴染んだなって話してたんです」


 するとウタコさんは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「道也さんたちにも、帰る場所が出来たんですね」


「帰る場所?」


 そう言われて、ハッとする。

 少し前まで、誰も知り合いなんていなかった。


 都会から追放されたルネ。

 異世界に迷い込んだ僕。

 寄る辺のなかったピリカ。


 どこにも居場所がなかった僕たちには、いつしか帰る場所が出来つつあるのだと。


 ――ストロークホームスは、居場所を与えてくれるからな。


 いつかルボスさんに言われた言葉を思い出す。

 この街は、僕たちにも帰る場所を与えてくれたんだ。


「中に入りましょう。ルネさんに紹介したい人がいるんです」


「紹介したい人って、この間言ってた特別ゲストってやつ?」


「はい。実は今日――」


 ウタコさんが何か言いかけたその時。

 祭りの本部のドアが開き、一人の青年が姿を見せた。


「ねぇ」


 青年はルネを見て声を掛ける。

 ルネが「あぁん?」と振り返った。


「今度は誰よ――」


 言いかけたルネはそこで言葉をつぐむ。


「何やってるのこんなところで、ルネ姉さん」


 彼を見たルネの表情は凍りついていた。

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