第4節 創世神話と、選ばれし英雄。
かつてこの世界が生まれた頃。
世界には三柱の神様がいたのです。
一人は我らが太陽神アテネ様。
一人は鬼神ユラヌス。
一人は夜神ヤミ。
アテネ様は太陽に属する神様です。
ヤミは夜を司るアテネ様の妹。
鬼神ユラヌスはアテネ様とヤミの仲介者として生まれ均衡を保つ存在でした。
アテネ様は世界を生み出し朝を与え。
ヤミは夜と共に眠りを私たちに授けました。
人々は二人の象徴となる太陽と月に日々感謝を捧げ、世界は順調に発展しました。
しかしそれを快く思わない存在がいました。
鬼神ユラヌスです。
人々に敬わられるのはアテネ様とヤミばかり。
ユラヌスはそれが面白くありませんでした。
しかしアテネ様の生み出した世界は完璧でした。
ユラヌスが世界に干渉する余地などどこにもなかったのです。
そこでユラヌスは考えました。
世界に手を出せないなら作り直せばよい、と。
そしてユラヌスは世界を滅ぼし、もう一度自分の理想とする世界を作ろうとしました。
そのためにはアテネ様が邪魔です。
だからユラヌスはアテネ様の命を狙おうとしました。
しかしそのことにいち早く気づいたのが、アテネ様の妹ヤミです。
ヤミはユラヌスと争い、三日三晩戦い続け。
やがてヤミはユラヌスと共にこの世界から姿を消しました。
そしてユラヌスが消えた世界から危機は去り。
この世に唯一神としてアテネ様だけが残ったんです。
◯
「――と、まぁこれが創造神話です。おとぎ話みたいなものですね」
クレハさんは目をニッコリと目を細める。
「それって、ヤミとユラヌスはどうなったんですか?」
僕が尋ねるとクレハさんはそっと肩をすくめた。
「一説では、どこか遠い異世界でヤミはユラヌスを封じ、今も目覚めぬよう見守り続けていると言われています」
「異世界……」
その言葉が、妙に心に引っ掛かる。
「ユラヌスの目的は自分の理想郷を作ることやったんやろ? 案外ヤミを返り討ちにして、まったく違うところで新しい世界作ってたりしてな」
ピリカがニシシシといたずら小僧みたいな笑みを浮かべる。
しかしクレハさんは特に動ずること無く「それも一つの解釈ですね」と答えた。
「創造神話にはいくつか解釈があります。人によって、そこから得る学びは様々です」
「あの……」
「何でしょう?」
僕は少し迷ったが、言葉を続けた。
「滅びの未来って言葉はご存知ですか?」
「滅びの未来?」
クレハさんは首を傾げる。
僕は頷いた。
「実は少し前、夢の中でこの像によく似た女の人が出てきたんです。彼女は泣きながら僕に告げました。『滅びの未来を止めてほしい』って」
「へぇ、アテネ様に良く似た人が?」
クレハさんは興味深げにこちらを見た。
ピリカとルゥさんは不思議そうに顔を見合わせている。
今考えたら、この世界の人に夢の話をするのはこれが初めてだ。
「それはもしかしたら、お告げかもしれませんね」
寝言だと一蹴されるかと思ったが、以外にもクレハさんは真剣に聞いてくれた。
「お告げ?」
「実を言うと、夢にアテネ様が現れると言う人は少なくないんです」
「本当ですか?」
僕は思わず身を乗り出した。
クレハさんは頷く。
「神託を受けた、あるいは不思議な夢を見たという人が教会に来られることは度々あります。それは事故を予知したり、大きな争いを予言するようなものであったりしたそうですよ。実際に、危機を回避したという事例も存在します。今もアテネ様は世界を見守り、そして時折こうして私たちを導いてくださるというのが、アテネ教の解釈です」
「つまり、僕が夢で見たのはアテネ本人である可能性が高い?」
「それはわかりません。滅びの未来と言う言葉は、今まで耳にしたこともありませんから。それが何を示すのかは分かりませんが、似たような話はありますよ。最終戦争の話です」
「最終戦争?」
物騒な言葉に思わず眉をひそめる。
「異世界に追放されたユラヌスがいつか目覚めた時、世界を破壊しに戻ってくると言われています」
元の世界で言う黙示録みたいなものだろうか。
七つの笛が鳴り響き、世界に様々な災厄が到来する。
滅びの世界というのは、この魔法世界が終わる時の情景を指しているのかもしれない。
「それって、大丈夫なんですか?」
「なんや道也、信じとるんかいな。ただの神話やで」
ツンツン、とピリカがからかうように僕の脇腹をヒジで突っつく。
その様子を見てクレハさんも「ふふっ」と口元に笑みを浮かべた。
「心配いりません。この世界にはアテネ様に選ばれし英雄がいるという話です。時代により生まれ変わり、常に世界を守る役割を持つのだとか」
「英雄……」
考え込んでいると、「案外お前が英雄様やったりしてな」とピリカが言った。
「ピリカ、馬鹿にしてるだろ?」
「しゃあないやろ。こんなうさんくさい話に真剣になれって言う方が無理あるっちゅうねん。それにウチ、無宗教やしな」
「ま、まぁ、信じるも信じないも人それぞれですよぉ」
ルゥさんが場をとりなすように言葉を挟む。
教会の人がそれ言っちゃうのか。
でも確かに、ピリカの言う通り荒唐無稽な話だ。
本来であれば信じるはずもないだろう。
そう、実際にこうしてこの世界に運ばれでもしなければ。
英雄……か。
もしアテネが僕にその役目を求めて鬼の末裔である僕をこの世界に連れてきたのだとしたら。
なんとなく筋が通ってしまうような気がするのだ。
同じ鬼であるユラヌスに対抗するために、異世界から鬼の血を持つ僕を連れてきたのではないかと。
アテネの像を眺める。
一体彼女は僕に何を求めているのだろう。
すると、不意に。
ザザッと視界にノイズが走った。
何だ……?
一瞬だけ、ここではない別の場所が見えた気がする。
僕の様子に気づいたピリカが服を引っ張ってくる。
「何や道也、大丈夫か?」
「いや、何かめまいが……」
ピリカの顔を見つめる。
するとまたノイズが走った。
ザザッと、どこか見覚えのある情景が、映画のカットインみたいに視界に入ってくる。
視界がふらつき、何だかまともに立っていられない。
僕は思わず膝をついた。
「道也、おい、どないした!」
「道也さん!? 大丈夫ですかぁ?」
ピリカやルゥさんの声が聞こえる。
でもその声がどこか遠い。
ノイズが走る感覚が短くなる。
次々に場面が切り替わり、平衡感覚がおかしくなり始めた。
どこが地面で、重力がどこに向かって働いているのかわからない。
バランスが保てず思わず僕は倒れ混んだ。
「道也! しっかりせぇ道也!」
ピリカの声が聞こえなくなる。
とても目を開けてられない。
僕が目を閉じた、次の瞬間。
ピピピと音が鳴り響き、僕は目を覚ました。
聞き覚えのある電子音。
スマホの目覚ましだ。
ハッキリしない頭で何気なく手を伸ばし、枕元で鳴り響くその音を止める。
ここはどこだ。
暗い。夜だろうか。
スマホの時計を見つめる。
朝七時だった。
暗いが、夜目が利いているためか何となく辺りの様子がわかる。
見覚えのある天井、寝慣れたベッド、テレビ、本棚、机。
僕が目覚めたのは、元の世界にある自分の部屋だった。
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