第2節 迷子と龍と、大ジャンプ。

 ストロークホームスの街を歩きながら、ピリカと教会へ向かう。


「ええ天気やなぁ」


 穏やかな日差しの中、並木道の中を僕らは歩く。

 葉は美しく鮮やかな黄色や赤色へと変色しており、今が元の世界で言うところの秋にあたるのだと感じた。


「ルネ、お店に置いて来ちゃったけど良いのかな……」


「大丈夫やろ。我らが店長はお疲れや。たまにはゆっくり寝たらええねん」


「まぁ、それもそうだね」


 ルネはなんだかんだ言って努力家だ。

 天才を自称してはいるが、それ以上に努力の人でもあるのだと一緒に暮らして気が付いた。


『御月見』の商品を製作したり。

 夜間は店番をしたり。

 意外と常にあくせく働いている。


 特に最近は色々依頼が立て込んでいた。

 よせば良いのに今日だって昼間から僕の依頼に同行していたし、案外責任感が強いのかも知れない。


 ただ、昼夜働く生活が続いていたこともあり、ルネはかなり疲れているようだった。

 ピリカはそう言うのを見通していたのだろう。


 一応僕の方が先輩のはずなのだが、何だかピリカの方が先輩みたいだ。

 やはりちょっと冴島先輩みたいだなと感じる。

 まぁ、そんなこと言ったらピリカには女々しいと言われそうだけど。


「それで、教会ってどこにあるの?」


 すると「さてな」とピリカは肩をすくめた。


「ウチもまだこの街の地理には詳しくないからな。とりあえず鐘の音がした方に向かってみよや」


「そんな適当な。スマホ持ってないの?」


「寝床に置きっぱなしやわ」


「役に立たないスマホだなぁ」


「お前の機能してないやつよりマシや」


 仕方がないので鐘の音がした街の奥へと進んでみる。

 すると遠方に教会のものと思しき鐘が見えてきた。

 建物の隙間から、かなり大きな教会があるとわかる。


「ほら、あったやろ? ウチ知らん街でも目的地見つけるの得意やねん」


「さすが旅上手だね」


「ほら、こっちの小路や。入るで」


 ピリカは路地に入ってこちらを手招きする。


「その道大丈夫? 何か薄暗いけど」


「大丈夫や。こう言うのは裏道から行った方が早いって相場が決まってんねん」


「大丈夫かな……」


 不穏に思っていると案の定、全然違う場所で行き止まりに来てしまった。


「ありゃ、違うたか」


「ピリカ……」


 悲壮な顔で睨むとピリカは「ごめんて」とバツが悪そうに頭を掻いた。


「あれ? はれれ?」


 すると、後ろから人の声がした。

 振り返ると女の子が困ったような顔でキョロキョロしている。


 見覚えのある黒い修道服。

 どうみても教会のシスターに見えた。

 シスターが被っているような帽子は被っておらず、代わりと言わんばかりに頭部からはゴツゴツした角が飛び出ている。

 何かの獣人のようだ。


「また道に迷ってしまいましたぁ!? どうしましょう?」


 どでかい声で彼女は叫ぶ。

 よほど焦っているのかこちらまで声が届いて来た。


「何や騒がしいな……」


「変わった角と耳だね。獣人の女の子みたいだけど」


 するとピリカが何かに気づいたように「へぇ」と目を丸くした。


「龍人やん。えらい珍しいな」


「この世界って龍もいるの?」


「一応な。希少生物やで。まぁ、アレはやから龍とは別物やけどな」


「龍人って龍と人間のハーフじゃないの?」


「アホか! 龍とまぐわうとかどこの変態やねん!」


「でっかい声でまぐわうとか言わないでよ」


「お前が変なこと言うからやろ」


 この世界の獣人に関していまいち謎が多かったが、ますます意味が分からない。

 動物と獣人はまた別物なのか。

 それに龍がいるのに鬼は神話生物扱いなのも理不尽だ。


 色々考えていると「せや」とピリカが手を叩いた。


「あいつに声かけたら教会まで連れてってくれるんとちゃうか」


「さっき道に迷ったってでっかい声で言ってたけど……」


 まぁ目的地が一緒だから声だけでも掛けてみるか。

 僕は龍人のシスターに近づく。


「あの、もしかしなくても教会の方ですか?」


 僕が声を掛けると相手は「は、はいぃ!」と軍人のような反応速度で敬礼した。


「実は僕らも教会に向かっている最中で。よかったら一緒に行きませんか?」


「い、良いんですかぁ!?」


 彼女は目をキラキラと輝かせた。

 表情がコロコロと変わる人だな。


「実は私ぃ……今日から赴任になったんですけど、道に迷ってしまって」


「ストロークホームスは無駄に広いからな」


 シスターと合流して小路を歩く。

 彼女の名前はルゥと言うらしい。

 中央都市リンドバーグより赴任となった、新米のシスターだそうだ。


「あれだけ厳しく遅刻しないよう言われたのに……怒られちゃいますぅ」


「何や自分トロそうやもんな」


「ひぃん……」


「ピリカ、言い過ぎだよ」


「しゃあないやろ。素直な感想や」


 ピリカはじっとルゥさんを睨む。

 視線を感じたルゥさんはビクリと体を震わせた。


「ななな、なんですかぁ?」


「いや、でかいなと思って。胸が」


「ひぃぃ! ど、どこ見てるんですかぁ!」


 ルゥさんが体を震わせる度に胸がゆさゆさと揺れる。

 ピリカはしかめっ面で「駄肉が……」と呟いた。

 胸が大きな人に何か恨みでもあるのだろうか。


「ピリカ、初対面の人に失礼だよ」


「お前はもうちょい男っぽい反応見せんかい! 可愛い女の子がでっかい胸揺らしとるんやぞ! 顔赤くして視線をそらしてみたり、それでもチラチラ姑息に覗き見たりしたらどうやねん!!」


「何でキレてるんだよ……」


 ピリカとやいのやいの話しているうちにますます道がわからなくなる。

 まるで迷路だな。

 また行き止まりにたどり着いてしまった。


「もうダメですぅ……。今日は礼拝なのにぃ」


「あと何分くらいなんですか?」


「10分くらいですぅ……」


「いや、流石に間に合わんやろ。目的地見えてはいるんやけどなぁ」


 遠目に見える教会らしき建物の鐘。

 あそこに向かって歩いているのだが、道が入り組んでいて一向にたどり着く気配がない。

 もはや諦めモードの二人を見て、僕はふと思いついたことがあった。


「ちょっと僕が見てみるよ」


「見てみる?」


 僕は全身に血を巡らせる。

 筋肉が膨れ上がり、肉体が肥大化するのが分かった。

 体が鬼化しているのがわかる。

 服がギチギチに伸び、今にも破れそうだったが、そこら辺は上手く加減した。


 突然赤鬼のように変異した僕を見てルゥさんは「うぇええ!?」と声を出した。


「そそそそそれそれどどどうなってるんですかかかかぁ!?」


「ちょっとは落ち着かんかい。こう言う体質の奴やねんこいつは」


「たたた体質ぅ!?」


 うろたえるルゥさんを無視して僕は地面を蹴り思い切り跳躍した。

 見る見るうちに地面が遠ざかり、建物の隙間を抜けてストロークホームスの遥か高みへと躍り出る。


 空中に飛ぶことで、ようやく辺りの様子を見渡すことが出来た。

 どうやら教会に入るには本来大通りを行かねばならないらしい。


 僕らは小路に入って教会に向かっていたわけだが、幾重にも枝分かれする路地には抜け道が無かった。

 出口のない迷路のような構造になっているようだ。

 教会に行くには一度大通りまで出てぐるりと回り込む必要があるらしい。


 普通に歩けば30分は掛かるだろう。

 どう見ても礼拝の時間には間に合わなさそうだ。


 僕が地面に着地すると「あ、戻ってきた」とピリカが何でもないように言った。


「どやった?」


「一回大通り出て回り込まないとダメだね。それでもこのままだと間に合わないと思う」


「アカンか……」


「しょしょしょしょしょんなぁ!」


「だからこうすることにした」


 ルゥさんとピリカを、僕は腕で抱え込むように担ぎ上げた。

 予期せぬ僕の行動に二人が「はっ!?」と声を上げる。


「おい道也、何してんねん!」


「ひゃあ!? いいい一体なにを!?」


「まさかお前……」


「そのまさかだよ!」


 僕はそう言うと、思い切り地面を蹴ってジャンプした。

 建物を飛び越えるように一気に空に躍り出る。


「うわあああああぁぁ!」


「あわわわわわわわ!! 死ぬぅぅぅ!」


 僕の両腕で叫ぶピリカとルゥさんを無視して、僕は教会前の広場へ狙いを定める。

 先ほど跳躍した時に人が居ないのは確認済みだ。


 体を動かし、急速に近づいてきた地面にズシンと着地する。

 思い切り踏ん張ったせいで地面が少しひび割れたが、まぁ大丈夫だろう。


「何とか間に合った。って大丈夫?」


「は、はひぃ……」


「お前……後でコロス……」


 僕の腕の中で、ピリカとルゥさんが目をクルクル回していた。

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