第6節 招きの魔法と、新たな仲間。

 空に流れる大量の星にルネは向かい合う。


「行くわよ」


 ルネが空に手を伸ばした時。

 遥か彼方を流れていた星たちの軌道が変わった。

 遠くに流れているように見えた流星の火球が方向を変え、地上に近づいている。


「まだまだ!」


 ルネがさらに手招きすると、彼女の手がかがやいて星と共鳴した。

 地上に辿り着く前に燃え尽きていた星がどんどん大きくなる。

 火球がここへ向かっているのだ。

 ぶつかったら大惨事になる。


「ルネ、本当に大丈夫なの? 隕石なんて呼んで」


「流星が緩やかに下降する場所ちゃうんか!? あの勢い、ここら一帯吹き飛ぶやろ!」


 美しく幻想的な情景と共に、迫り来る脅威を目の前に感じていると「心配しなくても大丈夫よ」とルネが言った。


「すぐにわかるから見てなさい! それ!」


 まるで漁船の漁師が勢いよく網を引き寄せるように、ルネが思い切り手を引く。

 すると、一際深く輝いた星が燃え尽きずに迫ってくるのが分かった。

 両手で抱え込めそうなほどの火球がぐんぐん地上に向かっている。


「見えた!」


 ルネは叫び、大きく手を引く。

 その叫びに呼応するように、翠の美しい輝きに包まれた火球が落ちてきていた。

 勢いを殺すことなく、地上に真っ直ぐ向かって来る。

 この流星の丘に。


「ルネ、ぶつかる!」


「嫌や、まだ死にとうないで!」


「だから大丈夫だって言ってんでしょ!」


 火球がぶつかるかと思ったその時。

 急激に勢いを落とした火球はフッと速度を落とした。

 地上に大きな衝撃を与えそうだった強烈な流星は、まるで宙に投げ出されたボールのようにその勢いを失うと。

 最終的には雪のようにふわふわと漂いながら地上に落ちて来た。


 落ちてきた火球は、ピリカの手元へ収まった。

 ピリカは呆然とした表情で、その火球を手にする。


「ふぃー、どうにか成功したわね」


 一仕事終えたと言う解放感に満ち溢れた顔でルネが汗を拭う。

 僕たちはと言えば、何が起こったのか分からず困惑していた。


「ピリカ、熱くないの?」


「別に熱くはない……」


 ピリカの手元にあったのは美しい翠の石だった。

 その鉱石を見て、ピリカは目を輝かせる。


「本物の流星の欠片や……」


 ピリカは呟いた。

 その様子を見て、ルネがいつものドヤ顔を浮かべる。


「あんた自分で言ってたじゃない。この場所は特殊な魔力が働いてて星と反発するように出来てるって。だからここなら安心して流星を呼べるってわけ」


 フフンとルネは得意気に胸を張る。


「もっとも、あの距離の流星を上手く引き寄せられる魔法使いはそういないけどね。だから流星核ってなかなか流通しないのよ」


「せやったんか……」


「なのにみんなバカだわぁ。ここに来れば流星核が手に入るって信じてるんだから。愚かね、愚か」


「こいついっつもこんな感じなん?」


「まぁ、割と」


「友達居なさそうやな」


「あんただけには言われたくないわよ!」


 プンスカ怒るルネを見て、僕とピリカは顔を見合わせるとどちらともなく笑った。


「ええな」


 ピリカは言う。


「お前ら気に入ったわ」


 ピリカは嘘偽りのない言葉で確かにそう言った。

 空には幾つもの星が流れていた。


 ◯


「それじゃ、ありがとうな」


 流星の丘を降りた僕たちはピリカと対峙する。


「本音を言うと、ホンマに流星核が手に入るか半信半疑やってんけど。お前らに任せて良かったわ」


「あんた、これからまた素材の採集に行くの?」


 ルネが尋ねるとピリカは頷いた。


「せや、旧友を探さなあかん。それに帰る場所もないしな。うちは生涯、この世界を旅して回んねん」


「帰る場所か……」


 僕はふと思う。

 ピリカは僕とよく似ていると。

 帰る場所がなく、家族もいない。

 彼女も僕も、本質は一緒だと思った。


 それなら――


「ストロークホームスは、ピリカにとって帰る場所にならないのかな」


 僕の言葉にピリカは不思議そうな顔をした。

 僕は続ける。


「前言われたんだ。ストロークホームスは帰る場所を与える街だって。寄る辺のない人に居場所を作ってくれる場所なんだよ、あの街は。僕もどこにも行く宛がなかったけど、ちゃんと帰る場所が出来た」


「あの田舎街やったら、うちの居場所が出来るっちゅうことか?」


 僕は頷く。


「それに仕事ならあるよ。僕ら、ちょうど腕利きの素材屋を探してたんだ。ねぇルネ?」


「うぇ!?」


 ルネは虚を衝かれたような顔を浮かべると、すぐに察したのかふんぞり返りながら頷いた。


「そ、そうね。調達してほしいものが山ほどあるんだから。こう見えても結構繁盛してんのよ、私たちの店」


「ってことみたいだから、どうかな? 僕らに専属として雇われてみるのは」


「道也……」


 ピリカは少しだけ嬉しそうな顔を浮かべた後、やがてブンブンと首を振った。


「そない言われても家も無いしな。居場所が出来たとしても、やっぱり帰る場所がない。ずっと宿取って滞在すんのも無理があるやろ」


「帰る場所か……」


 そこで僕は一つ閃いた。


「それなら、提案なんだけど」


 ルネとピリカは不思議そうな顔で僕を見た。


 ◯


 数日後。

 夕暮れ時に僕が店番をしていると店の入口からドスンと音がした

 何事かと思って顔をあげ、フッと笑みが浮かぶ


「荷物多すぎるから手伝ってくれぇ!」


 大量の荷物を抱えたピリカがいた。

 かなり大きなリュックを背負っており、入口で詰まっている


「何でこんな大量の荷物……」


「仕方ないやろ! 宿にあったやつ全部持って来たんやから!」


「今までこの荷物を持って旅を?」


「せやで。大したもんやろ?」


 そう言ったピリカはどこか得意気だった。

 すると人間の姿に戻っていたルネが奥から姿を見せる。


「来たわね、仕入れ屋。こってりこき使ってやるから覚悟なさい」


「世話になるで、金髪娘」


 ピリカはニヤリと笑みを浮かべた後、ふと気になったように表情を変えた。


「でも……ホンマにええんか? ここで住み込みで働くなんて」


「べつに。一人も二人も一緒よ。そのかわり寝る場所は倉庫。あと格安で働いてもらうから」


「足元見おってからに」


 ピリカはどこか嬉しそうだった。


 あの流星群の日に僕たちが提案したのは、『御月見』で住み込みで働くこと。

 ここをピリカの帰る場所にしたらどうかと提案したのだ。

 また新しい仲間を迎えて、『御月見』は賑やかになろうとしている。

 僕からしたら、口うるさい同居人が増えたって感じだけど。


「それじゃあまぁ、よろしく頼むで。二人とも」


「よろしく、ピリカ」


 少しだけ、楽しくなりそうな予感がした。

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