第5節 贖罪と、彼女の過去。

「お前の体どうなっとるんや?」


「ちょっとね。特殊な血を引く家系の生まれなんだ」


「ほん? 何やよう分からんけど、お前みたいなん初めてやわ。世の中広いのう」


 花畑の中に寝転がるように僕らは空を仰ぐ。

 ずいぶん力を使い果たしてしまったみたいで、全く力が入らない。

 そんな僕の胸元に、ルネがちょこりと乗ってきた。


「まさか収穫のこの季節にこんなに花が咲いてるとはな」


「この花って何の花なの?」


「たぶん夜月草やな。珍しい花やで。この時期に咲く花とちゃうけど、魔力が多い場所やから育ってんのかも知れへんな」


「そっか……」


「魔法薬にも使われるし、これも後で収穫しよか」


 さっきまで命の危機だったのに、もう商売のこと考えている。

 彼女の性分なのだろう。

 たくましいなと思う。


「キレイな花だな……」


 美しく白い花弁を咲かせる夜月草は、僕らの来訪を祝福しているようにも見えた。

 流星の丘で夜が来るまで待機する。

 すっかり疲労した僕たちは、近くの岩場に腰掛けて休んでいた。


「さっきはキツイこと言ってすまんかったな」


「何の話?」


「お前が先輩の話しとった時のあれや」


「あぁ……」


 あのど直球の言葉で刺された時のことか。


「あまり気にしていなかったから忘れてたよ」


「えぇ? 結構酷いこと言ったと思てんけど」


「確かに言い方はキツかったけど、事実は事実だしね。それに、いつもルネからも色々言われてるから慣れちゃったよ」


「とんでもないやつやな……」


 ピリカは呆れ笑いを浮かべた後、そっと視線を落とした。


「お前にキツく言ってしもたんは、ちょっとイラついたからやねん」


「僕に?」


「いや――」


 ピリカは首を降る。


「自分にや」


 そう言うと、彼女はどこからとも無く小さなネックレスを取り出した。

 かなり古いシルバーのネックレス。

 何か宝石のようなものがハマった跡があるが、取れてしまったのか今は何も付いていない。


「ウチもな、人の善意を無碍むげにしてもうたことがあるんや」


 ピリカはネックレスと静かに掲げる。


「ウチは孤児でな。オトンもオカンもウチが子供の頃に死んでしもたんや。施設に引き取られたけどそこでも馴染めんで、いつも孤立しとった」


 ◯


 一人だけ、仲良くしてくれる奴がおってな。

 エトっちゅう名前の、気の弱い人間の女の子や。

 何でか知らんがウチによう懐いててな。

 いつもウチの後ろを付いてきとったんや。


 施設には全然馴染めへんかったウチやけど、エトにだけは気を許してた。


 せやけど、ある日エトを引き取りたいっちゅう里親が現れてな。

 エトは施設を出ることになったんや。

 15歳くらいの頃やったと思う。


 このネックレスはエトがウチのくれたもんでな。

 本当は、流星核がハマっとったんや。

『お別れの印に』って、エトが渡してくれた。


 それをウチは捨ててしもたんや。

『どうせ二度と会わんのやから意味分からんことすんなや!』ってな。

 アホやったわ。

 エトがウチを独りで置いていく気がして、焼きもち焼いててん。

 どんな気持ちでエトがそれを作ったかも分からず、ネックレスを投げた。

 その時、流星核は粉々になって砕けてしもたんや。


 ◯


「それを見たエトは、涙目でウチの頬を叩いた」


「その後、その人とは?」


「エトとはそれきりや」


 ピリカは寂しそうな笑みを浮かべる。


「エトの最後の泣き顔が忘れられんでな。流星核が無くなったこのペンダントだけを、ウチは今も未練がましゅう持っとるちゅうわけや」


「それで流星核を?」


 ピリカは頷く。


「このペンダントをもし修復できたら、いつか会えた時にエトに謝ろう思てな。どこにおるんかも分からんのに、ずっと追い求めとったんや」


「もしかして、それで仕入れ屋に?」


「ま、この商売続けとるのは性に合っとったっちゅうのもあるけどな。少なくともきっかけではあったな。皮肉にも、流星核がどれほど貴重なものなんかを知ったのは仕入れ屋になってしばらく経ってからやったけどな」


「その子はどうやってそんな貴重なものを手に入れたんだろう……」


「多分、親の遺品やな。エトもウチと同じで、小さい頃に親を亡くしとるから。このネックレスは、多分エトの両親の形見や。そんな大切なもんをエトはウチに託してくれててん。今となってはもう遅いけどな」


 ピリカは立ち上がると、グッと伸びをした。


「流星核はウチにとって特別な物や。それが今夜手に入る。仕入れ屋になって結構経つけどようやく情報を掴めた。手に入れるチャンスがやっと巡ってきたんや」


 そこでふと疑問を抱く。


「ところで、ピリカっていまいくつ?」


「ウチか? 20歳はたちやで」


「え、タメ?」


「なんや小僧。お前も同い年か」


「もはや小僧じゃないでしょ」


「じゃあ道也って呼ぶわ」


 どちらともなく笑みを浮かべる。

 気がつけば空は朱くなり、美しい夜月草は夕日に赤く染まっていた。

 ずいぶんと長く話してしまったらしい。


「そろそろ夜やな」


 宵の空にはポツリポツリと星が浮かび上がる。

 ストロークホームスよりもずっと鮮明に星空が浮かぼうとしていると分かった。


「流星だ……」


 空を流れる流星が加工し、長い軌道を描いて地表に落ちてくる。

 しかし、この丘に降り注ぐはずの流星は、遥か遠くへと飛び去り焼失してしまった。


「星、降らないね」


「何でや!? この場所やったら降ってくるんとちゃうんか?」


「甘いわね」


 絶望に打ちひしがれるピリカの声に、聞き覚えのある声が被さる。

 ルネだった。

 いつの間にか人間に戻っている。


「お前、いつ来たんや?」


「今さっきってところかしら。ま、そんな話は今はどうでも良いでしょ。それより問題は流星核よ」


 ルネは空を見上げる。


「確かにここは流星が降り注ぐ丘よ。でも、今のままじゃ無理」


「何でや?」


「軌道がズレてるから。星が降るにはもう少し角度が足りない。せっかくの流星群の夜だけど、このままじゃ流星核を手にするのは無理ね。そもそもここは、無条件で星が降り注ぐような場所じゃないの」


「じゃあどないすんねん?」


「ここは魔法使いが魔法を使って星を呼ぶ場所なのよ」


 ルネはいつもの得意気な顔で、ニヤリと笑みを浮かべた。


「私に任せときなさい」

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