第3節 思い出話と、姐御肌。

 流星群の当日が来た。

 流星の丘はストロークホームスから北に歩いて十時間近くは掛かる辺鄙な場所にあるらしい。

 そのため朝早くから向かうことになった。


 駅前で待ち合わせていると、ピリカが「よう」と手を上げてどこからともなくやってくる。

 ポケットに手を突っ込んでノソノソ歩いてくる姿はどこか風格がある。

 見た目は完全に幼女だが、姐御みたいだ。


「悪かったな、朝早よから呼び出して」


「大丈夫です」


 するとピリカは誰かを探すようにキョロキョロを周囲を見渡す。


「あの金髪の姉ちゃんはどないした? 流星の核を掴むんやったら、魔法使いは必要やで。核を摘出すんのに魔力コントロールが必要やからな」


「ルネは――」


 すると僕の頬をポンと何かが叩く。

 ノソリと僕の肩に乗ったウサギだった。

 ルネだ。不機嫌そうに僕を見ている。

 余計なことは話すなと言うことだろう。


「――後で向かうので先に行っててほしいそうです」


「さよか? ならええわ。でも、魔法使いがおらんと結構面倒くさい旅路になるのう」


「そうなんですか?」


「行けば分かるわ」


 街の北部に向かいながらピリカと世間話をする。

 関西弁のイメージ通り、気さくな人で次から次へと絶えず話題が続いた。


 彼女が今まで仕入れた素材の話や、道行く人を見て「あの姉ちゃん美人やな」と感想を述べるなど、見てて退屈はしない。

 僕はそこまで積極的に話題を出すタイプじゃないので沈黙にならないのは正直助かった。

 ちなみにルネの場合は無限に自慢話をしだすので、彼女と歩くとほぼラジオを垂れ流す状態に近くなる。


 やがてストロークホームスの北側へとやって来た。

 それまで続いていた整備された石造りの道が途切れ、突如として一面の稲穂が広がる。

 この街に来る時、電車でその景色は眺めていたが、こうして間近で見ると圧巻だ。


「改めて見るとすごいな……」


「ほな行くで」


 ピリカに先導される形でストロークホームスの稲穂の中を歩く。

 まんべんなく敷き詰められた稲畑はかなり広大で、あぜ道が見当たらない。

 必然的に畑の真ん中を突っ切る形になった。

 作業する魔女の姿などが見受けられるが、特に怒られる気配はない。


 稲穂は僕の腰回りよりも高く育っている。

 収穫間際と言う感じだ。

 その中を歩いていると、不意にピリカが居ないことに気がついた。


「ピリカさん? どこですか?」


「おおい、おぶってくれ。前が見えへん」


 稲穂の中からピリカの手がピョンピョン飛び出す。


「難儀な人だな」


 仕方ないので彼女の近くでしゃがむと、肩車する形で首元に足を回された。

 肩に乗ったルネが慌てて飛び降りて足元で怒っている。

 ピリカを肩車すると「助かったわ」と上機嫌で言われた。


「この稲穂の育ち具合やろ? ウチ一人やとまともに歩けへんのや。このあたりは交通もないからな。ホンマやったらあの魔法使いの姉ちゃんのホウキに乗せてもらおうと思っとたんや」


「なるほど……」


「ストロークホームスは一応地方都市って扱いやけどな。所詮は田んぼに囲まれた田舎町や。住みやすいけど、都会のリンドバーグとは比べ物にならんな」


「リンドバーグってそんなにすごいんですか?」


「そりゃそうやわ。何せ、この魔法国の中心的な都市やからな。この世の魔法の総本山みたいなとこやで。魔法に関するものは大概何でもあるとも言われてるな。せやから、第一線の魔法使いたちはリンドバーグに集まるんや」


「じゃあ、リンドバーグの魔法省に勤めるってひょっとしてすごい……?」


「すごいなんてもんやないで。とんでもない才能や。魔法を努力しつくして極めた奴らの中でも、更に突出した才能が無いとたどり着けへん領域やしな。一級魔法使いの中でも、本当に頂点の奴らが入るような場所やな」


「そんなにすごいんだ……」


 ルネってもしかしたらすごい奴なのかもしれない。

「ただ」とピリカは続けた。


「魔法省はこの世の魔法のルールを生み出し、監視する組織でもある。せやから敵も多いし、恨みも買いやすい。殺された奴も何人もおるっちゅう話や。現役の魔法省職員は厳重な結界魔法が施された施設で寝泊まりしてるみたいやし、まともな生活出来てへんのとちゃうかな」


「……そうなの?」


 足元にいるルネを抱きかかえるとうんうんと頷いていた。

 ポンコツ魔法使いだと思っていたが、彼女なりに色々苦労していたのだろう。


「そう言えばリンドバーグでは魔法に関するものなら何でも手に入るって言ってましたよね? だったら流星核も手に入るんじゃあ?」


「それくらいでかい都市って話や。それにリンドバーグで流星核を追おうと思ったらとんでもない額するんや。何せレアもんやから街中探しても見つからんやろ。都会は競争率が激しいねん」


 だからストロークホームスの市場で探してたのか。


「採集出来る場所があって、手に入るタイミングも分かってるなら取りに行くっちゅう方が普通や。それにウチは仕入れ屋やで? 素材を安価で仕入れることに命費やしとんねん」


「なるほど。市場で揉めてたのは……」


「安くで手に入らへんかなって思たんや。確かに安かったけど、偽物やった」


 揉めてた理由がようやく分かった気がした。


「流星核って、魔力の結晶でしたっけ」


「せや。人の内在する魔力を活性化させ、高める作用を持つ」


「やっぱり売るんですか? 魔法使い的な人に」


 するとピリカは少し黙った後「売らへん」と言った。


「うちはな、長い間仕入れ屋として旅しててな。流星核はずっと探してる素材の一つやねん」


「旅ということは、ストロークホームスに来たのは最近?」


「せやで。意外か?」


「街の事情に詳しいみたいだったので、ずっとこっちに住んでいるのかと」


「各所を巡ってると、色々と情報は入ってくるもんや」


「そんなもんですか」


「って言うか、さっきから自分……その話し方気になるわ」


「えっ?」


 ピリカが僕の頭をポンポンと叩く。


「敬語や敬語。何や肩肘張ってからに、肩凝るわ。タメ口で喋ってや」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「それでええねん。肩ひじ張んなや」


 まるでヤンキーの先輩だな。

 そう思った時、不意に彼女の姿が誰かと重なった気がした。

 誰だろうと考えて思い出す。


 高校生の頃に居た冴島先輩だ。


 ◯


 金髪の女ヤンキー。

 それが彼女の第一印象。

 今どき前時代的な長いスカートを穿いて。

 さみしげな瞳で、笑うとニカッと口を大きく広げた人だった。


「何、お前」


 学校に居場所がなくて屋上に行った時。

 彼女はそこにいた。


「ここ立ち入り禁止なんだけど」


「そう言う先輩こそ、勝手に入ってるじゃないですか」


「あっ? 陰キャの癖に先輩に逆らうっての?」


 冴島先輩は僕の顔を睨みつけたあと、フッと肩をすくめた。


「止め止め。陰キャなんか虐めても私の沽券こけんに関わるわ」


 彼女はそう言って去ろうとする。


「あの、明日もここに来て良いですか?」


「勝手にすれば? でもチクんなよ。言ったら根性焼きだから」


 それが冴島先輩との出会いだった。

 怖い先輩だなと思いつつも、僕も学校には居場所がなくいつも屋上に行っていた。

 冴島先輩も居場所がないのか、毎日のようにちゃんと学校に来ていた。


 何度も通ううちに顔を覚えられるようになり。

 少しずつ話しかけられ、やがてちょっかいをかけられるようになった。


「ははぁ、わかった。あんた友達居ないんだ?」


「じゃないと毎日昼休みに屋上なんて来ないですよ」


「友達いなさそうだもんね」


「先輩に言われたくないですが」


 冴島先輩はよく僕をイジってはケラケラ笑っていた。

 口が悪い人ではあったけど、嫌な感じはしなかった。

 むしろ親しみを込めてずいぶん良くしてくれたと思う。


 そんな冴島先輩に、ピリカは似ていた。


 ◯


「何や? チラチラ人の顔見おってからに」


「ちょっと昔の知り合いに似てるなって思って」


「ふぅん? そいつお前とは仲良かったんか?」


「仲良かったのかな……」


「分からんのかいな」


「あまり良い別れ方をしていないので」


 ◯


 冴島先輩に、ある日遊びに誘われたことがあった。


「ねぇ、今度二人でどこか遊びに行こうよ。日陰者どうしさ」


「別に良いですけど」


「じゃあ連絡先とか教えてよ」


「えっと――」


 ――鬼だとバレてはいかん。隠し通すんじゃ。


 スマホを取り出した時、じいちゃんの言葉が思い浮かんで。

 僕は「やっぱり出来ません」と彼女に告げたのだ。


「すいません、先輩。やっぱりなかったことにして下さい! 失礼します!」


「あ、おい――」


 僕は逃げるように屋上から去った。

 その日から、学校で冴島先輩を見かけても避けるようにして。

 見つからないように姿を隠し、逃げ回ったのだ。


 そして結局、冴島先輩は学校に来なくなった。


 ◯


「デートに誘われてビビって逃げたんか。んで、先輩は相手にしてくれなくなったと。それで未練がましゅう今も想っとるっちゅうわけやな」


「言い方」


 まぁでも。

 大体その通りなのだろう。


「僕が彼女と仲を深めていれば、何か変わったんですかね」


「知るかいな。でも少なくともその先輩は、お前のことが好きやったんやろなぁ」


「好き?」


「せやないと普通、年頃の女が男を遊びになんて誘わんやろ」


「だとしたら、悪いことしちゃったな」


「せやな。最低やと思うわ。お前のヘタレ精神が勇気出してくれた先輩の顔に泥塗ったちゅうことや」


 直球が故にグサリとくる言葉だ。


「でもな、気持ちは分からんでもない」


「えっ?」


「お前、ウチと似てるかもな」


「似てますかね」


「人を心から信じるって、難しいもんやで」


 そう言ったピリカはどこか寂しげだった。


「さ、目的地はもうちょい先や。辛気臭い話はこのくらいにしてさっさと行くで」


「……そうだね」

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