第2節 シルフと依頼と、流星核。

「いやー、それにしてもとんでもない奴だったわねぇ」


 市場より戻ってきて開店準備をしていると、買ってきた材料を見ながらルネがしみじみ言った。


「いくら目利きと言ってもあの人となりじゃあ、まともなコミュニケーションは無理ね。みんな騒然としてたもの」


「そうだね」


 確かに、あのシルフのけたたましさは異常だったな。

 バチバチの関西弁なのも気になった。

 この世界にも色んな土地があるだろうから方言などもある程度共通しているのかもしれない。


 すると、僕の目の前で困惑した表情をフィリさんが浮かべていた。

 どうしたのだろう。


「ルネさんって市場に行ってなかったですよね? どうして知ってるんですか?」


 ギクッと僕らは顔を強張らせる。

 ルネは「オホホ、オホ、オホホホホ」と怪しい笑いを浮かべた。


「べ、別ルートから行ってたのよ! たまたまね!」


「そうなんですか? なら声くらい掛けてくれても良かったのに」


 慌てた様子で言葉を紡いだルネを、フィリさんは不思議そうに見つめていた。

 相変わらずごまかすのが下手だな。

 ふと時計が目に入る。もう夕方の五時か。


「フィリさん、時間って大丈夫ですか?」


「あ、いけない。私、そろそろ帰らないと」


「そう? ゆっくりしていけば良いのに」


「お姉ちゃんの手伝いがあるので……」


「送りましょうか?」


 立ち上がろうとする僕をフィリさんは手で制した。


「まだそんなに暗くないので大丈夫ですよ。それに、道也さんたちもお店があると思うんで」


「そうですか。フィリさん、今日はありがとうございました」


 僕が笑いかけるとフィリさんは顔を赤く染めて手をブンブンと振った。


「と、トンデモナイ! またご一緒させて下さい!」


 店を去っていくフィリさんをルネと眺める。

 彼女の姿が見えなくなった後、ルネは「親切な子ね」と言った。

 何の含みもない口調だ。


「ルネ。フィリさんがどうしてこの店に頻繁に来てるか分かってる?」


「どうしてって、私たちのこと気に入ったからでしょ? 一応事業提携もしてるし、懇意にしてくれてんじゃないの? あと私の才能を認めたとか?」


「そっか、そうだね……」


 フフンとドヤ顔を浮かべるルネを憐憫の目で見つめた。


「僕も人のこと言えないけどさ。ルネって恋愛事情とか疎そうだよね……」


「は、はぁー!? モテてますけど!? こう見えてモテモテですけど?」


「うんうん、そうだねぇ」


「何よその子供をあやすような言い方は!? 引っかかるんだけどぉ!?」


 フィリさんが僕への好意から動いてくれていることは何となく察していた。

 だが、それを言葉にするとただの自惚れになりそうだったので、このまま黙っておくことにする。




 日が暮れた頃、いつも通り『御月見』は開店を迎えた。

 先程まで夕日が射し込んでいたが、開店する頃にはすっかり日も暮れ、街には宵が満ちていた。

 いつもならこの時間帯は客も引いて暇になる頃だ。

 今日は昼間を仕入れのための臨時閉店にしたので、客足は期待出来そうにない。


「今日はお客さん来なさそうだね」


「まぁ仕方ないでしょ。たまには良いんじゃない? ここ最近は忙しかったしね。商品の制作もあるし、お陰で作業が捗るわ」


 確かに最近は『響』の協力もあって異様に混んでいたから、こう言う落ち着いた日も悪くないかもしれない。

 ルネは大量の素材を持ってカウンターの奥へと歩いていく。


「じゃあ私、リビングで作業してるから。何かあったら呼んで頂戴」


「分かった」


 カウンターの奥にはリビングに繋がる通路がある。

 ドアも無いため、奥からルネの鼻歌が聴こえていた。

 新しい材料が手に入ったからかずいぶん機嫌が良さそうだ。


「棚の整理でもするか……」


 僕が立ち上がろうとすると、カランカランと入り口のベルが鳴る。

 来客だ。


「こんなとこに魔法店があるんやなぁ」


 聞き覚えのある声。

 誰だろうと思って目を向け、ギョッとした。

 しげしげと商品を眺めているのは、昼間市場で見たあのシルフだった。


 これはマズイ。

 ルネと店番を代わってもらおうかと迷っていると、シルフと目が合った。

 最初は怪訝な顔をしていた彼女は、やがて寝ていた猫が目を覚ましたかのように目を見開くと「あぁっ!?」と声を上げる。


「お前は昼間の!」


「い、いらっしゃいませ」


「何や、ここお前の店か。いっちょ前に接客なんかやっとんのか」


 シルフはカウンターにニュッと顎を載せてこちらをジーッと眺めてくる。

 仕草はちょこちょこして可愛らしいのに、絡み方がチンピラそのものである。


「働き始めたのは最近ですね。この店自体新しいんで」


「ふぅん? どれくらいや?」


「まだ一ヶ月経ってないです」


「なるほどのぉ……」


 この世界と元の世界は時間軸や単位など、基本的な常識がほぼ一致している。

 だからこう言う会話をする時、割とスムーズに話が通るのは助かる。

 最初は厳しい顔をしていたシルフだが、やがてパッと表情を変えてカウンターから降りた。


「まぁええわ。悪いけど、ちょっと見せてもらうで」


「どうぞごゆっくり」


 もっとキツイことを言われるかと思ったが、意外にもそんなことはなかった。

 こちらの様子など気にせず、彼女は自由に見せを闊歩する。

 しばらくシルフは店内を見て回った後「結構ええやん」と言った。


「この店の魔法使い、腕ええな」


「分かるんですか?」


「まぁな。一応それで飯食っとるんや。お前が魔法使い……て感じでもないな」


「僕は一応雇われ店員で。うちの店長が魔法使いですね」


「おるんか?」


「えぇ。呼びましょうか?」


「頼むわ。うちはピリカ。魔法具の素材に関する依頼がしたくてな。腕利きの魔法使いを探しとったんや」


 魔法具の素材、と聞いて昼間の光景が思い起こされる。

 あそこで揉めていたのは、何かの素材を探していたからだろうか。


「何か騒がしいわね。お客さん来たの?」


「ルネ、ちょうどいいところに」


 店の奥から出てきたルネはピリカを見ておばけでも見たように指を指した。


「市場で騒いでたシルフじゃん! 何でここに居んのよ!?」


「何やお前も見とったんか。人気者で困るな」


「人気ですって……?」


 ルネは明らかに困惑した表情を浮かべる。

 普段気丈な彼女がそんな顔を浮かべるのは珍しく、少し面白い。


「お前がこの店の魔法使いか?」


「そうだけど……」


「ならちょっと依頼させてや。流星核の採取を手伝ってほしいねん」


「流星核?」


「何や小僧知らんのか? 流星から穫れる特殊な星の核やで。魔力がぎょうさん宿った鉱石でな。市場で高値で取引されるレアもんやねん」


 そう言えば市場で揉めてた時、彼女は流星核がどうと叫んでいた気がする。

 市場では時にまがい物も混ざり込むとルボスさんが言っていた。

 偽物を掴まされそうになって、思わず激高したというところか。


「流星核ね。流星群が降り注ぐ特殊な丘で採れる星の核よね」


「その特殊な丘が、この街の北にあるんや」


「へぇ? ここが産地とは思わなかったわね」


「流星群が落ちてくるってどう言う状況……? 普通に考えたらめちゃくちゃ危ない気がするんだけど」


 話についていけず思わず口をはさむ。

 多量の隕石が落ちてくるのだろうか。

 するとピリカが補足してくれた。


「特殊な魔力が宿る場所では、流星は衝突せず緩やかに下降して降り注ぐんや。魔法が使えん奴らでも触れることが出来る」


「そんな場所があるんだ」


「世界でも数えるほどしか無いけどな」


 どうやらかなりレアなスポットらしい。

 それがこの街のすぐ近くにあるとは意外だった。

 ピリカ曰く、流星核は流星の丘にて採取することが出来るのだという。


「他の魔法店も見て回ってんけど、どこもかしこもてんでダメやったわ。駅前の魔法店は悪なかったけど、魔法の依頼受けてへんって言っとったし。でもこの店は結構ええ品揃えしてるやん? 外の世界樹と言い、センスは嫌いやないで」


「ふぅん? 見る目あるじゃん。一応、私ライセンス持ちだからね」


「ライセンス?」


「ルネはSS級の魔法ライセンスの取得者なんです」


「ホンマか!?」


 ピリカはキラキラと目を輝かせた。

 まるで本物の子供のように。


「やったら都合ええわ! 星の核、取りに行くで!」


「まだ受けるって言ってないんだけど……」


「もう聞いてないね」


 こうしてシルフのピリカの依頼の元、僕たちは星の丘に向かうことになった。

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