第4話 星降る丘で見つけたもの。

第1節 市場と素材と、お使い。

「もうすぐ流星群が来るんですよ」


「流星群?」


 魔法店『御月見』にて。

 レジカウンターにいた僕に、フィリさんが言った。

 先日の一件から、彼女はこうして度々この店に遊びに来ている。


「収穫祭の前に毎年来るんです。今年は新月と重なるから観測条件が良いらしくて。とっても綺麗だって」


「へぇ」


「それで良かったらなんですけどぉ、道也さんご一緒にぃ――」


 何か言おうとしたフィリさんを尻目に、僕は別のことに気を取られていた。


「……道也さん? どうかしたんですか?」


「あ、すいません」


 僕の視線の先では、ルネが店の棚を漁りながら何やら唸っていた。

 さっきからずっとこの調子で、正直結構気が散る。


「ルネ、ずっとうめいてるけどどうしたのさ」


「材料が足りなくなったのよ……」


「材料って、商品作る材料?」


「そう」


『御月見』で扱っている商品の半分はルネの手製だ。

 ルネは魔法を用いて色々な商品を加工し、特殊な効力が込められた雑貨や、魔法で用いる道具などを作ったりする。

 その売れ行きは悪くなく、素人である僕から見ても見事なものだった。

 固定のファンも居るくらいだ。


 正直ハンドメイド作家になっても良いのではないかと思うが、本人は気に食わないらしい。

 こだわりがあるのだろう。


「今まで素材って無くなったらどうしてたの?」


「リンドバーグで作ってた時はよく市場に買い出しに行ってたわ。趣味でやってた程度だったから、そんなに数もいらないしね。でも基本的に市場って昼間にしかやってないし、今はこの体だから全然買いに行けてなかったのよ」


「じゃあどうしようと思ってたのさ」


「仕入れ屋を雇おうと思ってたわ」


「仕入れ屋?」


 また聞き慣れぬ言葉が飛んできた。

 ルネは続ける。


「いわゆる原料バイヤーよ。色んな街を巡って、商品の原材料を安価で仕入れてくる奴らが居んの。でも全然目利きのバイヤーが見つからなくてね」


「そんな人が居るんだ。『響』に紹介してもらったりは?」


 しかしフィリさんは肩をすくめた。


「ウチも仕入れ屋さんとはお付き合いがありますけど、『響』は外の街から集めてきた商品を売ってるので、知り合いのバイヤーさんも雑貨を取り扱う人たちなんです。原料に精通した人はあんまりいなくて。自社ブランドの商品も業者に発注していますし」


「なるほど」


「自分で採取しに行ってもいいけど、夜は危ないし、何より時間掛かるのよね……」


 ルネが顎に手を当てて考えていると「そうだ」とフィリさんが手を叩いた。


「市場ならストロークホームスにもありますよ」


「本当?」


 ルネの目が輝く。


「お姉ちゃんが時々行ってるらしくて。詳しく話を聞いてみますね」


「それって夜もやってるかしら?」


「あー、どうでしょう。流石に夜は閉まってると思います」


「ならダメじゃない」


「何で昼間だとダメなんですか?」


「うっ……。こっちにも色々事情があんのよ」


 口をつぐむルネを見て、僕は提案する。


「それならさ――」


 ◯


「すごい、ここが市場ですか」


「そうです」


 数日後、僕はフィリさんとストロークホームスの北にある卸売市場に来ていた。

 街の奥側にあるこの場所は、ストロークホームスの作物や、近くから採取された鉱石などが売られている。

 扱う商品は実に多岐に渡り、この街の個人商店を営む人たちが集う場所でもあるらしい。何かと重宝されているそうだ。


「すごい賑わいですね」


「でしょう?」


 市場にはかなり人が居て、そこらから売り文句や交渉の声が聞こえてくる。

 小さなテナントのようなものがいくつも並んでいた。

 それぞれの業者が簡易的な店舗を構えているらしい。

 少しだけお祭りの会場にも似ている。


 一緒に歩くフィリさんは、どこか機嫌が良さそうに見えた。


「ところで道也さん、さっきから肩に乗せてるそのウサギは一体……?」


 キョロキョロしている僕をフィリさんが指差す。

 すると僕の肩に乗っていた不機嫌そうな金色のウサギが顔を上げた。

 ルネだった。


「これはまぁ、店長代行みたいなもんです」


「可愛らしい代行さんですね」


 クスクスとフィリさんが笑う。

 気に入らなかったのかルネが僕の顔を短い手で叩いた。

 人混みではぐれないように、市場を二人と一匹で見て回る。


「色々ありますね。エルフやドワーフも店を開いてるんだ」


「エルフさんは花や薬草に精通してますし、ドワーフさんはいろんな鉱石を取り揃えているんですよ」


 パッと見ただけで、色々な素材が取り扱われているのが分かる。

 現実世界ではありえないファンタジックな商品群に、僕は目を奪われた。

 すると、ある店で大きな植木鉢が目に入る。

 草が植えられており、カタカタと小刻みに揺れていた。


「なんだろこれ」


「迂闊に触るな」


 手を伸ばそうとした僕のすぐ真横に巨大な男が立った。

 見覚えのある強面と口ひげ、頬に傷のある強烈な人相。

 そしてそれらに似つかわしくない可愛らしい花屋のエプロン。


「ルボスさん」


「久しぶりだな」


 僕を見てルボスさんは不敵な笑みを浮かべる。


「お前が触ろうとしたのはマンドラゴラだ。万一鉢植えを倒してでもみろ。とんでもない声で叫び出すぜ」


「ええ……」


 伸ばしかけた手を思わず引っ込める。

 するとそばにいたフィリさんがすこし引いた表情を浮かべていた。


「道也さん、この方お知り合いですか……?」


「お花屋さんのルボスさんです。ほら、ウチの店の前に大きな樹があるでしょ? あの世界樹の種を売ってもらって」


「お花屋さんなんですか? 意外ですね」


 するとルボスさんはフィリさんと僕をチラリと見て、ニヤリと笑みを浮かべた。


「女連れで市場とはいい身分だな。デートか小僧」


「いや、ただの買い出しです」


「やだぁ! デートなんてそんな!」


 フィリさんがルボスさんの背中をバシンと叩き「いでっ!」と声が漏れる。

 このヤクザをしばくとは。命知らずだな。


「あ、すいません、私ったらつい」


「何て強え女だ……」


「フィリさんは駅前の魔法雑貨店の店長さんですよ。素材の買い出しに付き合ってもらってます」


「なるほどな。あの子うるさい金髪の娘はどうした?」


「ルネは――」


 肩でルネが僕の顔を叩く。

 喋るなと言うことだろう。


「留守番です」


「店長が留守番か」


「色々事情がありまして」


 そこで何か思い出したかのようにルボスさんは表情を変えた。


「そう言えばお前ら、ここはいろんなやつが来るからな。揉め事には注意しろよ」


「揉め事なんてあるんですか?」


「時折な。特にここ最近は、ちょっと話題になってるやつが居るんだよ」


「へぇ?」


 その時、この喧騒の中でも目立つ怒鳴り声が聞こえてきた。

 何事だろうと思っていると「噂をすれば陰だ」とルボスさんが言う。


「アレだよ、アレ」


 見ると小さな子供が何かの商品を手にとって店主に声を荒らげていた。

 民族衣装のような替わった意匠の服装をしている。

 頭にヘアバンドのような形でターバンを巻き、股上が深いゆとりのあるパンツを履いている。

 サルエルパンツというやつだろう。


「あいつだよ、今噂になってる例の問題児。市場を利用する奴らの間じゃ、ちょっと有名だ」


「何でここに子供が?」


「あれは子供じゃないですよ。背の小さな一族――シルフです。風を司る一族ですね」


「エルフとは違うんですか?」


「エルフとは似て非なるもんだ」


 騒動に気づいた周囲人たちがざわめくのを止め、注目が集まる。

 先程までにぎやかだった市場が、彼女の怒鳴り声で満たされた。


「この流星核、どう見ても紛いもんやろ! 舐めた商売しとんちゃうぞボケカス! こんなんボッタクリじゃクソが! 金額が明らかにおかしいやろが! 物の価値も分からんならその腐った目ん玉洗てきたらどうじゃ!」


「むちゃくちゃ口悪いですね」


「ヤンキーだ……」


「誰じゃやいのやいの言うとんのは!」


 僕とフィリさんが呟くと、ギョロリと睨まれた。

 聞こえてしまったらしい。

 そのままズカズカと迫ってくる。


「おどれら、事情も知らんくせに舐めた口聞いとったらアカンぞワレ」


「はぁ、すいません」


 ビシビシと厳しい口調で指をさされる。

 完全に飛び火だ。


 僕が頭を下げると、「まったく、腹立つ奴ばっかや」とプンスカしながらちびっ子シルフは歩いていった。

 まるで嵐みたいなけたたましさだ。


 彼女が去っていったあと、異様な静寂が一瞬満ち。

 しばらくしてまた喧騒が戻ってきた。

 ルボスさんが肩をすくめる。


「あれが最近ストロークホームスにやって来た目利きのシルフだ」


「目利き?」


「すげぇ目が肥えてて優れた材料を買っていくらしい。仕入れ屋って奴だな。だがあの性格だからな。大体揉めるんだよ」


「仕入れ屋か……」


 プンスカと歩くシルフの姿を見て僕は呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る