第6節 飛び立つ鳥と、再出立。
「だからごめんなさいってばぁ!」
「もうすこしでウチの妹は死ぬところだったのよ!?」
「ショック療法って言ったじゃないぃ!」
「でもやって良いことと悪いことがあるわよ!」
「だから道也が受け止めるってぇ」
「出来るかわかんないことさせようとしないでよ」
「四面楚歌だよぉ! びぇぇぇーん!!」
ようやく状況が落ち着き。
ルネはリビングの中央で正座させられ、皆にバチボコに怒られていた。
僕とミランダさんに取り囲まれる中、ルネは見事な『のび太泣き』を披露する。
いっそ見ていて気持ちが良いくらいだ。
フィリさんは少し離れた場所で一人オロオロしている。
「あの、お二人共その辺にしてあげては……」
「フィリは黙ってて!」
「フィリさんはお静かに」
「あ、はい……」
フィリさんの魔法はルネの言う『ショック療法』で無事に戻ってきた。
実際に落ちたら生存本能が働き、魔法を解呪出来ると思ったらしい。
それは良いのだが、ちょっと無計画すぎないか。
もうちょっと事前に打ち合わせするとか、保険を用意しておくとか出来たはずだ。
あまりにも行き当たりばったりすぎる。
一通り怒り散らかしてルネが萎んだ風船のようにしわくちゃになっていると「あの……道也さん」とフィリさんが声を掛けてくる。
「道也さんの体ってどうなってるんですか?」
「私も気になってたの。急に体つきが変わったわよね」
「顔立ちもいつもの優しい感じじゃなくて、ちょっとキツくなってたというか。皮膚も不自然に赤くなっていました」
「髪の毛も急に白くなっていたわよ」
「あー、そんな感じだったんですね……」
つまり僕は白髪の赤鬼のような姿をしていたという訳か。
変異した時の自分の外見は見たことがなかったので貴重な情報だ。
とは言え、こうして迂闊に自分の正体を広げるのは本意ではない。
たとえここが異世界だとしても。
僕がジロリとルネを見ると、ルネはサッと顔を逸し、知らぬ存ぜぬと言った感じで口笛を吹いた。何か腹立つな。
「僕はちょっと特殊な血筋に生まれてまして。まぁ、魔法みたいなものです」
「あんなふうに肉体が変化するのは、初めてみました」
「狼男みたいな感じかしら? あれは北国の一部の種族だけって話だけよね」
「はは……たぶんそんな感じです」
この世界、狼男もいるのか。
亜人があれだけいるのだからいてもおかしくないだろうが、それなら僕の体質を押し通すことも難しくはなさそうだ。
便利で助かるな、異世界。
僕が乾いた笑いを浮かべていると、ミランダさんはフッと表情を変えてフィリさんに向き直った。
「とにかく、フィリ。これからは抱え込まないでいいから。悩んだことがあったら話してほしい。私も、ちゃんと話すようにするから」
「お姉ちゃん……」
ミランダさんは僕の手を握る。
「本当にありがとう。あなたが居なかったら、きっとずっとすれ違ったままだった」
「あのー、私は?」
「一番距離が近い人ほど、時に見えなくなることもあるんですね」
「そうね……。これからはちゃんと気をつけたいと思う」
「えっと、あのー、私は?」
一人寂しそうなルネの呟きを僕らは無視した。
とにかく、これで一件落着か。やれやれだ。
二人に足りていなかったのは、ほんの僅かな対話だった。
そんな簡単なことが、時に人は出来ずにいる。
事実、今日こうして少し話しただけで二人は本当の気持ちを分かち合えた。
心が繋がりあっていても、こうした間違いを犯すことはあるんだ。
僕が笑みを浮かべていると、どこからか刺すような視線を感じる。
見るとジロリとした目でフィリさんが僕を見ていた。
何だろう、その目は。
「道也さん……責任は取ってもらいますからね」
「責任? ウチの店長のですか?」
「違います。乙女の柔肌に触れた責任です」
「はぁ……すいません?」
お姫様抱っこした件だろうか。
あの状況では仕方がなかった気もするが。
腑に落ちないまま僕が謝ると、フィリさんは満足したように不敵な笑みを浮かべた。
普段柔らかい印象のある彼女が浮かべたその小悪魔的な仕草は妙に印象深かった。
◯
こうして僕らの初仕事は無事に完了した。
『響』はその後、都心への開店計画をなくし、元の通り駅前の魔法雑貨店として今も盛況な日々を過ごしている。
そして我らが魔法店『御月見』は。
「いらっしゃいませ~ん」
今もルネの怪しい接客の声が飛び交っていた。
結局何も変わらなかった。
しかし、変わったものもある。
それはこの店の光景だ。
「このお店だよね。夜にくると凄腕の魔法使いの店長が怪しい接客をするっていう」
「あらぁん? 何のお話ですかしらぁ?」
「あなたが怪しい店長さんですか?」
「何の話かしらぁ?」
ジロリと僕を睨むルネに、僕はサッと目を逸らせた。
ルネは咎めるように凄んだ顔で僕にメンチを切る。
「あんた何やったのよ」
「別に。弱点を武器にしただけだよ」
「あぁん?」
ルネの怪しい接客と、魔法ライセンスSS級という称号。
それらをネットに掲載して売り文句にしたのである。
この世界で魔法のライセンスと言うのはかなり難しいものらしい。
SS級と言うのは、元の世界で言う司法書士や医師国家資格のような有数の資格として扱われるようだ。
そんな凄腕の魔法使いが経営する店は、ストロークホームスでなくともかなり稀有なわけで。
あと実際にルネが妙な接客している姿を動画にして流したら割とバズった。
癖の強い接客が逆に武器となったのだ。
何でも物は使いようなのである。
一部客層に人気が出て、商品の質の良さも広まってくれた。
今では昼間でも時折客が来るようになっている。
そして。
「道也さん」
時折、フィリさんまで店に遊びに来るようになった。
都心への出店計画が無くなってから、ずいぶんと仕事も落ち着いたらしい。
ミランダさんが戻ってきたことで、経営業務のワンオペ状態が解消されたのも大きいだろう。
フィリさんには今も魔法の商品知識を教えてもらっている。
一応正式にうちと業務提携したわけだし、取引先として懇意にしてもらえるのはありがたいのだが――
「ねぇ道也さん、今度一緒にご飯行きませんか? 美味しいお店があるんです」
「あ、いや。情けない話、僕お金ないので……」
「だったら私全額出します!」
「それも良くないですよ……」
果たして本当に懇意にしてくれるのは、取引先としてだけなのだろうか。
少し怪しい部分もあるが、まぁ良いだろう。
「道也ぁ! 荷物重くて動かせないんだけどぉ!?」
「今行くから。じゃあフィリさん。また」
「えっ? あ、はい……」
僕も昼間の店番が出来るくらいには成長できたと思う。
これでようやく魔法店『御月見』は軌道に乗り出した訳だ。
「ルネ、どの荷物運んだら良いの?」
「これよこれ。さっさとなさい」
「はいはい」
僕が荷物を運ぼうとすると、ルネがクイクイと僕の服を引っ張る。
「見てみなさいよ、道也」
「何?」
促され店内を見渡すと。
そこには、多くのお客さんで賑う店内の景色が広がっていた。
閑古鳥は飛び立ち、お客さんがずいぶんと増えつつある。
「これからますます大きくなるわよ。魔法店『御月見』はね」
「うん、そうだね」
ここからがこの店の再出立と言うわけか。
いましばらく、このポンコツ店主と一緒に頑張ろうと思う。
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