第5節 姉妹の絆と、解決法。
魔法はイメージを具現化するもの。
ルネからその話を聞いた時、何となく腑に落ちたような気がしたのだ。
「分かったってどういうことよ?」
「フィリさんは、自分に魔法を掛けてたんだ」
「自分に魔法を?」
「公園で話した時のフィリさんの表情が気になってたんだ。どこか、憑き物が落ちたような、心から安心したような表情をしてたから。それで思ったんだよ。彼女は無意識に、自分から魔法の力が無くなることを願っていたんじゃないかって」
「そして自分に魔法が掛かった?」
僕は頷く。
「フィリさんはずっとミランダさんと今まで通り暮らしていたいって思っていた。ストロークホームスで『響』を経営して、お客さんに喜んでもらう日々が、彼女にとっての幸せだったんだ」
「でもミランダは違った?」
「ミランダさんは未来を見据えていた。だからフィリさんが考えた商品を沢山の人に触れて欲しいと思っていたし、それがフィリさんの幸せになると考えてた」
二人はお互いを想い合っていた。
でも日々の忙しさに追われて、いつしか互いの本心を知らないまま、すれ違いを広げてしまっていたんだ。
だとすれば。
「何だか悲しいわね、それって」
僕の心を読んだかのようにルネが言った。
「変わっていく日々をフィリさんは無意識のうちに怖がっていた。今までのままで良いのにと」
「それで自分に魔法を遮断する魔法をかけたってわけ」
「多分ね……。いわゆるデバフみたいなものなのかな」
彼女の掛けた魔法は、自分が魔法を感じられなくする魔法だった。
それを誰も……フィリさん本人ですら気づくことが出来ずにいたのだ。
「どうして魔法の遮断なのかしら。他にも色々ありそうだけど」
「ミランダさんはプライベートブランドを発展させる形でお店を大きくしようとしていた。『響』の商品はフィリさんが目利きしていて、プライベートブランドもフィリさんが商品を設計していた。だからその商品がうまく行かなければ、お店の拡大の話も自然と無くなるんじゃないかな」
「なるほど。事を荒立てたくないなら、フィリの魔法を感じる力が無くなるのが一番都合良いわね」
「もちろん代役を立てることも出来たと思う。でも、ミランダさんがお店を大きくしたい理由はフィリさんだから。フィリさんはそれも見抜いていたんじゃないかな」
今以上を望む人もいれば、望まない人もいる。
ミランダさんとフィリさんの間には、全く逆の考えがあったのだろう。
「ならこれで、大まかな原因の見立てはついたってことか」
「まぁ、まだ推測の域を出ないけどね。あとは二人の問題だから、伝えてあげよう。ちゃんと話せばきっとやり直せるよ」
「上手く行かなくてもあの店が衰退するだけでしょ? 私としては願ったり叶ったりだわ」
ルネは肩をすくめて飄々と言う。
けれど、恐らくそれは本心ではない。
何だかんだルネが情に厚いのは、僅かな付き合いでも十分わかる。
「問題は、どうやってフィリさんの魔法の感覚を戻すかだよね」
「用は今掛かっている魔法を解けば良いんでしょ?」
「出来る?」
ルネは難しい顔で腕組みする。
「うーん、私でも分かんないくらいだからね。医者もストレスって誤診するくらいだし、潜在的に掛けてしまっているものなのは間違いないわ。潜在意識で魔法を産んでいたとしたら、正直かなり厄介ね。外から魔法で治療っていうのは難しい」
「やっぱり無理か……」
「何言ってんのよ。誰も無理なんて言ってないじゃない」
「えっ?」
「私を誰だと思ってんのよ」
ルネはフフンといつもの笑みを浮かべた。
◯
翌日の夜。
フィリさんとミランダさんを僕たちの店『御月見』へと呼び出す。
「――以上が、この一週間フィリさんを観察して導き出した僕たちの答えです」
リビングで事のあらましを話すと、二人は唖然としていた。
「私が無意識に魔法を?」
「はい、恐らくは……」
「本当なの? フィリ?」
ミランダさんが切実な表情でフィリさんを見つめる。
思い当たるフシがあるのか、フィリさんは青ざめた顔で口元を押さえていた。
「そうかも……。私、お姉ちゃんと昔みたいに過ごしたくて、無意識にこのままでいいのにって思ってた。でも、動き出した新店舗の話を止めたくもなくて」
フィリさんはミランダさんに頭を下げる。
「ごめんなさい、お姉ちゃん! せっかくお姉ちゃんが頑張って来たのに、私が足を引っ張ってしまって」
「フィリ……」
頭を下げたフィリさんを見つめて、ミランダさんは笑みを浮かべた。
「私、馬鹿ね。フィリのためにってやってたことが、全部裏目に出てたわけか」
「お姉ちゃん……」
フィリさんの肩を支え、そっとミランダさんは顔を上げさせる。
「決めたわ、私。中央都市への出店は無しにする」
「えっ?」とその場に居る全員が声を出す。
かなり大きな決断なのに、そんなあっさり決めてしまって良いのか。
「お店を大きくするのはお姉ちゃんの夢だったじゃない」
「バカね。妹より大切な物なんてないわよ」
ミランダさんは窓の外に浮かぶ月を眺めた。
欠け始めた月は新月へと向かっている。
浮かんでいるのはちょうど下弦の月だ。
「『響』は元々おじいちゃんとおばあちゃんの代からやってるお店でね。私は継いだ店を守りたいって思ってた。でも、もっとこのお店は大きくなるべきだと思ったし、お店を大きくすればフィリが願う『お客さんに喜んでもらう』って言う気持ちも守れると思ってたの」
ミランダさんはフィリさんの瞳を見つめる。
フィリさんもその顔を真剣な表情で見つめ返した。
「でもそれって、ただ私の願望を都合よく解釈していただけよね。私は馬鹿だわ。一番そばにいる家族の話に全然耳を傾けていなかったんだから」
「お姉ちゃん、私……」
「ごめんね、フィリ」
赤い髪の姉妹はそっとお互いを抱きしめあった。
僕とルネは顔を見合って頷き合う。
「これで万事解決ね。あとは魔法を元に戻すだけか」
「でも、どうするの?」
「考えがあるわ」
ルネの金色の髪が美しく輝いた。
「ショック療法で魔法を出してもらう」
「ショック療法って?」
「みんな、ちょっと外に来てちょうだい」
ルネに言われるがまま裏庭へと足を運ぶ。
「今日はいい天気ねぇ」とルネはどことなくのんびりとした口調で言った。
「ミランダ、フィリ。ここにいる道也は魔法こそ使えないけど、ちょっと特殊な体の持ち主でね。人間離れした運動能力を持ってるのよ」
「そうなんですか?」
「まぁ、一応……。って、急に何の話?」
「つまりは、よ。空から人が一人くらい落ちてきても、簡単にキャッチしちゃうってわけ」
「出来るかもしれないけど……」
正直、それが本当に出来るとは限らない。
ミランダさんが怪訝な顔をする。
「何が言いたいの?」
「こうするってこと……よっ!」
刹那。
ルネがフィリさんを背後からガシリと掴むと。
跳躍するように果てしなく高く空へと飛んだ。
「えっ? えっ? えっ?」
「フィリ!?」
慌てふためくフィリさんと、青ざめるミランダさん。
僕も何が起こったのか、状況を把握するのに時間を要した。
月が浮かぶ宵の空で、ルネがいつものような「おーっほっほっほ!」と高笑いを響かせる。
「道也ぁー! 今からこの子落とすから! ちゃんとキャッチするのよ!」
「はぁ!?」
「る、る、ルネさん? じょ、冗談ですよね……?」
顔面蒼白のフィリさんに、ルネは「冗談じゃないわよ」と言った。
「一応道也が受け止めてくれると思うから大丈夫よ」
「でも失敗したら……?」
「死ぬかもね」
「えぇっ!?」
「それが嫌なら自分で魔法を使って飛べばいいじゃない。掛けた魔法を解いてね。じゃあほら、行ってらっしゃい」
パッとルネが手を話すと。
フィリさんの体が宙に放り出された。
100メートル近い高さから、フィリさんの体が投げ出される。
それは高さ30階にも及ぶ超高層ビルから飛び降り自殺をするに等しい距離。
人が死ぬには十分な高さだった。
「…………っ!」
フィリさんは声にならない叫び声を上げる。
慌てふためくミランダさんは僕の体をガタガタ揺さぶった。
「ちょ、ちょちょちょっと! 大丈夫なんでしょうね!? あなたちゃんとあの子のこと受け止められるの!?」
「わかりませんよ!」
「えぇ!?」
そもそも受け止めたところで二人共無事な保証はどこにもない。
普通に考えたら僕もフィリさんもお陀仏だろう。
いや、考えている暇はない。
やるしか無いのか。
「ミランダさんは家の中に避難しててください! やるだけやってみます!」
僕の言葉に促されるがままミランダさんは家の中に避難する。
僕は全身に血をたぎらせ、思い切り息を吐いた。
初めてこの街――ストロークホームスに来た時のことを思い出す。
あの時、鬼になった感覚を思い出すんだ。
ドシンと言う重たい音と共に、僕の足が地面にめり込んだ。
腕に力を込めるとボコリと腕の筋肉が分厚くなり、着ていた服が張り詰める。
自分の体が変化するのを感じていた。
鬼の肉体が顕現している。
果たして受け止められるのか?
行けるのかこれで?
頭が何度も自分に問いかけてくる。
知らないよ!
フィリさんの体がぐんぐん地面に近づいてくる。
その姿がどんどん大きくなる。
失敗は出来ない。
チャンスは一度きりだ。
意識を全て費やせ。
世界がスローモーションになる感覚。
自分が極限の集中の世界に居るのがわかった。
落下するフィリさんの体が、いよいよ僕の腕の中に飛び込んでくる。
僕は全身全霊でフィリさんを受け止めようとした。
その時。
自由落下をしていたフィリさんの体が――
僕の目の前でピタリと静止した。
腕を伸ばした僕の数十センチ先。
腕を小さくすぼませ目をギュッと瞑ったフィリさんの体が。
まるでベッドに横たわるようにふわりふわりと空中に浮かんでいる。
フィリさんは、浮遊魔法を使って宙に浮かんでいた。
「あれ? 私、どうなって」
「フィリさん、それ……」
僕が指差すと、信じられないと言ったようにフィリさんが目を見開いた。
僕はその様子を見て思わず「はは……」と乾いた笑いを浮かべ。
腰が抜けたように室内に避難していたミランダさんが座り込む。
そのままゆっくりと、フィリさんの体が僕の腕に落ちてきた。
必然的に、お姫様抱っこをするような状態になる。
「私……私……」
僕の腕の中で泣きそうになるフィリさんに、僕は笑いかけた。
「飛べましたね、フィリさん」
フィリさんは真っ赤な顔で「はい」と涙を浮かべた。
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