第4節 継がれた血と、望むもの。
「なんでこうなるのよ」
魔法雑貨店『響』のレジカウンターにて。
従業員用のエプロンを着た僕を見てルネが呆れたように言った。
「あんたがここで働くってどういう了見よ!?」
「諦めてノコノコ帰ったらせっかく良い条件を提示してくれたミランダさんにも悪いだろ。身近な部分に原因があるかもしれないし、それなら一緒に働いた方が来づけるって思ったんだよ」
「そりゃそうだけど……」
僕が提案したのは、僕が実際に『響』で働くというものだった。
期間は一週間。
その間、僕はフィリさんのアシスタント兼店舗スタッフとして働く。
『響』は僕の他にも多数のスタッフがいる。
商品説明は出来なくとも小売や接客の経験はあるし、飛び入りで働かせてもらってもそこまで迷惑にはならないだろうと思ったから提案した。
実際、フィリさんも快諾してくれている。
「道也、私は店に戻るけど……本当に一人でいいの?」
「何かあったら相談するよ。ルネこそ、一人で店潰さないでよ」
「潰すか!」
プンスカしながらルネが去っていく姿を見送る。
すると、フィリさんが隣に立った。
「本当に良かったんですか? ルネさんを一人にして」
「もともと一人でお店をやろうとしていたくらいなので大丈夫ですよ」
「本当にすいません。私のために」
「いえ。それにこれは僕のためでもあるんです」
「どういうことですか?」
「僕は接客業の心得はあるんですけど、魔法の知識は無くて。働く上で最低限のことを知っておきたかったんです。もちろん、フィリさんの不調の原因を見つけるっていうのが第一ですけど」
「なるほどですね」
「利用するみたいになっちゃってすいません」
「いいえ。それならビシバシしごかなきゃですね」
「お手柔らかにお願いします」
ふっとフィリさんと笑い合う。
もちろん『響』の接客や魔法道具について学ぶのも狙いの一つだ。
けど、それだけで終わらす訳にはいかない。
公園で話したフィリさんの様子に、僕はどこか違和感を抱いていた。
魔法を感じられないという現状にもかかわらず、彼女はどこか嬉しそうだったのだ。
その正体が何かを知る必要がある。
しかしやはりと言うか何というか。
そう簡単に事は運ばなかった。
何せ『響』の仕事内容を教わりつつ、商品のことについても学んでいかねばならない。
どれが雑貨で、どれが魔法道具なのか。
どういう風に使うのか、どういった種類のものなのか。
それらを把握するだけでもかなりの体力と脳の
しかも『響』はかなり忙しい。
毎日のように大量のお客を
ようやく少し仕事に慣れ始めた頃には数日が経っていた。
「道也さん」
ある日の閉店後。
いつも通り締め作業を終えて帰ろうとしたらフィリさんに呼び止められた。
「今帰りですか?」
「ええ」
「じゃあ、一緒に帰りましょう」
「もちろん。途中まで送りますよ」
夜の道を二人で歩く。
『響』が閉まるのは毎日夜21時。
店を出る頃には空に月がぽっかりと浮かんでいた。
夜のストロークホームスは魔法で生み出されたランプが空に浮かんでいる。
暖かな光が街を照らしていた。
改めて、優しい街だと思う。
地方とは言え一応都市のはずで、それなりに人も多いはずなのだが。
この街はどこか優しく、懐かしく、穏やかだ。
「道也さん、すごく覚えが早いですね」
「そうですか?」
「他の子も感心してましたよ。手際が良いって」
「よかった。足手まといになってたらどうしようって思ってたんです」
「そんなこと無いです」
「そう言えば今日、新しい商品入荷してましたね。あれって何なんですか?」
「うちのプライベートブランドの商品です。私が監修してるんですよ」
「監修?」
「デザインとか、どういう魔法を掛けるのか考案して、業者に発注を掛けてるんです」
「魔法を考案するっていうと、魔法の術式を考えるとか、そういうのですか?」
ルネが魔法を使う姿を思い浮かべる。
謎の呪文を何やら唱えていた。
しかしフィリさんは首を振る。
「いえ、私がやっているのは設計みたいなもので。どういった効果を出したいとか、どういう風に見せたいとか、そう言った外側の注文ですね」
「てっきり何か魔法の術式とかを考えてるのかと」
「そんなことしないですよ。魔法はもっと感覚的なものですから」
すると急に、フィリさんは少し寂しそうな顔をした。
「お姉ちゃんは、ウチのブランド商品を街の外にも広げたがってるんです」
「都会に出店するって話でしたよね」
「はい。お店をもっと大きくしたいって。お姉ちゃんにとって夢なんですよ」
「フィリさんはそれを望んでないんですか?」
「私は……どうなんでしょう。姉妹で一緒にやっていくのが楽しくて、夢中になっていただけなので。ただ、色んな人にウチの商品を受け入れて欲しいっていうお姉ちゃんの気持ちは大切にしたいって思ってます」
そう言ったフィリさんは、少し顔を伏せた。
「でも、最近ではなかなかお姉ちゃんに会う機会がなくて。あんまり話せてないのが少し寂しいかな……」
この間ミランダさんがウチの店に来たことを思い出す。
あの時も、忙しい中を縫って来てくれたようだった。
「私は、昔のままで良かったのかもしれません。お姉ちゃんと二人でお店をやってた日々が、とても幸せだったから」
「フィリさん……」
ミランダさんが妹想いであることは間違いないだろう。
でも、その想いはイマイチ空回っているのかもしれない。
ミランダさんとフィリさんの間には、すれ違いがあるようにも感じられた。
するとフィリさんは「すいません」と顔を上げた。
「つい暗い話をしちゃいました。今は今で楽しいからへっちゃらです」
そう言って笑みを浮かべるフィリさんは、どこか無理をしているように見えた。
なぜだかその姿が、自分と重なる。
「あの、フィリさん」
「はい?」
「人の幸福の形は、時間が経つとともに形を変えるんだと思います。ミランダさんが今色々やってるのは、フィリさんとこれから迎える、新しい幸せの形を探してるんじゃないですかね」
「新しい幸せの形……」
「フィリさんを心配して僕らにわざわざ依頼してきたのがその証拠です」
僕がそっと笑みを浮かべると、フィリさんは顔を覗き込んで来た。
「確かに、そうかも知れませんね」
そう言って笑みを浮かべた彼女は、どこかとても穏やかな表情に見えた。
「道也さんは不思議ですね。聞き上手っていうか。話してると落ち着きます」
「そうですかね」
「はい。……あの、道也さん。もし良かったら、このままウチで――」
「えっ?」
僕が首を傾げると、ハッとしたように彼女は表情を正した。
「いえ、何でもありません。私こっちなんで。それじゃあまた」
「じゃあまた明日」
フィリさんの背中を見送る。
何だか逃げるように去っていったな。
少し寂しさを覚える。
トボトボと歩いて『御月見』の入り口を開くと「いらっしゃいまっせーん」とけたたましい声が聞こえ、さっきまでの寂しさはどこかへ吹き飛んだ。
胡散臭い顔を浮かべたルネが、僕を見た途端に素に戻る。
「なんだ、道也か」
「なんだとはなんだよ」
「だってお客かと思ったんだもの」
「店の調子はどう?」
「閑古鳥よ。そっちは何かわかった?」
僕は少しだけ迷ったあと「いや、何も」と答えた。
先程のフィリさんの話が気になったが、すぐに話すのは憚られる。
彼女が自分を信頼して話してくれた気がしたからだ。
するとルネは「使えないわねぇ」と肩をすくめた。
うるさいな。
「分かったことって言ったら、お店にフィリさん目当てのお客さんが多いってことかな。ファンが居るって感じで」
「ファンねぇ。あの子、本当に接客が好きなのね」
「あそこまで笑顔を徹底できる人はなかなか居ないと思うよ」
「天職ってやつかしら」
ポソリと呟いたルネは「でも」と言葉を継いだ。
「あの子、経営や接客なんてやらずにちゃんと魔法を学んだら相当良い線行くでしょうね」
「そうなの?」
「魔法は生まれつきの才能よ。センスがものを言う。魔法の世界じゃ、血が才能をもたらすと信じる人も居るわね。だから魔法の名家なんてものも存在するわけ。優秀な血を混ぜて、血で魔法を紡ごうとする」
「へぇ……」
「ミランダは魔法が不得手なんだっけ。なら、フィリの場合は血に由来するものじゃないでしょうけど。才能があることは確かね。魔法の技術は修行でも伸ばせるけど、生まれつきの才能はかなり大きいわ。そしてトップ界隈に届くかどうかは、その才能が左右する」
「厳しい世界だね」
でも、その才能を生まれつき与えられることは果たして幸せなのだろうか。
僕は生まれつき鬼の血を持って生まれた。
そのせいで人とは違う人生を歩むことになってしまった。
だから何度も思ったものだ。
どうして普通の人間に生まれられなかったのだろうと。
「ルネ、魔法ってどうやって使うの? 感覚的なものだってフィリさんが言ってたけど」
「魔法は魔力を用いたイメージの具現化よ。単純に言うと、想像の力を用いて現象を引き起こす」
「イメージの具現化? 頭の中で妄想するってこと?」
「ただ想像するだけじゃないわ。体に流れる魔力の流れを感じて、それを外に出さなきゃならない。色々方法があるの。私は魔法を使うのに詠唱するようにしてるけど、呪文をつけて発動させる人もいるわね。『ファイアー!』とか」
「なんか技名みたいだね」
「言霊の力を借りるってのは重要よ。文字や図を使う人もいるわね。魔力と念を込めて練り合わせて表に出す。それが魔法よ」
「ふぅん」
案外適当だな。
気の流れとか、集中力とか、意識とか、体の感覚的な操作が重要なのだろう。
イメージの具現、か。
そこまで考えて、ふと気になったことがあった。
「例えばだけどさ、知らないうちに魔法が発動することってあるの?」
「私はあんまり聞いたことないけど、ないとも言い切れないわね」
「なるほど……」
僕はそっと顔を上げた。
「わかったかもしれない」
「何が?」
「フィリさんの不調の理由だよ」
「うぇっ?」
ルネは目を丸くした。
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