第3節 ライバル店と、原因究明。

 翌日。


「来たわね」


 夕暮れの中、僕とルネは駅前の魔法店の前に立っていた。

 ミランダさんのお店『響』。

 全三階建てのかなり大きな建物だ。


 一階に消耗品や食品。

 二階に雑貨。

 三階に魔法道具などを扱っているらしい。


 一階は道路に面した一面がガラス張りになっており、中の様子が見える。

 暖色の優しい光が店内から漏れていた。


「ここが宿敵の店って訳か」


「当たり前だけど、大きい店だね」


「いくらストロークホームスが地方都市って言っても、そこそこ大きな街だからね。その街を牛耳ってる人気店となれば、それなりの規模はあるものよ」


「でもここが雑貨店って知れて良かったね。魔法の依頼は受けてないってさ。そっちの方では競合しなくて済むかも」


「私は雑貨にも命かけてんのよ!」


 そもそも魔法を売り出すのに『魔法店』なんてざっくばらんな売り方をするのは、この世界でも前時代的な手法なんじゃないだろうか。

 売り出し方がミスってるんじゃないかと思ったが黙ることにした。


「前から疑問だったんだけど、この街って魔法使いが多いよね? それなら魔法雑貨とか、魔法店とか、魔法に関連するものは需要無いように思えるんだけど……」


「ストロークホームスは広大な農地に囲まれた地方都市だから、この街の魔法使いはその大半が農夫なのよ。人の依頼をこなせるような高度な魔法使いはそう居ない。それに一応私、国家ライセンス持ったプロだし」


「ライセンス?」


「魔法ライセンスよ。階級がG級からSS級まであって、私は最高ランクのSS級」


「へぇ、すごいね」


「でしょ」


 えっへんへんのへん、と胸を張るルネは心から得意気な顔をしていた。


「魔法省じゃS以上は必須だからね。そのレベルの魔法使いが魔法店をやることなんてほぼないし、確実に格の差が生まれるの」


「そういう情報もうちょっと回してほしいんだけど……」


 そんなにすごいなら宣伝でも上手く使えた気がするのだが。

 うちの店長はイマイチ商売魂が弱い気がする。


 喋りながら中に入ると「いらっしゃいませー」と明朗快活な声が聞こえてきた。


「ここ最近ルネの挨拶ばかり耳にしていたから、ちゃんとした挨拶が逆にむず痒いな」


「でしょ?」


「別に褒めてないよ」


 でも、そうか。


「使えるかもしれないな……」


「何が?」


「こっちの話だよ。それで、あれが件の妹さんだね」


 ミランダさんと同じく赤い髪のショートヘアの店員がレジに立っている。

 目元がパッチリしていて、朗らかで、外目にも優しそうなのが伝わってきた。

 姉はキツそうなイメージだったから、ちょうど真逆だ。


 胸元の名札にフィリと言う名前が書いてある。

 あれが彼女の名前だろう。

 今更だけど異世界なのに日本語で文字が書かれているのは違和感がある。


「何で働いてるのかしら。不調なんでしょ? 休ませたら良いのに」


「仕事してる方が気が紛れるらしいよ」


「なるほどねぇ」


「それで、どうなの?」


「どう、とは?」


「妹さんだよ。魔法が分からないって話だけど」


「そうねぇ……」


 ルネは目を細めてジーッとフィリさんを見つめる。

 どこか小姑が嫁を値踏みしているような独特の不快感があった。


「何よ?」


「別に。それで、どうなの?」


「うーん? 見る分には普通かも」


「そうなの?」


「魔力の流れも適正だし、枯渇しているって訳じゃないみたい」


「じゃあやっぱり心因性なのかな?」


「心因性って言ってもねぇ。仕事が苦痛なら分かるけど……」


 フィリさんはレジに並んだ客に笑顔で接している。

 ちょっとした袋詰の間に世間話などを振ったりしていて、とても仕事が嫌そうな人には見えなかった。


「どう見ても違いそうだね」


「そうなのよねぇ。あ、レジ出てきたわよ。こっち来る」


「えっ?」


「あのぉ、何かお探しですか?」


 声を掛けられると思わず、固まってしまう。

 先程遠目に見えていた笑顔が、今度は目の前にあった。

 近くで見ると、やはりとても可愛らしい人だ。


 内心焦っている僕らを見て「あ、ごめんなさい」と彼女は頭を下げる。


「こちらを見ていらっしゃるようでしたから、何かお探しなのかと思って」


 どうやら店員を探しているものだと勘違いされたらしい。

 なんという観察眼。


「どうしよう、道也?」とルネが困った顔でこちらを見てくる。

 普段威張っているくせに土壇場の対応には案外弱い。


 僕はそっとフィリさんに向き直る。


「実は僕たち客じゃないんです。ミランダさんに頼まれて、あなたに会いに来たんですよ」


「お姉ちゃんに……?」


 フィリさんは小鳥のように首を傾げた。


 ◯


 近くの公園でフィリさんと話す。

 魔法の掛かった遊具が、時折カラカラとひとりでに動いていた。

 夜の公園に子どもたちの姿はなく、居るのは僕らだけだ。


「そっか、お姉ちゃんが心配して……」


「頼れる人が居なかったんでしょうね。それでこの天才ルネ様を頼ったって訳」


「すいません、こう言う性格なんです。ウチの店長」


「あはは……」


 フィリさんはそっと表情に影を落とす。


「不調の原因は私もわからないんです。ストレスなんて感じてないし、本当にお仕事も楽しくやっていて」


「それが本当なら、あと可能性としてあるのは体質が変化し始めたってことかしら」


「体質が……?」


 すると、フィリさんは。


「そっか、そうですよね」


 と、憑き物が落ちたかのような笑みを一瞬だけ浮かべた。

 その笑みに、妙な違和感を覚える。

 今のは何だろう。

 つらい現実を前にしているはずなのに、まるで喜んでいるような印象すら受けた。


「フィリさんは、接客お好きなんですか?」


「昔からお姉ちゃんと一緒に両親の手伝いをよくしていたんです。それで、半分趣味みたいになっちゃって」


「そんな人いるんだ……」


「お客さんが喜んでくれるのがとても楽しくて。もっと良い接客がしたいと思って色々勉強してるんです。商品のこととか」


 そう話すフィリさんは、本当に楽しそうに見えた。


「普段から接客をしてるんですか?」


「いつもはお姉ちゃんと一緒にバイヤーさんが持ってきてくれた商品を品定めしています。だから店に居ないことも多くって」


「なるほどね。ま、経営者だとずっと現場に立ちっぱって訳にもいかないわよね。事務仕事とか、在庫管理とか、色々あるわけだし」


「ルネがやってるところ見たこと無いけど……」


「あんたが寝てる時にやってんのよこっちは!」


「お二人、仲が良いですね」


 クスクスと笑った後、フィリさんはふと表情を変えた。


「でも確かに店舗経営となるとシフトを作ったり、アルバイトの相談に乗ったり、商品を展開したり、忙しくって。少しでもお姉ちゃんの助けになりたいって思ったんですけど、中々追いつかないことも少なくないんですよね」


「最近お姉さんと話したりとかは……」


 僕の質問にフィリさんは首を振った。


「最近は二人共忙しくて昔みたいには話せていないです。特に今は新しく都心の方にお店を展開する計画があって、その対応に追われていて。だから店舗の方は私が任されいます」


「なるほど」


「そんなに忙しいのに、仕事がストレスになってないの?」


「忙しいは忙しいですけど、性に合っているから楽しくやらせてもらっています」


 彼女の言葉からは嘘を感じられない。

 フィリさんもミランダさんも、姉妹揃って働き者なのだろう。

 だからあのお店もここまで大きくなったのだ。


 するとルネが「弱ったわねぇ」と腕組みをした。


「仕事が原因かと思ったんだけど、どうにも腑に落ちないわね」


「フィリさんの中の魔力は変わらないんだよね。それなのに魔法が感じられないなんてことあるのかな?」


「これから衰えていく前兆っていうなら可能性はあるわね」


 そこでフィリさんは腕時計を見て「いけない」と言った。


「あの、そろそろ私行かないと……」


「結構話し込んじゃったわね。悪いわね、急に呼び出しちゃって」


「いえ、ありがとうございました。色々気を配って頂いて」


 去ろうとするフィリさんに、僕は「ちょっと待ってください」と声を掛けた。


「一つ、提案なんですけど」

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