第2節 魔法の依頼と、業務提携。
リビングに先程の女性を通して話を聞くことになった。
店は開けっ放しだが、誰か入ってきたらすぐに分かるから別に良いだろう。
彼女の名前はミランダ。
駅前の魔法雑貨店『
「魔法雑貨店……『魔法店』とはまた違うんですか?」
「うちは魔法に関するサービスは扱ってないわ。バイヤーから買い取った商品を卸したり、最近ではプライベートブランドの商品を開発もしてる小売店よ」
「プライベートブランド……」
まさかこの世界でそんなワードを聞くとは思わなかった。
「で、プライベートブランドまで作ってるお店の店長様がこんな街の端っこにある店に何の依頼があるってのよ」
ルネが机に頬杖をつく。態度悪すぎだろ。客にする態度ではない。
僕は「すいません」と頭を下げておいた。
「ウチの店長、接客が下手過ぎて客に逃げられまくってるんです」
「ああ、道理で。さっきの接客も癖強かったわね」
「道也はいらんこと言わなくていいのよ!」
騒いでるルネを無視して本題に入ることにする。
「それで魔法の依頼って言ってましたけど」
「実は、私の妹のことなの」
「妹さん……?」
僕が尋ねるとミランダさんは頷いた。
「うちは姉妹経営でね。ちょうどあなたたちと同じ歳くらいの妹と一緒に、二人で経営してるのよ。特に妹は私よりずっと魔法の才があるらしくて。うちの店ではバイヤーとのやり取りは私がするけど、商品の目利きなんかは妹がしているの」
「へぇ、すごいですね」
「ただ、それが困ったことになってるのよ」
ミランダさんは少し遠い目をする。
「妹はある日から急に魔法が感じられなくなってしまった」
「魔法が?」
「それまで感じられていた魔力の流れや、質が一切読めなくなってしまったの。当然、魔法の力が込められた商品の分析も出来なくなったわ」
「ふぅん? スランプって訳か……」
ルネは船こぎしながら腕組する。
しかしながら僕にはそれがどういう状況なのかが分からなかった。
「ねぇルネ、魔法が読めないって……やっぱりそれって異常な状態なの?」
「そりゃそうよ。今まで分かってたものが急に分かんなくなるんだから。魔力が生まれつきわから無いって言うならともかく、今まで日常的に使ってた魔法が急に分からなく無くなることは普通あり得ない」
「そうなんだ……」
ルネはミランダさんに向き直る。
「妹さん、医者とかには見せてないの? 魔法に精通した医者くらい、こんな地方都市でも居るはずでしょ」
「当然診てもらったわ。でも心因性のストレスだってお医者様が」
「ストレスって、心当たりは?」
「それがさっぱり。当の本人も分からないって」
「魔法が使えないくらいのストレスでしょ? 分からないなんて有り得ないじゃない」
「でも実際に、それがわからないから困ってるのよ」
ミランダさんはフーッとため息を吐いた。
その顔はどこか疲れて見える。
どうやら本当に参っているらしい。
「で、家族のあんたも、当の本人でもわからないようなことを、私にどうにかしろって訳? 無茶にも程があるわよ」
「腕利きの魔法使いが外部から見ることで原因が分かるかと思って。私も魔法の心得はあるけど、私じゃ分からなかった」
「ふぅん? 腕利き?」
ルネは眉をピクピクと動かす。
満更でもないらしい。
ミランダさんは店頭に並んだ商品に目を向けた。
「さっきの商品、私でも良い物だってわかったわ。魔法の掛かったハーブティー、暗い場所で輝くテラリウム、小物の魔法も洗練されていて衰えを感じなかった。魔法のコントロール力がないと出来ない技よ」
「よく分かってるじゃない」
「ルネはすぐ調子乗る……」
鼻をどんどん伸ばすルネをよそに、ミランダさんは話を続ける。
「うちはそれなりに従業員も抱えてるし、もし妹のことが広がれば従業員の不信にもつながる。それにもうすぐ中央都市への出店も計画しててね。色々デリケートだし、忙しい時期に来てるの。だからなるべく内密に事を済ませたいのよ」
「一応ウチは商売敵でもあるんだけど? 敵に塩送るようなことすると思う?」
「もちろん、タダじゃないわ」
するとミランダさんはカバンから何か取り出して渡した。
どうやら見取り図のようだ。
恐らくミランダさんのお店の見取り図だろう。
ミランダさんはそこに、ペンで赤丸をつける。
「ウチの店の一画であなたが作ったオリジナル商品を取り扱わせてもらう。当然あなたたちの店も紹介するわ。それに、うちにも結構魔法の依頼は来るのよ。普段は断ってるけど、その依頼をそっちに回してあげても良い」
「ふぅん、業務提携って訳?」
「悪くない話だと思うけど?」
「そうねぇ……。うーん、どうしようかしら」
あからさまに渋るルネ。
イニシアチブを取るとすぐこれだ。
仕方がなく替わりに僕が答えた。
「喜んで受けさせていただきます」
「ちょっと道也ぁ!? 何勝手に決めてんのよ!」
「だってこんな美味しい話、受ける以外の選択肢ないだろ」
「本当にいいの? 半分ダメ元だったんだけど……」
「全然大丈夫です。この店潰れかけてるんで」
「いらんこと言うな! あぁ、もう受ける! 受けるわよぉ!」
「ありがとう! 頼れる人が居なくて困ってたのよ!」
ミランダさんはガバリと体を起こすと、僕とルネの手を取った。
よく見るとその顔はどこか
本当に困っていたんだろうな。
「でも本当に良いんですか? うちにかなり有利な契約の気もするんですけど」
「場所の優先権は圧倒的にうちにあるしね。少しくらいなら痛くない。むしろ、あなた等が本当に見込んだ通りなら、今後うちにとって有益な取引先になるって思ってるわ。何より、経営が傾くよりずっと良い」
そう話すミランダさんの表情は真剣そのものだった。
街一番の魔法店の店長の妹。
一体どんな人なのだろう。
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