第3話 閑古鳥が連れてくる物は。

第1節 閑古鳥と、赤い髪のお客様。

 僕たちの魔法店『御月見』が開いて一週間が経った。

 僕たちが帰る、かけがえのない場所。

 その店は今――


「売れない……」


 潰れかけていた。


 月が昇る夜のストロークホームスにて『御月見』は開店する。

 視界ながらそこに客の姿はない。

 カウンターに顎を乗せたルネがゴロゴロと頭を転がす。


「客は割と入ってくるのにどうして売れないのかしら」


「そりゃ売れないだろうね……」


「どうして?」


 ルネが首を傾げると同時にカランカランと入り口のベルが鳴った。

 女性のお客が二人組で入ってくる。


「へぇ、こんなところに魔法店が出来たんだぁ」


「オシャレだねぇ」


 割と好感触な話し声が聞こえて来た。

 すると。


「あはーん、いらっしゃいませぇ」


 さっきまでカウンターに座っていたはずのルネが怪しい声を出しながら客に話しかけていた。

 さっきまで横に座ってたのにいつの間に移動したのだ。

 なんという早業。

 声がいつものトーンより高く、あからさまに客が警戒している。


「何かお探しですかぁ?」


「あ、ちょっと見てるだけなんで……」


「よろしければコチラのブローチとかいかがですぅ? その他にも素敵な魔法具がふん、ふん、ふんっだんに取り扱いございますぅのよぉ」


「あ、本当に大丈夫なんで……」


 距離感がバグっているルネを避けるように客は逃げていった。

 寂しそうに客を見送ったルネはトボトボとルネは戻ってくる。


「また逃げられたわ。何が気に入らないのかしら……」


「店に入ってきてコンマゼロ秒で接客しだすのもどうかと思うけど、途中でふん、ふん、ふんとか言い出した辺りから諦めたよ」


「何よぉ、私の接客のケチつけようっての?」


「ケチしか無いよ」


 このままだとこの店は店長の手により潰れるだろう。

 夜も開いている魔法店と言うところが最大の差別化ポイントなのに。

 肝心の接客が終わっている。

 もうダメかもしれない。


「やっぱり僕が接客しないとダメだな……」


「だめよ。あんたまだ研修中なんだから。魔法の魔の字もわかってないでしょ。商品知識つけてからよ。それにあんた雰囲気暗いし、髪も長くて鬱陶しいし、笑顔もなんか闇が漂ってんのよねぇ」


 暴言がすぎる。

 思わずイラッとして口が出た。


「怪しい接客よりずっとマシだろ。ウサギで居たほうがよっぽど客が来るよ」


「んですってぇ?」


 もはや鼻がぶつかりそうな程の距離でメンチを切り合う二人。

 しかし馬鹿らしくなりすぐにどちらもとも無くため息を吐いた。

 こんなことをしても問題は解決しないのだ。


「アホくさ。こんなとこであんたと喧嘩しても仕方ないわね」


 そっと肩をすくめるルネを見て、ふと思い出す。


「そう言えば魔法店って販売以外にも仕事を受けるみたいなこと言ってなかったっけ?」


「一応ね。魔法使いのやる個人商店なんて基本的に魔法の何でも屋さんみたいなところあるから。魔法を売ってる店なのよ、ここは」


「魔法を売る?」


「魔法に関するあらゆるものを取り扱うの。道具や、雑貨や、魔法そのものをね。魔法薬の依頼だって受けるし、魔法に関するトラブルも扱う。大抵の魔法店はそうやって経営しているし、ウチもそう言うスタンスの店よ」


 八百屋が得意先の飲食店に野菜を卸し売りしているように。

 花屋が冠婚葬祭で花を卸しているように。

 魔法店にも裏の顔が存在しているらしい。


「以前来た魔法の引越屋さんとはまた違うの?」


「あれはいわば魔法店が専門業者に特化させた感じね。魔法店は魔法店だけど、引っ越しに特化させて売りにしてるってわけ。サービスを限定して打ち出すことで、あえて顧客が利用しやすいようにしてんのよ」


「なるほど……」


 つまり売り出し方やパッケージングを変えてるのか。

 ラーメン屋や、洋食店や、焼き鳥屋が全て『飲食店』に分類されるように。

『魔法店』にもそれぞれ打ち出し方が存在していると言うわけだ。


 何でも屋、と言う形ではあまりにも漠然としていて客が寄り付かない。

 だから、引越屋とか、魔導書屋とかで括った方がかえって客も利用しやすいのだろう。


「もともと道具を売るのはおまけで、魔法に関する依頼とかで食えればと思ってたんだけどね。私の技術力ならすぐに顧客くらいつかまると思ったのに」


「せめて昼にももう少しお客さんが来ればいいんだけどね。なんで夜に来るんだろう」


 商品販売の接客こそ禁止令が出されているものの基本的なレジ打ちくらいは許されている。

 一応昼間も開店はしているのだが、昼間は殆ど客が来ないのだ。普通ならありえない。

 異世界だからだろうかとも思ったが、どうもそうではない気がする。

 この世界の人々の生活スタイルは、基本的に元の世界とそこまで大きく変わらない。


「昼間は駅前の大きな店に吸われてんのよ。でも駅前の店は閉店時間が早いから。夕方辺りからポツポツ入ってくるってわけ」


「なら駅前でビラ配りでもする? 夕方とかに呼び込みすれば多少は入るかも」


「意味なくは無いでしょうけど、いまいちピンと来ないわね。ビラを用意するのに準備も費用もかかるし。もっと良い案は無いかしら……」


 ルネは肩をすくめる。

 一応この世界にもネットはあるらしく、魔法使い用のSNSとやらを使って宣伝したり動画も出しているがあまり効果はない。

 そして着た客は片っ端からこの店長が解放リリースしていく。

 昼間は駅前の魔法店に客が吸われて客が来ない。

 もはや風前の灯火だ。


 チリンチリン。


 また店先のドアが開いて誰かが入ってくる。

 今日は珍しく客が多いな。

 何気なく目を向ける。


 カツカツとヒールの音。

 そしてサングラス。

 燃えるような赤く少しウェーブしたロングヘアー。

 二十代半ばくらいの若い女の人がいた。


「何あれ、派手ねぇ」


 同じようなことを思ったのかルネがポソリと呟いた。

 僕はすかさず「シッ」と言葉を被せる。


「お客さんのこととやかく言うもんじゃないよ。タダでさえ閑古鳥鳴いてるんだから」


「まぁそうね。じゃあ私、行ってくるわ」


「えっ? ちょっ、待って」


 立ち上がるルネの服を引っ張ると。

 彼女はバランスを崩して椅子に尻もちをついた。


「何すんのよ!」


「どこ行くんだよ」


「決まってるじゃない。接客よ」


「だからちょっとは様子見なよ。そんな獲物を前にした獣みたいな店員がゴリゴリ接客したら誰だって引いちゃうよ」


「そんなにゴリゴリだったかしら……」


「絶食30日目のトラみたいだったよ」


 逆にルネの考えるゴリゴリの接客がどんなものか気になったが、今考える話でもないか。


「こう言うのはね、お客さんの様子を見るんだ。明らかに何か探してる素振りだったら声をかけるし、そうでなければ自由に見てもらう。興味ありそうだったら、横からそっと声を掛けたりね。それくらい気軽な方が良いって」


「ううむ……納得いかないわ」


 ルネはいまいち疑問らしい。

 この暴走機関車女を止めるのが当面の僕の役割なのだろう。

 とにかく黙ってさえいれば売れる見込みはあるのだ。

 そう、黙ってさえいれば。


「ねぇ、ちょっと」


 すると、先程の赤い髪の女の人がこっちに呼びかける。

 声を掛けられると思っていなかったので虚を衝かれた。


「ねぇ、呼ばれたわ。行っていいでしょ?」


「一旦僕が行ってくるよ。こう見えてもバイトはやってたんだ。接客くらい出来るよ」


「だからあんた商品知識無いでしょ……」


「あ……そうだった」


 自分が研修中であることを失念していた。

 やれやれとルネは立ち上がる。


「あんたは黙って店番してなさい。ここは店長の出番よ」


 考えている間にさっさとルネは客に近づいてしまう。

「いらっしゃいまっせぇー」とすっかり聞き慣れた怪しい声が聞こえた。

 止めたほうが良いかと思ったが、ルネの言う通りここは任せるしかない。


 魔法の商品のことがまだよくわからないのは、正直もどかしい。

 接客にケチつける割には、こう言う時役に立てないのだから情けない。


 早く覚えないとルネに負担ばかり掛けてしまう。

 そして早く覚えないとルネが次々と客を逃して店が潰れる。


「大変お待たっせぇいたしまっしたぁ。何かお探しですかぁ」


「この店の商品、ずいぶん状態良いわね。誰がどこから仕入れてるの」


「色々ですけどぉ、今手に持ってるのは私が作ってるんですぅ」


「あなたが……? ふーん?」


 一瞬訝しげな瞳を浮かべたあと、まぁいいわと言った。


「私、駅前で大型の魔法店を開いてるものなんだけど」


「うぇ!?」


 ルネと僕の声が重なる。

 女性は動じず言った。


「ちょっと、魔法の依頼をしたいの。この店の魔法使いであるあなたに」

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