第5節 トレードマークと、帰る場所。

「いい買い物出来たわ。これは見栄えするわよぉ」


 世界樹の種を買ってホクホク顔のルネを横目に、僕たちはルボスさんの店を出た。


「じゃあな、坊主」


 去り際、ルボスさんが声をかけてくる。


「あの、ありがとうございました。色々話してくれて」


「何、ちょっとした昔話だ。こっちも初対面なのに色々聞いちまって悪かったな」


「いえ……。気持ちが楽になった気がします」


「ま、焦らずやれよ」


 ルボスさんは僕の背中をバシンと叩くと、ガハハハと漫画に出てきそうなほど豪快に笑った。

 背中がめっちゃ痛い。吹き飛ばされるかと思った。

 表向きは笑みで対応したが、内心は苦悶の表情を浮かべないよう必死だった。


「道也、何ボサッとしてんのよ。さっさと行くわよ」

「今行くよ」


 ルネに促されるまま、僕らはルボスさんの店を離れる。


「いやー、それにしても良い店だったわね。店長はバケモンだったけど」


「めちゃくちゃ良い人だったよ」


「ふぅん? ずいぶん仲良くなってんじゃん?」


「まぁね」


「それでルネさん、その種、どうするんですか?」


 ウタコさんが不思議そうに尋ねた。

 ルネは「そうそう」と何か思い出したように手を叩く。


「管理人さんにちょっと尋ねたかったのよ。建物ってどこまで改造していいかしら」


「改造……ですか?」


「ちょっとね。この種を使ってやってみたいことがあって。大丈夫。別に店を壊したりはしないわよ」


「そうですねぇ……なら、多少大胆なことしてもらっても大丈夫ですよ。内装を改築する場合は相談してほしいですけど」


「そこまではやらないわ。ただ、ちょっと見た目が変わるかもね」


 フヒヒヒ、とルネは何か企んだように邪悪な笑みを浮かべる。

 一体何をする気なんだろう。

 少なくとも、ろくなことを考えていない気がする。

 僕が怪しんでいるとウタコさんがくすくす笑っていた。

 この人はいっつも笑顔だな。


「ウタコさん怒って良いんですよ? うちの店長、ちょっと何考えてるか分からないんで」


「人を変人みたいに言わないでくれる?」


「大丈夫。嬉しいの」


「嬉しい?」


 予期せぬ言葉に僕とルネは眉を潜ませた。

 ウタコさんは「ええ」と頷く。


「ストロークホームスはとっても穏やかで平和な街だけど。反面、退屈な所でもあるから。ルネさんと道也くんが来て、何か起こりそうな気がしてるのよ」


「つまりは、どゆこと?」


「僕らはこの街のトラブルメーカーってことだね」


「へぇ……へぇ?」


 そうこうしているうちに店の前まで戻ってきた。

 ただ、行きしなと違ってずいぶん明るいような気がする。

 違和感を抱いて空を見上げた時、思わぬ光景にギョッとした。


 空に満月が浮かんでいた。

 規格外のサイズの、巨大な月が。

 宵の空の中心に浮かぶ、大きな満月。

 ただその大きさは、僕の知っている満月の10倍近くはある気がする。

 手のひらをパーにして手を伸ばしたらちょうど同じくらいの大きさだろう。


「でっか……」

「今日は満月ねぇ」


 ウタコさんが嬉しそうにはしゃぐ。

 そうか。今まで街を見るのに気を奪われていたから、空の光景に気づかなかった。

 この街がそこまで街頭も多くないのに、異様に鮮明に見えていた理由がわかった気がする。


「ねぇ、ルネ」


「何よ、耳打ちなんかして」


「この世界でもあの星は『月』って言うの?」


「はぁ? 何言ってんの? そうだけど?」


 昨日ルネはこの世界の創造主アテネを『太陽を象徴する神』と言っていた。

 星の呼び名や役割、概念は基本的に一緒なのだろうか。


「という事は、この星は地球だよね?」


「だからそうよ。……ってか、その子供じみた質問やめてくれない? 今後ずっとやるつもり?」


「いや、だって気になってさ」


 異世界だけど、星の名前が一緒で。

 人々の暮らしや、物に対する感覚なども同じで。

 魔法と、亜人が存在する、地球とよく似た別の世界。


 まるでパラレルワールドみたいだな、などと考えた。

 パラレルワールドにしてもパラレルがすぎるけど。


「二人して内緒話ですか?」


 ウタコさんがにゅっと顔を覗かせる。


「別に、何にも無いですよ」

「ふぅん? まぁ良いですけど」


 僕が顔を逸らせると、ウタコさんはいたずらっぽく笑みを浮かべた。

 この人には全て見通されてそうな気がしてバツが悪い。


「じゃあ、始めましょうか」


 ルネはそう言うと、店の前に世界樹の種を置いた。


「ルネ、その種どうするつもり?」


「まぁあんた達は見てなさいよ。危ないからね」


 ルネは地面に置いた種に向けて手をかざす。


「我が声に応え 内なる魔力 呼応し ここに神木の種を呼び覚ませ!」


 ルネが呪文を唱えると、不意に彼女の両手から青白い光が放たれ、その光は世界樹の種からも発された。

 ルネの呪文に種が応え、呼応している。


 すると次に、地面が透き通り、血管のような光のくだが浮かび上がった。

 まるで輝く液体が地面のパイプを流れるように、光は地中をうごめいている。

 明らかにそれは、異常な情景だった。


「これは……!?」


「魔力の流れが浮かんでるのよ! でもこれだけじゃない!」


 ルネは伸ばした手を、地面に這わせる。


「我が声に応え ここに集い給え!」


 ルネが唱えると同時に。

 地中を流れる光の流動が、一気に種へと集まっていった。

 集まった光は、種へと流れ込んでいる。

 地中を流れる魔力が種に注がれているのだ。


 何が起ころうとしているのかと思った、次の瞬間。


 ピシリ。


 不意に種の外殻が割れ、中から樹の芽と根が姿を見せた。

 種がものすごい速度で成長しているのが分かる。


 やがて外殻を突き破った根は素早く地面に潜り込むと。

 地面をぼこりと浮かび上がらせた。

 魔力が流れ込むに連れ、見る見るうちに芽は育ち、幹となる。

 枝葉が伸び、巨大な樹木が店先に出現した。

 あっという間に建物を包むほどの巨大な世界樹が生み出される。


「まだまだ! その枝葉一つとなり 礎を覆い隠さん!」


 ルネの呪文に反応し、世界樹の枝が店の壁に張っていく。

 草木は鮮やかに生い茂り、あっという間に建物の半分が巨大な樹木に覆われた。


「世界樹よ 姿を見せよ!」


 ルネが最後の呪文を唱えると同時に、樹の成長は止まった。

 エルフの街にあるという、巨大な世界樹。

 その世界樹と建物がここに融合を果たしていた。


「どうよ! 実際の世界樹には及ばないけど、やっぱ立派だわ! 魔法店って言ったらこれくらいパンチがないとねー!」


「何これ……」


「種を見た時ピーンと来たのよ。建物が樹に呑まれてたら面白いんじゃないかって」


「だからって本当にやる?」


 僕が呆れていると、ウタコさんが乾いた笑いを浮かべていた。


「あ、あらぁ、素敵ネー」


「ウタコさん、大丈夫ですか?」


「別に大丈夫ヨ? チョット驚いちゃっただけだから。ウフフフ」


 どう見ても大丈夫には見えない。

 確かに店の内装は変えてないものの、これはあまりに予想外だ。

 するとルネは「安心なさい」とウタコさんの肩を叩く。


「ちゃんと出る時は魔法で修復するわよ」


「本当ですか?」


「多分ね」


「多分……」


 よろけるウタコさんの肩を支えた。

 ルネはこちらの気も知らず「うーん、やっぱ良いわねぇ」と一人でほくそ笑んでいる。


「ハシゴつけて登れるようにしたり、枝に屋根取り付けて店先にテラス作るのもありよね。色々飾りをしても良いかも」


 あまりに呑気なルネを見ていると、何だかどうでも良くなって来た。

 僕は思わず「ぷっ」と吹き出す。

 釣られたのか、ウタコさんも「あははは」と声を出して笑った。


「あーおかしい。思わず笑っちゃった。うん、素敵ね、こんなに美しい樹を見るのは初めてかも」


「ウタコさん、本当に良いんですか?」


 僕が尋ねると彼女は笑顔で頷いた。


「元々許可したのは私だしね。それに、もし元に戻らなかったら後で賠償請求するだけだから」


 笑顔で恐ろしいことを口走っている。

 今にも数千万単位の借金を背負わされつつあることも知らず、ルネはいつものドヤ顔を浮かべていた。


 きっと彼女がこの店を出る時、半泣きになってウタコさんの足にすがりついているのだろう。

 その光景は少し見てみたいような気もする。


「よぉし、やるわよぉ。これからガッポリ稼いで、魔法使いルネの名を轟かせるわ! 私をクビにした魔法省の奴らをギャフンと言わせるんだから!」


 それで見栄張ってこんな見た目にしたのか。

 やっぱりルネはアホだな。

 アホだけど。何かをやるような予感を僕に抱かせてくれる。


「で、店の名前は?」


 僕が尋ねるとルネは「えっ?」と表情を固めた。


「そう言えば店の名前決めてなかった……」


「一番大事なのに」


「何が良いかしら」


 ルネは顎に手を当てて考え始める。

 そこでふと、空に浮かぶ大きな月が目に入ってきた。

 金色の稲穂の街に浮かぶ、美しい名月が。


「『御月見おつきみ』、なんてどう?」


「『御月見』?」


「満月の日にオープンしたってことで。魔法店『御月見』」


「『御月見』かぁ。もっとスタイリッシュな名前が良かったけどなぁ」


 ルネはそっとため息を吐くと「まぁ、良いか」と声を出した。


「じゃあ、この店は魔法店『御月見』ね」


 ルネはそう言うと、僕にそっと笑みを浮かべた。


「道也、ちゃんと見ときなさい。今日からここが私達の帰る場所になるんだから」


「そうか……うん。そうだね」


 帰る場所、か……。

 その言葉は嫌いじゃない。


 こうして。

 満月の夜に魔法店『御月見』はオープンした。

 ここから、新しい生活は始まっていくのだ。

 ホームストロークスを巻き込んだ、僕たちの魔法店での生活が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る