第4節 幼い夢と、昔話。

 店先で話していると突然ルネがパンッと手を叩いた。


「長話はいいわ。店に使う花を探すわよ」

「店?」


 不可解そうに眉をひそませたルボスさんに、ウタコさんが笑みを向ける。


「ルネさんは新しく魔法店をオープンするんです。そのお店を飾る花を探していて」


「俺を訪ねたって訳ですか」


「よろしく頼むわね」


 ルネがツンと胸を張る。


「別に良いが偉そうな奴だな……。ならこの辺の花はどうだ? 西の地方で咲く夜に輝く花だ。長持ちして見応えがある」


「悪くないわね」


「チンケな店には十分華だ」


「誰がチンケな店よ!」


「あら、私はこっちの鮮やかな花がいいと思うけれど。女の子ウケしそうじゃない?」


「流石ウタコさんお目が高い。それは南の街で発見された新種で最近売れてるんですよぉうへへ」


「この店、客で態度変えすぎじゃない……?」


 花を見ながらやいのやいの騒いでいる三人を遠目に、僕は先程のルボスさんの発言について考えていた。


 ――ストロークホームスは帰る場所を与える街だ。


 帰る場所、か。

 思えば。

 元の世界にも僕が帰る場所なんてあっただろうか。


 どこにも心の拠り所なんてなかった。

 じっちゃんが死んでからと言うもの、家はあったけれどいつもどこか息苦しさを感じて生きていた。


 誰とでも距離を取って。

 誰にでも壁を作って。

 家では孤独を感じて生きている。


 この先ずっと生きてて希望なんてあるんだろうか。

 そう考えると不安でたまらなかった。

 心が休まる場所なんてなかった。


 ここの世界に来てから、元の世界に戻ることばかりを考えていたけど。

 そもそも僕は本当に元の世界に戻りたいのだろうか。

 この世界にも、元の世界にも、自分に居場所なんて無い。

 そんなことに今更気づいてしまったのだ。


「何だ、元気ないな」


 声を掛けられ、ハッと顔を上げるといつの間にかルボスさんが僕の横に立っていた。

 ルネとウタコさんは二人で花を見ながらまだあーだこーだ話している。


「何か考え事か?」


「別に大したことじゃないですよ」


「故郷についてか?」


 図星だった。


「どうして?」


「何となくだ。さっきのお前の様子を見て、故郷に何か後ろ暗い感情を持っている気がした。昔の俺に似てると思ったからな」


「昔のルボスさんに?」


 ルボスさんは何かを思い出すかのように、少し悲しい表情を浮かべた。


「境遇は違うかもしれねぇがな。俺は故郷から居場所を無くしたエルフなんだ」


 そして、ルボスさんは語り始めた。


 ◯


 うちの家系はルナフェスで花屋を営んでいた。

 ルナフェスにある老舗の店として割と繁盛してたんだ。


 俺はこんな成りだが、一応親は立派な血筋のエルフでな。

 二人共優しくていつも花を愛でているような人たちだったよ。


 朝になると、美しい花々が店の中に並ぶんだ。

 それを見に来た客が、花を見て笑顔になる。

 両親が作るその光景が俺は何よりも好きだった。


 ルナフェスは世界樹の根本に様々な花が咲く場所でな。

 花屋にとっては楽園のような土地だ。

 そんな場所で花屋を開く両親を、俺は心底誇りに思っていた。


 大人になったら、自分も両親のような花屋になりたい。

 幼心にそう思ったのを覚えているよ。

 誰かに喜んでもらえる場所を作りたかったんだ。


 でも現実は残酷だった。

 ある日、店先に立った俺をルナフェスの長老が訪ねてこう言ったんだ。


「新しく街に来たエルフからルボス君に苦情が来てね……」


「苦情?」


「あぁ、その……言いにくいんだが。『あの魔物のような男は誰だ』と。美しいルナフェスの街に相応しくないんじゃないかと声が上がっているんだ」


 告げられたのは、選民意識の高いエルフの差別の言葉だった。

 ルナフェスはでかい街で人の入れ替わりも激しいからな。

 昔から居た奴らは馴染みだが、街の外から来た奴らからすれば俺は暴漢に見えたんだろう。

 犯罪を犯す人間だと見られたって訳だ。


 見た目で誤解を受けることはこれまでも少なくなった。

 ただ、エルフはその傾向が一層強い。

 そうした性質は理解してたが、流石に堪えたよ。


 エルフの全員が悪いやつじゃない。

 ただ、理解のないエルフも中には居る。

 俺はずっと故郷に居たのに、ここに居場所はないと知らされたって訳だ。


 俺は両親にも黙ってルナフェスを出た。

 夢のために人生を捧げたのに、夢を失った。

 街を出た俺は、もはや死人も同然だったよ。

 何日も宛もなくさまよい歩いて、色んな街を周って。


 そして、このストロークホームスにたどり着いた。


 ストロークホームスはルナフェスに比べたら、麦しかねぇ下らない地方都市だった。

 何もない街だなと思いながら散策してるとな。

 商店街に潰れた花屋があったんだよ。


 何となく眺めていたら背中を叩かれたんだ。


「そのお店、最近前の店主さんが引退して閉店しちゃったんです。新しいお店を開く人を募集してるんですよ」


 声をかけてくれたのがウタコさんだった。


 ◯


「ルナフェスに俺の居場所はなかった。でも、この街は違う。宛もなくフラフラしていた俺にウタコさんは居場所を与えてくれた。そしてストロークホームスは俺を受け入れた。今じゃここが俺の故郷だ」


「それで、このストロークホームスに店を?」


「あぁ」


「そんな理不尽な話ってあるんですか……? だって、ルボスさんはただご両親の花屋を一緒に経営してただけでしょ?」


「それでも、だ。潔癖症のエルフってのは実際少なくないからな。ルナフェスみたいなでかい街だと、割と珍しくない摩擦ではあるのさ」


「それに」とルボスさんは付け加える。


「今となっては、このストロークホームスに来て良かったとすら思ってるよ。ルナフェスは花屋の天国みてえな街だが、住んでる奴らは外見ばかり気にする無駄に歳喰った堅物だ。エルフは馬鹿みたいに長生きだからな。離れられてこっちが清々するよ」


 ガハハハ、と豪快にルボスさんは笑う。

 その表情には、一切の曇りが無いように見えた。


「ストロークホームスは色々と行事も多くてな。この街の稲穂を見たか?」


「稲穂って、街の外に広がってるやつです?」


「そうだ。毎年この時期になると大きな収穫祭が行われる。とてもにぎやかだからな。楽しめば良い」


「収穫祭ってどんな感じなんですか?」


「街の外部からたくさんの人が集まってくるの」


 ウタコさんまでこちらに来ていた。


「ストロークホームスの名物の一つでね。出店もたくさん出て、街も魔法で美しく彩られて、魔法使いたちによる大々的な収穫が行われる。とっても美しい景色よ」


「へぇ……」


「道也くんもきっと、この街を好きになるわ」


「だと良いですけど」


 するとルネが「ちょっと道也、何ボサッと突っ立ってんのよ」と僕を手招きした。


「あんたも何か意見しなさい! 使えないコマは捨てるわよ!」


「はいはい……」


「あの娘、ずいぶん酷い言い草だな」


 ルボスさんが苦言を呈するも。

 僕は「いいんです」と言った。


「嫌な感じはしないですから」


 プライドも高いし、ポンコツだし、口も悪いけれど。

 ルネはこの街で最初に僕を受け入れてくれた。

 僕を信じて自分のことを話してくれた。


 だから僕も、彼女のことは信じたいと思う。


「で、ルネ。何の花にする?」


「ちょっと迷ってるのよねぇ」


 頬に手を当てて難しい顔をしていたルネは、ふと何かを見つけたように目の前のビンを指さした。


「ねぇ、このビンに入っている種って何? ずいぶん大きいけれど」


 するとルボスさんが「世界樹の種だな」と言った。


「ルナフェスに存在する世界樹の種だ。貴重だから値段もそれなりにする」


「この樹が育ったら世界樹になるってわけ?」


「何百年も掛かるがな」


「ふぅん……?」


 何やら思いついたルネは、ニヤリと口を歪ませた。


「決めたわ、この種をもらいましょう」


「でもルネ、どうするのさ? 育つのに何百年も掛かるって」


「心配いらないわよ」


 ルネはいつものドヤ顔で、大仰に腕組みした。


「私を誰だと思ってんのよ」


 その顔は、明らかに何かを企んでいた。

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