第3節 ヤクザと花屋と、拠り所。
「エルフのやってる花屋、ですか」
僕たち三人は店を出てウタコさんの言う花屋へと向かう。
僕の質問に「ええ」とウタコさんは笑みを浮かべた。
「私もよく利用しているお店なの。とっても素敵な場所よ」
「こんな夜遅い時間でもやってるの?」
首を傾げるルネにウタコさんは頷く。
「花の仕入れの関係で、夜遅くまで開いているみたい」
「ふーん? 何だかよく分からないけど面白そうね」
夜のストロークホームスを僕らはゆっくり歩く。
坂道の向こう側に、夜の月に照らされるストロークホームスの稲穂が広がる。
こちらの世界でも、この時間帯は夕食の時間らしい。
ちょうど仕事終わりの人々の姿がチラホラと目に見える。
レストランで談笑したり。
スーパーに足を運んだり。
ちょっと疲れた顔をしていたり。
宙に浮かぶ街頭や足元の光る鉱石など現実離れした情景も少なくないが、こう言う一日の終りの雰囲気はどの街も同じなのだと感じた。
どこか懐かしくて、どこか懐かしい。
ウタコさんの話によると件の花屋は駅前にあるそうだ。
「駅前だなんて一等地じゃない。あの辺スーパーもあるし、市場も雑貨屋もたくさんあるから栄えてるのよね」
「ルネはどうして駅前の店舗にしなかったの?」
「高いからに決まってんでしょ! 十倍くらい値段が違うんだから!」
「ストロークホームスは個人経営の商店も多いから。駅前は特に老舗のお店や人気店が並びやすいの」
補足してくれたウタコさんにルネがうんうんと追従する。
「しかも駅前には大きな魔法店がある。ストロークホームスではその店が長年この辺り一帯のシェアを牛耳ってきてるらしくてね。駅前なんかに出店したらイチコロよ」
「だから魔法店が少ないのか。……うちの店、大丈夫なの?」
「それをこれからどうにかすんのよ。この天才魔法使い、ルネ様の実力でね」
「ふふ、楽しみにしてますね」
ウタコさんは少しおかしそうに笑うと、不意に前方を指差した。
「あ、見えた。あの店ですよ」
指された方角には、木造の小さなお店が建っている。
中からオレンジ色の光が溢れ、夜にもかかわらず店先に花々が並んでいた。
あまり花には詳しくないが、何となく珍しい形状の花だと察する。
この世界に育っている種類の花なのだろう。
「すいませーん、ウタコですけど」
ウタコさんが店に入っていく。
「僕、エルフと話すの初めてだよ」
「あんたの世界じゃエルフもいないの?」
「居るわけ無いだろ」
「ことごとく変な世界ねぇ」
「理不尽だ……」
今までもこのストロークホームスでエルフらしき人たちは何度か見かけた。
いずれも美男美女で、僕の思うエルフ像通りでもあった。
ルネの話によるとエルフの血筋は皆美形らしい。
「絶世の美女が出てくるのかな」
「あんまデレデレしないでよ。情けない」
「まだ何もしてないけど……」
どうやらルネもあまりエルフとは関わりがないらしい。
そのせいか何だか二人して緊張で高揚している気がする。
「お前ら俺の店に何かようか?」
不意に、巨大な影がヌッと視界の端から姿を現した。
岩のように巨大な影。
それは人だった。
月明かりに照らされた、頬に傷のある強烈な人相の男が出現したのだ。
見上げるほどの巨体。
強面の顔に口ヒゲ、サングラス。
時々隙間から覗く居抜きそうな眼光。
完全にそれはカタギではなかった。
「る、ルネ! ヤクザ! ヤクザが居る!」
「なななな、何でこんなところに魔物が居るのよ!」
「誰が魔物だコラ」
男が言うとほぼ同時に「あ、居た」とウタコさんが店内から出てきた。
「ルボスさん、探したんですよ」
するとルボスと呼ばれた眼の前の化け物はギクリと体を硬直させ、顔を赤くした。
「う、ウタコサン。コンバンハ。こんなむさ苦しいところへようこそ。あ、相変わらず可憐で美しいデスネ」
「ごめんなさい、急に押しかけてしまって。実はルボスさんに会って欲しい人がいて。新しくこの街に引っ越して来た人たちなんですよ」
「押しかけてなんてトンデモナイ。ウタコさんを拒絶するやつがいたら俺がブチコロしてやりますよ」
片言でぶっそうなことを呟いている。
明らかに様子がおかしい。
訝しんでいるとルネが「惚れてんじゃないの」と小声で呟いた。
なるほど、確かに言われてみるとそう見える。
眼の前の巨大なヤクザはウタコさんに惚れているらしい。
すると僕らの声が聞こえたのかヤクザは僕らをギロリと睨んだ。
「何だてめぇら……さっきから人の後ろでヒソヒソと」
「ルボスさん。その人たちが私のお連れしたお客さんですよ」
「えっ? この吹けば吹き飛びそうな奴らが……!?」
「そりゃあんたみたいな化け物に吹かれたら吹き飛ぶでしょ」
げんなりした顔でルネは言った。
◯
「改めて自己紹介する。俺はルボス。花屋『エルフラワー』の店長だ」
闇金業者みたいな見た目に似つかわしくない店名が飛び出してきた。
補足するようにウタコさんは「とってもいい人なの」と笑みを浮かべる。
その笑みを見つめながら僕らは思った。
どこがだよ。
「ルボスさんはエルフでね。本当に色んなお花を扱っていらっしゃるのよ。花に詳しいし、何よりとっても親切だから。是非二人にも会ってほしいと思って」
「親切……ですか」
「あぁ? 何か言いたげだな小僧?」
「何でもないです」
どう見てもその親切のベクトルはウタコさん一人に限定されている気がするが。
当の本人はまるで気づいた様子はない。
すると店内を見たルネが「確かに、悪くないわね」と感心していた。
「魔法に使える植物も多いし質も良い。花の種類も多いわ。適当な仕事じゃこうは行かない」
「花にはこだわりがあるからな」
「ルボスさんは元々ルナフェスの出身なの」
「ルナフェス?」
首を傾げていると「エルフが一番多い都市よ」とルネが補足した。
「ルナフェスはたくさんのエルフが暮らす場所ね。自然が豊かで、世界樹がある、花の名地なの。エルフにとっては暮らしやすい場所よ」
「へぇ……」
ルボスさんは「全てのエルフが暮らしやすい訳じゃない」と口を挟んだ。
「エルフは選民意識が強くてプライドが高い。外見や、血筋を気にする差別主義者も少なくない」
「つまり見た目が怖すぎて追放されたってわけ?」
ルネの言葉にルボスさんはサッと視線を逸した。
どうやら図星らしい。
「お話を聞いたら行く場所がないって言うから、私が誘ったの。お花屋さんをしてみませんかって」
「どうして花屋を?」
僕が尋ねるとウタコさんは過去を思い返すように視線を遠くした。
「だって、お花を嬉しそうに見ていたから。『この人お花が好きなんだな』って」
「今の俺が居るのは、ウタコさんのおかげってこった」
なるほど。
それでウタコさんに惚れたわけだ。
何故か妙に微笑ましく思えた。
するとルボスさんは僕たちに視線を向ける。
「お前らはこの街の住民じゃないのか?」
フフン、とルネが見慣れたドヤ顔を浮かべた。
「私は中央都市リンドバーグの天才魔女。この優男は私の忠実な下僕ってわけ」
するとルボスさんは憐憫の目で僕を見る。
「お前……もう少し仕える主は考えたほうが良いぞ」
「どういう意味よ!」
「で、お前はどこの出身なんだ?」
「僕ですか?」
一瞬、言葉に詰まる。
どう答えたものか。
すこし逡巡したあと――
「遠くですよ。ずっと遠く。誰も知らない場所です」
何とかそれだけを口に出した。
察したのか、ルボスさんはそれ以上突っ込んでは来ない。
「訳ありって感じだな。ならストロークホームスはオススメの街だ」
「どうしてですか?」
「ストロークホームスは、居場所を与えてくれるからな」
「居場所?」
「ここは帰る場所を与えてくれる。安心して過ごせる『
「拠り所……」
その言葉は何故か僕の心をざわつかせた。
「ストロークホームスは帰る場所を与える街だ」
ルボスさんの言葉が、妙に耳に残った。
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