第2節 ポンコツ店主と、足りない物。
「オープン準備?」
「ええ」
ウタコさんに何故か得意気な表情でルネは頷く。
「何せ昨日の今日で商品陳列は愚か、店の飾り付けすらろくに出来てないからね。なる早でオープンしたいところだけど人手が足りなくて困ってたのよ」
だからって普通建物の管理人に手伝いを頼むだろうか。
しかもほぼ初対面の相手に。
僕の心配をヨソに「大丈夫ですよ」とウタコさんは笑みを浮かべた。
「お店のオープン準備だなんて何だか楽しそう。それで、何をすれば良いのかしら?」
「商品に値札を付けてもらおうかしら。道也、あんたは見取り図通りに棚を設置して行ってちょうだい」
「別に良いけど。魔法でどうにかしないの? 商品の陳列とか、棚の配置換えとか、値札貼りとか、魔法ですぐに終わりそうなものだけど」
「うちで扱っているのは魔法に関する商品だからね。適当に魔法なんて掛けてたら、暴発しちゃうことだってあるのよ。オープン前に火事になるのだけは避けたいわ」
「なるほど」
どうやら何でも便利に魔法で解決とは行かないらしい。
「よし、じゃあそうとなれば……」
ルネは何やら呟くと店のカウンターの奥から何かを引きずり出してきた。
見覚えのあるカバン。
昨日僕が運ばされた魔法のカバンだ。
「ふぅ、相変わらず重いわね」
「普通の人間には運べないから魔法使って運ぶって言ってなかったっけ」
「う、うるさいわね! いちいち魔法使うのが面倒臭かっただけ!」
確かあのカバン中身は100kg以上あるんだったか。
引きずっただけでも大したものなのかもしれない。
ルネは気を取り直したように「さて」とカバンに向き直ると、そっと手をかざす。
すると、ルネの手から不思議な光が生まれ、その輝きはカバンと共鳴した。
「我にその内なる姿を見せよ」
ルネが何やら中二病のような文言を唱えると。
ガチャリと音がしてカバンが開いた。
今のが魔法か。
カバンの中はまるで薬箱みたいな構造になっており、仕切りの中にミニチュアの家具のようなものたちがそれぞれ分類されて入っている。
ルネはその中にあるものを一つずつ取り出す。
すると取り出したものはカバンから出されるに連れ、元のサイズに戻った。
明らかに異常なことが起こっているのに違和感がないのは不思議な感覚だ。
まるで騙し絵でも見ているような気になる。
魔法で歪んだ物理法則が、解除と共に無理やり矯正されている印象を受けた。
ルネは次々と商品を取り出しては机の上に並べていく。
植物やら香水やら時計やら。
取り出された商品は実に多岐に渡った。
「この道具って何に使うの?」
「色々よ。魔法使いが使う魔法具もあるし、魔法を使えない人が使うものもある。夜になったら輝くアンティークとか、温度の保ちが良いポットとかね」
「へぇ……」
つまり元の世界で言うところの雑貨屋と画材店を足して二で割ったような感じか。
魔法で使う基礎的な道具の他に、一般人に向けた魔法雑貨も置くような店らしい。
ウタコさんの話では、魔法店は魔法に関する依頼も受けるんだっけ。
それがどう言うものなのかはいまいちピンときていない。
今朝来た魔法の引越屋のような仕事なのだろうか。
そもそも、この街は魔法使いが多いみたいだけど、需要あるんだろうか。
「ルネさん。これ、お値段どうしましょう」
商品を眺めていたウタコさんが首を傾げた。
「ちょっと待って。仕入れ表があるはずだから」
「そう言えば、僕も見取り図まだもらってないけど」
「ええい、今出すから一度に色々言わないでちょうだい! ええと……どこ入れたかしら……」
ルネはカバンの中にあるミニチュアたちをゴソゴソと弄り始める。
見つかるのかそんなので。
すると、ふとルネのポケットから何やら紙のようなものがはみ出しているのが見えた。
「それじゃない?」
僕が指さすとルネは「あった、これよ」とポケットから紙を取り出す。
「じゃあ見取り図は道也に渡すわね。んで商品だけど、これが千円の仕入れ値だから、売値も千円ね!」
「それだと利益ないぞ……」
本当に大丈夫かこの店主。
魔法は一流の使い手なのだろうが、それ以外がてんで抜けている。
この先前途多難だなと思っていると、ウタコさんがジッと僕の方を見つめていた。
「な、何ですか?」
「ちゃんと支えてあげなきゃですね、ルネさんのこと」
「……ですね」
「何人の顔見て笑ってんのよ?」
顔を見合わせて笑う僕らに、ルネは怪訝そうな顔をしていた。
◯
一時間ほどで、一通りの作業を完了することが出来た。
棚の配置、値札の添付、店の装飾に商品の展開。
すべて終えるころには、立派な内装が出来上がっていた。
消耗品や魔術で使う道具などを取り扱うコーナー。
魔法が付与された小物やアンティークが置かれたコーナー。
魔法薬や魔法茶などの食材が並ぶ、魔法薬食のコーナー。
狭い店内だが、多岐に渡る商品が置かれている。
女性受けしそうな小洒落た内装になってくれた。
「良い感じですねぇ。女性から人気が出るんじゃないかしら」
同じことを思ったのか、ウタコさんもうっとりとした顔をしていた。
こう言う感性は元の世界と似通っているらしい。
常識がかけ離れていなくて助かる。
「うーん……確かにいい感じなんだけどねぇ」
しかしながらルネの顔はどこか浮かない。
何か不満でもあるのだろうか。
「ルネは何でさっきから難しい顔してるの?」
「ちょーっとねぇ。何か足りないなって思って」
「足りない?」
僕の言葉に彼女は頷く。
「華って言うのかしら。パンチがないと言うか。没個性すぎると言うか」
「こんな良い感じの内装なのに、没個性なの?」
「これくらいの魔法店、さほど珍しくないわよ。ストロークホームスは魔法店の数自体は少ないけど、規模はうちよりも遥かに大きいところが多い。だからもう少しインパクトがある方が良いわ。腕利きの魔法使いがいるってところを見せつけたい」
「急に無理難題言うなぁ」
内装だけで腕利きの魔法使いが居るだなんてどうやって主張するんだ。
するとウタコさんがパンッと手を叩く。
何かひらめいたようだ。
「それなら、花を飾るのはどうかしら?」
「花?」
「花屋さんで買った花を魔法で彩るの。素敵じゃない?」
ウタコさんの言葉にピンときたのか、ルネも「良い案ね」と頷く。
「魔法で華やかに彩られた内装……まるでエルフの森みたいに自然豊かにするのも面白そうね。そうと決まったらさっそく花を買いに行きましょ」
「でももう夜だよ? さすがに花屋も締まってるんじゃない?」
僕が言うと「あぐ……」とルネは唇を噛んだ。
「確かに花屋に行くにしてはもう遅いわよね。近くにやってる花屋ってないかしら」
「それなら大丈夫ですよ」
ウタコさんは何やら不敵な笑みを浮かべた。
「私、とっておきの場所に心当たりがあるの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます