第2話 魔法店『御月見』開きます。

第1節 引っ越しと、オープン準備。

 朝陽が差し込んできて目が覚める。

 異様に眩しくて何事かと思って目を開くと、窓にカーテンが掛かっていなかった。


 何でカーテンが掛かってないんだ。

 泥棒に奪われでもしたのか。

 と言うかここは一体どこだ。


 そう思って不意に思い出す。

 僕は異世界に来たのだ、と。



 ストロークホームスに来て二日目。

 ルネとの新生活が始まった。



 家族を失ってからずっと一人で暮らしてきた僕にとって、誰かと同居するのはどこかむず痒さがあった。

 それが歳の近い女の子となればなおさらだ。

 家族でもない人と一緒に過ごして、果たしてうまく共同生活が出来るのだろうかと言う不安もある。


 もちろん変な気を起こすつもりはない。

 僕は従業員であちらは雇用主。

 いくらタダで働くとは言え、基本的にはルネの善意で成り立っている関係なのだ。

 信頼をなくしてしまえば彼女の善意を無碍にすることになるし、僕も露頭に迷うことになる。


「今日は何をするんだっけな」


 二階建てとなるこの家には、一階が店舗スペースとリビングダイニングキッチン。

 二階にルネの書斎や寝室が存在する。

 僕は二階の奥側にぽつんと設置されたハシゴの先にあるロフトで寝泊まりしていた。


 ロフトには窓があるものの、日差しを遮るものが何もなかった。

 眩しくて起きるわけだ。


 ロフトから降りて一階のリビングへ。

 フローリングの中に置かれたのはテーブルと椅子が二つのみ。

 忘れていたが、これ以外の家具はまだ存在しないんだった。


 確か引越し業者が今日荷物を運んでくるんだっけ。

 ルネがもっていた魔法のカバンには商売に使う道具しか入れていないらしい。


 リビングのテーブルの上には、あの金色のウサギが立っていた。


「おはよう」


 何気なく顎下を指で撫でてやると、ウサギは不機嫌そうに顔を背けた。

 可愛げがないやつだなと思いながらテーブルにつく。

 射し込む日差しを浴びながら、頬杖をついて外を眺める。

 窓からは整地されていない小さな庭が見えた。

 朝陽に照らされ、緑が鮮やかに浮かび上がる。


「……今何時だろ。ルネまだ寝てるのかな」


 ガジガジと僕の指をかじるウサギを眺めてハッと思い出す。

 そうだ。ルネここに居るじゃん。

 厄介なことに、僕の雇い主は昼間ウサギになるのだった。

 ようやく気づいた僕を、恨めしそうにウサギは睨んだ。


 ◯


「ったく、信じられないわね。あんた鳥頭なの?」


 夕方。

 ようやく人間の姿に戻ったルネにプリプリと怒りをぶつけられる。


「だから謝ってるじゃないか」


「昨日の今日よ? 普通忘れないでしょ」


「仕方ないだろ」


「ったく……」


 ウサギから女の子の姿に戻る場面は実際目にはしたものの。

 それでもやはり、ウサギがルネだというのはまだあまりピンときていない。

 理屈でわかっていても脳が理解していない感じだ。


「まだ生活スタイルが朝方なのがダメなのよね。はやく夜型にしないと……」


 ルネはブツブツ何やら呟いている。


「そう言えば荷物届いたから分かる部分はあらかた片しといたよ」


「ええ、ありがと。引越屋に頼んどいたから早かったでしょ?」


「うん。かなりね……」


 魔法使いらしき妙な格好の人物が三人やってきて魔法で荷物の開封と家具の配置を同時にやってしまうのは度肝を抜かれた。

 お陰で皿や服など基本的な物の片付けは三十分ほどでほぼ終わっている。


「魔法系の引越屋は値が張るけど早いのよねー。普通のじゃこうは行かないわ」


「それは良いんだけど……」


 そもそも僕が居なかったらあのウサギ姿でどうやって業者の対応をするつもりだったのだろう。

 当の本人はその点に関しまるで疑問を抱いていないようだった。

 やはりアホなのかもしれないと思ったが黙っておく。


「鉱石屋はもう来た?」


「鉱石屋ってあの背の小さなヒゲもじゃのおじさんのこと?」


「そうよ。この世界じゃノームが魔鉱石を管理してるからね」


 あのおじさんノームだったのか。

 引越し業者が帰った三十分後にヒゲを生やした小さなおじいさんがやってきたかと思うと、家の裏側にあるボックスを開いて台座に透明なクリスタルを設置していったのである。


 何をされたのか全く分からず、終始ポカンと口を開いて見るだけになってしまった。


「あの石ってなんなの? 設置したから電気と火と水は問題なく使えるって言われたけど」


「魔力で出来た結晶よ。こっちの世界じゃね、水も電気も火も魔法で起こしてるの。この部屋の電気も、水道の水も、キッチンの火も、魔法で発生させてんのよ。魔鉱石そのための動力源ってわけ」


「へぇ……ずっと使えるの?」


「年一交換って感じかしら。あれも結構高いのよね。十万円くらいするし」


「高……」


 いや、一年に一度光熱費の請求がやってくると思えばむしろ安いのか。

 僕が勝手に納得していると、ルネは訝しげに眉を寄せた。


「あんたの世界魔鉱石もないの? 本当に一体どうやって生活してたのよ」


「えっ? そりゃ浄水した水を引いてきたり、電気は発電所から電力会社を通じて供給されて――」


「何それ? そんな効率悪いことしてんの? 面倒臭そう。引くわぁ」


「理不尽だ……」


 僕の話を聞いてルネはゾッとしたように身震いしていた。

 この異世界は元の世界ととてもよく似ているが、根源的な仕組みなどが少しずつ違うようだ。

 どういう世界かまだ掴みきれていないが、魔法が当たり前に使用されていることは確からしい。


 その時、店先の方から「こんばんわー」と聞き覚えのある声がした。

 一体誰だろう。

 僕とルネは顔を見合わせる。


 店先に出ると、昨日ここで会った管理人の女性が立っていた。

 名前はたしかウタコさんだったか。

 こちらを視認したウタコさんは意外そうに口元に手を当てる。


「あら、あなた確か昨日の……」


「道也です。菅原道也」


「道也くんね。荷物運びのお手伝いって言ってたけど」


「色々あってこの店で働くことになりました」


「じゃあこれから長いお付き合いになりますね」


 ウタコさんはどこか穏やかな笑みを浮かべると、ルネに向き直った。


「それで、あなたがこの店の店長さん?」


「そうだけど……あなた誰よ?」


「私はウタコ。ここの管理人です」


「えっ、あなたが管理人?」


 ルネはギョッと目を丸くする。


「ずっとおっさんだと思ってた……」


「ルネとウタコさんはこれが会うの初めてなの?」


「いままでずっと不動産会社越しにしかやり取りしてなかったからね」


 なるほど。


「昨日ご挨拶出来ていなかったから、ちょっとお伺いさせてもらったの」


「それはどうもご丁寧に」


 するとルネは何か意味ありげにニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。

 何か企んだ顔をしている。


「ちょうどいいところに来たわね。管理人さん、あなたこのあと時間ある?」


「えっ? えぇ、特に用事はありませんけど」


「ならちょっと手伝ってくれない? 人手が欲しいと思ってたのよねー」


「ルネ、何する気なの?」


「決まってるじゃない」


 ルネは当然という顔で僕を見る。


「魔法店のオープン準備よ」

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