第5節 呪いと女神と、新たな生活。
「勝ちは勝ち、か……」
ホウキから降りると、諦めたようにルネは呟いた。
「正直飛ぶなんて反則じゃないのって思ったけど」
「自分も飛んでただろ」
「……うるさいわね」
ルネはバツが悪そうに顔をしかめると、僕が飛んできた方を振り返る。
「にしても舐めてたわ、鬼の力。神話の生物がどんなものだろうと思ってたけど、まさか血が薄まってもこれほどとはね」
「僕からしたら魔法使いも十分神話上の存在だけど」
エルフも獣人も魔法使いもいるというのに鬼は神話の生物なのだという。
つくづくよくわからない世界だ。
「まぁ、勝負は勝負だから仕方ないわね。私の秘密教えてあげる」
ルネはそう言うと、僕の顔を真正面から捉えた。
「私はね、呪いに掛けられてるの」
「呪い?」
ルネは頷く。
「私は夜にしか人間になれないのよ」
ある日、奇妙な男が私の枕元に立った。
黒いフードを被った、変な男。
その男は、私の防犯魔法にかすりもせずにそこに立っていた。
顔は暗くて見えなかったけど。
普通じゃないのはすぐに分かった。
気配が明らかに普通の人間の物と違ったから。
男は寝ている私の顔を覗き込むと、そっと手を伸ばしてきた。
何かされる。
でも何故か動くことが出来なかった。
殺されるかもしれない。
そう思った時。
くぐもった声が、直接脳に語りかけてきたの。
「お前に祝福をやる――ってね」
おどろおどろしい顔でルネが凄む。
どうリアクションすべきか分からず困惑した。
しばらく静寂が当たりを包んだ。
「あの、ふざけてる?」
「大真面目よ!」
ルネは真っ赤な顔で怒鳴り散らす。
それにしてはずいぶんとノリノリだった気がするが。
ふん、とルネは鼻を鳴らす。
「とにかく、それ以降私はまともな体じゃなくなった。昼間には人間じゃなく、ウサギになってしまうのよ」
「ウサギに……?」
ふと夕方のことを思い出した。
日が沈み始めた頃、突然ウサギが姿を変えた時のことを。
ルネが何らかの魔法を使用したものと思っていたが、どうやら違ったらしい。
あれは、ルネの呪いが夜になって解呪される瞬間だったのだろう。
「誰がルネに呪いをかけたの?」
「そんなの知ってたらとっくに追い込んで呪いを解かしてるわよ!」
ギリギリとルネは歯ぎしりする。
「大方、魔法省に恨みを持つ奴が雇ったどっかの凄腕魔法使いでしょ。魔法省の人間は何かと恨みを買うからね。『祝福をやる』だなんて言って夜にしか活動できない呪いをかけるなんて、悪趣味にも程があるわ」
「それって自力では解けないの?」
「解けたら苦労しないわよ! ありとあらゆる魔導書、魔法を試してきたわ。なのに一向に手がかりすら掴めやしない! あぁ、思い出したら腹たってきた! 魔法省はクビになるし、上司には『田舎でゆっくりしてきたら』なんて半分馬鹿にされるし、いいことなんか一つも無いわよ!」
プンスカしているルネを見て「うん?」と思い至る。
「でもそんな呪いに掛かってるなら、どうして電車に乗ったのさ」
ギクリ、とルネは動きを止めた。
「昼間はウサギになっちゃうんだろ? だったら昼間はどこかで宿を取って、夜になってから出立すれば……」
「うううぅぅうるさいわね! 遠いのよストロークホームスは! 夕方に乗ったんじゃ電車がないの!」
「どこかの駅で宿を取って数日掛けて向かえばよかったのでは?」
「前来た時はそうしたけど……。まだ慣れてないのよこの体! それに朝早かったし、疲れてたし! 仕方ないじゃない!」
なんだか言ってることが支離滅裂だ。
つまり自分がウサギになることを失念して朝一で電車に乗ったのか。
まだ空が暗い時間に電車に乗り、寝てしまった。
起きたらすっかり日が昇っていてウサギになっていたと。
そこに僕が出くわしたと言うわけだ。
そうか。
この子はアホなのだ。
魔法省がどうとか言っていたが本当に優秀なのかも怪しい。
僕が
「私の秘密は話した。だからあんたにはうちの店で働いてもらうから!」
「それはありがたいんだけど、本当にいいの?」
「約束は約束。私はこの体だし。実際問題、昼間スタッフが居ないと夜にしか店開けられないのよ。あんたはウチの店を手伝う。私はあんたに宿を貸す。持ちつ持たれつの関係よ。悪くないでしょ?」
「……そうだね。ありがとう、ルネ」
僕が笑みを浮かべると。
ルネはどこか照れくさそうにそっぽを向いた後。
チラリとこちらを一瞥した。
「で、あんた名前は?」
「名前?」
「名前くらいあるでしょ」
そう言えばこの世界に来て、まだ誰にも名乗っていなかった。
「……道也」
そして僕はこの異世界で初めて自分の名を口にした。
「僕は、
誰かに自分の紹介をするのはこれが初めてで。
この世界に来て初めて、人と繋がれた気がした。
僕の名前を聞いたルネは、どこか嬉しそうに笑みを浮かべる。
「道也ね。覚えたわ。あ、言っとくけど私が可憐な美少女だからって変な気起こさないでよ? こう見えても私、最強の魔法使いだから」
「いや、それはないけど」
「ちょっとは肯定なさいよ! ……たく、あんたと居ると調子狂うわ」
呆れた様子でため息を吐くルネに、僕はそっと手を差し出す。
この世界に握手の風習があるかは知らなかったけれど。
そうしたいと思った。
「よろしく、ルネ」
ルネはチラリと僕の手を一瞥した後。
「よろしく、道也」
照れくさそうに、僕の手を握った。
「言っとくけど、これからこき使うから覚悟なさいよね」
「魔法は全く分かんないけど、色々やってたから雑務は任せてよ。こう見えてもアルバイトスキルは結構高いんだ。接客とかもやってたし」
「ふぅん? だから暗そうな割にそれなりにコミュ力あったのね。とにかく、期待してるわ」
そこでふと視線を感じ、僕は頭上を見上げる。
先程公園に入る前にルネが言っていた銅像があった。
どこかで見覚えがある気がする。
どこだろう。
思い出した。
夢で見たあの女の人だ。
「この銅像の人って……」
「あぁ、創造主アテネよ」
「創造主?」
「そう。この世界の創造主であり太陽を象徴する女神。って教科書レベルの話なんだけど、あんたホントにこの世界のこと何も知らないのね」
「だから言ってるじゃん。この世界の人間じゃないんだって」
創造主アテネ……か。
――お願い、滅びの未来を食い止めて。
どうして彼女は泣いていたんだろう。
『滅びの未来』って何なんだろう。
どうして……僕だったんだろう。
わからないことだらけだ。
わからないことだらけだったけど。
それは、これから少しずつ解き明かしていけば良い。
少なくとも。
ここは死後の世界ではなく、本当に異世界だったのだから。
僕の人生は、これからも続くということなんだ。
その時、ぐぅと二人してお腹が鳴った。
そう言えば今日一日何も食べてなかったな。
「何か食べないとね。帰りにスーパー寄りましょ」
「この世界スーパーもあるのか。じゃあルネはニンジンでいい?」
「ウサギじゃないっつーの!」
ぐだぐだと喋りながら、僕らは公園を出た。
こうして。
魔法使いのルネと異世界から迷い込んだ僕による、ストロークホームスでの新しい日々が始まった。
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