第3節 夜の魔女と、孤独な青年。
ルネ、と彼女は名乗った。
得意気に胸を張り、自信たっぷりといったドヤ顔で。
その顔が僕には眩しく見えた。
稲穂のように美しい金髪のロングヘアー。
少しつり上がった目尻に、小さな鼻、横に広がる大きな口。
歳は僕と同じくらいか、少し下だろうか。
17、8歳くらいに見える。
連れていたウサギが突然人になった。
呆然とする僕を、フフンとしたドヤ顔でルネは覗き込む。
「あれ。驚きで声も出なくなっちゃったかしら?」
「いや、確かに驚いてはいるんだけど……。ルネ? で良いんだよね?」
「様をつけなさい。ルネ様よ」
「じゃあルネ様は――」
「従順でも困惑するわね……」
「何でウサギになってたの?」
眼の前でウサギが女の子になった。
一体なぜ。
それが最大の疑問だ。
「今日、ここに来るまで結構大変だったんだけど。人間だったならもっと早く教えてくれたら良かったのに」
ウサギのふりをすることで荷物を僕に運ばせたかったのだろうか。
でもいまいち
結果として荷物は運んだものの、あくまで成り行きでそうしただけだ。
僕が悪い人間だったら、とうに彼女は荷物を盗まれていることになる。
僕が尋ねると、ルネは腕組して顔を逸らせた。
「仕方ないでしょ。こっちにも色々事情があったのよ……」
「事情って?」
「私のことはどうだって良いの! それより問題はあんたよ、あんた」
「僕?」
僕をルネは指差すと――
「あんた見た目は人間みたいだけど……人じゃないでしょ」
と言った。
「今日一日、あんたのこと観察して気づいたの。あんた普通じゃないわ。尋常じゃないくらいの生命力に溢れているもの。人間の領域を遥かに超えてる」
「そんな人沢山いるだろ。ドワーフやエルフや、獣人らしき人だって居たじゃないか」
「だから、それらの領域を遥かに超えてんのよ、あんたは。この世界に居る人間、精霊、獣人、亜人そのどれもに当てはまらない枠外の力を持ってる。根拠はこれよ」
ルネはバンバンと僕の運んできた旅行カバンを叩く。
「あんたが運んできたこのカバン。軽く100kgはあるんだけど」
「えっ」
道理で随分重いと思った。
「私は魔法で運べるけど、普通の人間じゃまずこのカバンを運ぶことは出来ない。よっぽど手練れの魔法使いじゃなけりゃ、私のカバンを盗むことなんて不可能なのよ。それをあんた、魔法も使わず片手で軽々と持ってたわよね?」
「実はめっちゃ筋トレしてて……」
「無理のある言い訳すんな!」
ルネはずいと僕に迫ってくる。
「あんた、何者なの?」
なるほど。
どうやら自称天才は伊達ではないらしい。
今までずっと人に隠し続けてきたことが、まさかこんな場所で明らかになるとは思わなかった。
「ただの学生だよ。どこにでもいる普通の学生」
「でもあんた――」
「この体に流れる血以外は」
「血?」
僕は顔を上げた。
「僕は鬼の末裔なんだ」
◯
桃太郎、と言う話がある。
桃から生まれた桃太郎が、悪い鬼を懲らしめる旅に出る話だ。
犬や雉や猿を仲間にした桃太郎は、悪い鬼を懲らしめることに成功する。
そして鬼から渡された財宝を持ち帰り、幸せに暮らすようになるのだ。
僕の世界では、それはただのおとぎ話として信じられている。
でも、実はそうじゃない。
桃太郎の話は、その半分以上が『実話』なのだ。
今からずっと昔の話だ。
僕が生まれる何百年も前だとじいちゃんからは聞いている。
一人の剣士が、悪さをする悪鬼の退治を依頼された。
当時の人々に『鬼』と称された一族を退治しに島を渡った剣士は。
襲いかかってきた悪鬼たちを次々に切り、退治していった。
しかしそこで誤算が生じた。
生き残った鬼の少女に、剣士は一目惚れをしてしまったのだ。
しかもあろうことか一族の仇である剣士に鬼の少女までもが惚れてしまった。
奇しくも二人は、運命の出会いを果たしてしまったのである。
鬼の少女を秘密裏に連れ帰った剣士は。
表沙汰には鬼を退治したと触れ回った。
その逸話がいつしか人々に桃太郎として語られるようになる。
しかし実は、陰ながら桃太郎と鬼の少女は婚姻し。
その血は受け継がれ続けていた。
そうして継がれた血の末裔が僕というわけだ。
鬼の一族は今ではほとんど存在しない。
幼い頃両親を災害で亡くした僕にとって、たった一人の肉親がじいちゃんだった。
そのじいちゃんも高校の頃に亡くなり。
元いた世界で、ただ一人の鬼の末裔として僕は生きていた。
――鬼だとバレてはいかん。隠し通すんじゃ。
生前、じいちゃんは何度も僕にそう言い聞かせた。
じいちゃんが口酸っぱく僕に警告したのは、自身が若い頃に酷く迫害された経験があるからだという。
何度も住む場所を追われ妙な噂を立てられ、仕事も見つからなかった。
そんな経験をさせないために、じいちゃんは正体を隠すよう言ったのだ。
じいちゃんの教えを守り、ずっとそのことを隠して生きてきた。
高校でも、大学でも、上辺だけの付き合いでまともな友達なんて居なかった。
遊びに誘われても必ず断ったし、体育や球技大会は限界まで手を抜いた。
大学では友人も作らずサークルにも入らず、ほそぼそとコンビニのバイトだけを過ごして生きていた。
ほとんど薄まった鬼の血だけれど。
基礎体力や筋力などは、今でも根本的に人とは違うのだと思い知らされる。
だからこそ、いままでずっと人に壁を作って生きてきた。
どんなところでバレるか分からなかったから。
それがこんな形で看破されるだなんて。
◯
僕が鬼だと聞いたルネは腕組すると、物珍しげに僕をジロジロと眺める。
「鬼……ねぇ」
「信じるんだ?」
「こんな重たい荷物軽々と持たれたらそりゃね」
「この世界でも鬼は珍しいの? 獣人とか魔法使いとかエルフとかまでいるんだから、鬼の一族くらい居そうなものだけど」
「少なくとも私は見たこと無いわよ。鬼の末裔だなんて」
そこで一瞬逡巡した後。
僕は意を決して口を開いた。
「その、隠し事がバレたついでにもう一つだけ伝えておきたいんだけど」
「まだあんの?」
「実は僕、この世界の人間じゃないみたいなんだ」
「はぁ?」
「寝て起きたら電車に乗ってたっていうか。知らない間に乗せられてたというか。それで聞きたいんだけど、ルネが初めて僕と会った時、どんな状況だった?」
ルネは肩をすくめる。
「覚えてないわよ。私もウサギになって寝ちゃってたから。起きたらあんたが目の前に座ってたし」
「そっか……」
「あんたが鬼だってことは信じるけど、異世界の住民ってことは流石に信じられないわね。何か証拠でもあればいいけど」
「証拠かぁ」
なにか無いだろうか。
僕はゴソゴソとポケットを弄ると。
おもむろにスマートホンを取り出した。
「これとか証拠にならないかな」
「それスマホでしょ? 別に珍しくもないじゃない」
「この世界、スマホはあるのか……」
そういえば交通系の電子マネーが使えたことを思い出す。
ある程度世界観が共通している世界なのだろうか。
ルネは僕からスマホを奪うとしばらく慣れた手付きで弄っていたが。
やがて「ナニコレ」と言葉を漏らした。
「見たことないゲームとか入ってんだけど。このアプリも、見たことない。これは何? マンガアプリっぽいけど、全然知らないものばかり」
「マンガはあるのに作品は共通してないんだ……」
しばらく物珍しげにスマホの画面を眺めたルネは、やがてため息を吐く。
「ジョークグッズでもこんな凝ったもの作れるとは思えないし。あんたが異世界の住民であるってこと、一応信じてあげる」
これで話が早くなった。
「それでその……僕行くところがなくて。出来ればこの店においてもらったりとかは」
「あんたを?」
ルネは腕組みすると「うーん」と苦しげに唸り出した。
年頃の女の子と同棲しようと告げているような物だ。
やっぱダメか。
するとルネは「随分暗くなってきたわね」と外を覗き見た後。
僕にそっと手招きした。
「ちょっと散歩するわよ」
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