第3話 うさ耳少女は毅然とする

 王妃である母が濡れ衣を着せられて牢獄に閉じ込められてから、五日間。

リヤは離宮の寝室に軟禁されており、たまに粗末なパンとスープが部屋に届けられるだけだった。

「お母様は大丈夫かしら」

 空腹を感じないほどに放心しているリヤは、涙を零しながら母の香りのする枕を抱きしめた。

 あの日以来、リヤを取り巻く環境は一変した。

 なぜかずっと一緒に住んでいた侍女や執事たちの姿を見ることはなく、自身たちの身に何が起きたかわからないのだ。

しかし、聡明なリヤは情報をつなぎ合わせ、母であるリュタチが、何者かによって邪魔だと思われ、スパイ罪、多分ハレミア西帝国へと情報を流したといった罪を押し着せられていることは想像がついていた。

「誰が…なんのために…」

 寝室のドアを壊そうと椅子などでたたいてもびくともせず、また部屋は5階であったため梯子などもなく窓を壊したとしても逃走経路が無かった。

 リヤは獣人族であるが、彼女の力は「うさぎ」であり、ジャンプやダッシュ力は強いが、「狼」や「虎」といった武闘派獣人ではないため、この部屋から出る術を持たずにいた。

 しかし、その夜のことであった。窓辺からコツコツと言ったガラス戸を叩く音がする。

「誰…?」

 先日の兵士の件で敏感になっていたリヤは、机の上に乗っていた燭台を掴み、武器のように持ちながら窓へと近づく。

「僕だよ、王妃様に会いに行こう」

 窓を開くと4階のバルコニーから梯子をかけてリヤを迎えに来た、ルマンがいた。

「どうして?」

「それを説明するのは後で。とりあえず時間がないんだ」

 ルマンの差し出した手を握ると、とても暖かかった。そのぬくもりに対して、リヤは泣きそうになったが涙をこらえる。泣いている暇はない。リュタチの娘として、王女として、理不尽に対して毅然と振舞わなければならない。

「どうする?抱えようか?」

「ううん。大丈夫、一人で降りるわ。私は強いもの」

 リヤの言葉に困ったように微笑むルマンであったが、彼女の意思を尊重して下から見守りながらリヤが自発的に降りてくることをサポートした。

「地下牢に行くよ」

 4階のバルコニーにおり、廊下を抜け一気に階段を駆け下りる。この時リヤは母に会えることに対してのみ思考のリソースが割り振られていたため、侍女も執事もいなくなり調度品は無くなったがらんどうの離宮の状態について気づいていなかった。

「地下牢?そこは罪の確定した人が行くところではないの?」

 驚いたリヤがルマンに向かって声を押し殺しながら小さく叫んだ。

「あとは、リュタチ王妃に聞いたらいい。とりあえず王妃様は地下牢につながれている」

「ルマン…」

「今日ほど筆頭公爵家に生まれたことを感謝したことはないよ。リヤに会えただけでも行幸だけれど、僕は君の剣となり矛となるにはまだ幼い。権力を使うしかないのさ」

 ルマンはそう言うとリヤの体を抱えて、一気に階段を加速する。

「ルマン、一人で立てる!」

「わかっている。でも、事態は一刻を争うんだ。少しでも早く地下牢にたどり着くためにこうさせてほしい」

 ルマンからはお日さまの香りがして、リヤは泣きそうになった。

(頼るのが嫌じゃないの。頼り切ってしまうことが怖いの)

 リヤは胸中を言葉にせずに、代わりにぎゅっとルマンの首に回した手に力を強めた。


「さあ、5分だけ人払いしているから行っておいで」

 王宮の地下牢入り口にはいつものように兵士はいなかった。リヤは知らないが、ルマンはその美貌の下に恐ろしく冷酷な面を持っている。この日は、警備兵士の横領をつかみ、その横領の証拠と引き換えにこの場所を離れることを約束させていた。

「お母さま!」

 地下牢はひどくかび臭く、湿気がこもっている。

「リヤ、愛しい私のリヤ」

 リュタチ王妃は簡素なワンピースを着せられ、五日前のミルク色の肌の面影はなく、やせこけていた。

「ルマンから聞きました。私たちの最後の逢瀬はあまり時間が取れないようです」

「最後…?」

「リヤ、聞きなさい。お母さまは何の罪を犯してもいません。だから、あなたは罪人の娘ではありません。いいえ、たとえお母さまが罪人であってもあなたはあなたなのだから、立派に胸を張って生きなさい」

 王妃の目はまっすぐにリヤを捉えている。そこには彼女がまだ矜持を保っていることを示していた。

「そして、一人だけでいい。本当に、あなたの味方となってくれる人が見つかりますように」

 リュタチ王妃はリヤを手招きする。そして、牢屋の柵から手を伸ばし、リヤの額に口づけた。

「愛する我が娘。お母さまは気高く生きることを選びました。いつまでも愛していますよ」

 二人の間にルマンが割って入った。

「申し訳ございません。そろそろ時間のようです」

「お母さま、リヤも。リヤもお母さまを永遠に尊敬して愛しています」

 目に涙を溜めながら、奮い立つリヤに対してもう一度キスをした。

「リヤ王女のことに関しましては、お任せください」

 ルマンは最上の敬礼をリュタチ王妃にした後、リヤをせかして闇夜へと戻った。

「ルマン…お母さまは…」

 ルマンはリヤの言葉に答えず、明日の断罪の日を迎えることとなる。

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