第2話 うさ耳少女は悪意を向けられる

 薄ら笑いをしている宰相に対して、第一王子のフレリックは身構えた。

「貴様、何の用だ」

 強がっても所詮は子供である。彼の目は涙の痕で、赤くなっている。

「リヤ王女たち、幸せそうですね。フレリック王子も一緒に遊んできては?」

 宰相は、遠くの庭園で遊んでいるリヤたちを見ながら話しかけた。

「あんな下賤な生き物たちと遊ぶものか!」

 フレリックの言葉に宰相は微笑んだ。そうだ、敵対すればよい。存分に敵対して、私の思惑を通させてくれ。

「そうです。リヤ王女は穢れた獣人族の血を交えてますからね」

「その通りだ、あんな奴は幸せになることさえおこがましい」

 ハレミア西帝国は、獣人族がほとんどを占めるために、彼らの獣の力が軍事力の高さを誇っており宰相としては国交を結んでおくことに越したことはないのだが、あえてフレリックの差別意識を煽るように話した。

「そうです。だから、リヤ王女を同じような目に合わせませんか?」

「なにを」

「ちょうどね、私の姪は水晶のような美しさを持って生まれてきたのです。彼女に父王を篭絡するように頼み、リヤ王女からも母君を奪い取ってしまいませんか?」

 フレリックの母であるリリケル北帝国はエルフ族が統べる国で、彼自身はエルフと人間のハーフであったが、エルフの外見はどこにも当てはまらなかった。その彼が、目を細めて宰相を睨む。

「そんなことは」

「いえいえ。嘘ですよ、ただの老いぼれの戯言です。ただ、人間とエルフと言う高貴な血の生まれであるあなたがおかわいそうで」

「誰がかわいそうだと!」

 宰相はその後、フレリックに一言だけ耳打ちした後に、宮殿の奥へと消えた。

 フレリックは王宮の真ん中で佇んだ後、とてつもなく邪悪な笑顔をする。

「そうだ、ここからは俺の仕返しの番だよ」

 無邪気に笑うリヤは、王宮の膿をまだ知らない。


「リリーシュ王、王妃様に新しい侍女を、と思うのですが」

 そういって、宰相は後ろに控えた金髪に空色の瞳の少女を紹介した。フレリック王子の母は、清楚で厳粛な人であった。リヤ王女の母は、少し天然のきらいがあるほんわりとした雰囲気で周りを和ます天才である。

宰相は、その二人の王妃とは全くタイプが別の、胸元を強調した服を着た色香がむせかえるほどの娘を選んだ。

「よい」

 リヤの父であるリリーシュ王は、娘を見てその色欲の混じった目からそらしながらリヤの母の侍女にすることを許可した。

(勝ったも同然だな)

 宰相は、あえて素っ気ない王の態度を見て、初めてリヤの母を見たときと似た反応をしていることに対して勝利のほほえみを浮かべた。

 リリーシュ王は第二王子として生まれたが、長子相続が慣例となっているオステリア東帝国では、冷遇とまではいわないが第一王子と差をつけて愛されてきていた。

婚約者であったフレリックの母は厳粛であり、遊興を楽しまないタイプであった。フレリックの母なりに彼を愛していたのだが、その愛は全く届かずにいた。

この頃からだっただろう。まだ王子であったリリーシュは、誰かに愛されようと異性関係が派手になっていったのだ。

しかし長子相続であり、第二王子はぼんくらでもよいと思われていたためただれた恋愛関係も父王から叱られずさらにリリーシュは孤独になっていった。

そして、リリーシュが20歳の時だ。オステリア東帝国に疫病が流行り、リリーシュの父王と兄である第一王子が亡くなり、突然リリーシュに王位が舞い込んだのである。リリーシュは王としての才覚を発揮するが、一方でプライベートは誰かに無条件に愛されたいと思い、その時に誰彼ともなく献身的に支える聖母のようなリヤの母に惚れてしまったのだ。

(しかし、リリーシュ王は未だ愛を信じ切れていない。虚を突くのならばそこである)

 それから数カ月後のことだった。リヤが離宮で母と一緒に天蓋付きのベッドで眠っていた時である。時は深夜二時と夜更けであった。

「リヤ王女の母、リュタチ王妃についてスパイ容疑が発覚した!」

 松明を持つ兵士たちがあっという間に離宮に入り、リヤたちの寝室を占拠した。

「お母さま…!」

 か細く叫ぶような声で、リヤは母にしがみついた。悪夢かと思った。突然兵士に包囲されているこの部屋、明らかに悪意を持って接せられた態度。

「お母さま…!」

 先ほどの怯えの声よりも数段大きくリヤが叫ぶ。

 これはなんだ、一体どうした。お母さまがスパイ?誰の?なんの?なんでこんなことになっている?

 昨日までいつものように淑女教育を受けながら母様と遊んでいただけだ。

リヤの声も空しく、兵士によって引き離されリヤの母には手錠がかけられる。

「落ち着きなさい、リヤ。お母さまは神に誓ってそのような行いをしておりません。すぐに無罪は白日の下、明らかになるでしょう」

 リュタチ王妃は、最初は驚愕としていたものの、何かに気づいたように眉根を寄せた後、誇り高くリヤに向かってそう述べた。

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