前代未聞の、うさ耳女王陛下になりますが

飯嶋シロ

第1話 うさ耳少女は即位する

 さざ波のように一つ一つの光が反射するシャンデリアの下、銀色のレースをあしらった真っ白なドレスを着た少女が王宮のガラス窓越しに青空を見ている。

彼女の翡翠の瞳には、今日の戴冠式がどう映っているのだろうか。

金色の流れるような髪はゆるく編んでおり、絹織物のように輝いている。

 ビロードをあしらった絨毯のため足音が消えていたが、人の気配がしていたので少女は振り向いた。

「私の女王陛下」

 軍服のような漆黒の服を着た黒髪の男が少女の前で跪き、手の甲にキスをした。

「リヤ陛下、今この国はフレリック様の内乱のために乱れております。一つでも判断が誤れば、この国は永遠に失われるでしょう。お心は大丈夫ですか?」

 彼の言葉に少女はじっと目を細める。リヤの瞳ははっきりとした決意を表していた。

「ルマンもわかっているでしょ。怖い。震えるほど怖いよ、でも、これは私の役目だから」

 リヤは頬を赤らめて微笑んで見せた。

「痛みを知っているからこその女王陛下です」

 ルマンは軍服の上に羽織ったガウンをたなびかせて、彼女の横に立った。

「さあ、行こう」

 リヤの言葉に反応したように、金色の髪の中から薄紅色のうさぎの耳が現れる。

「仰せのままに、女王陛下。私はいつまでもあなたに付き従います」

 二人は顔を見合わせると、歓喜の声に埋め尽くされている王宮のバルコニーへと歩いていく。



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 9歳のリヤは、獣人族が統治するハレミア西帝国の伯爵令嬢であった母と、人間族が統治するオステリア東帝国の父王の下で健やかに暮らしていた。母と住んでいた王宮近くの離宮は、簡素ながらも質の高い調度品で構成されており、侍女たちも優しく、この世の痛みや悲しみといった負の感情から真逆の環境を与えられていた。

 その日、リヤは、王宮の一角であるレンゲとシロツメクサが咲き乱れる庭で、幼馴染の筆頭公爵家の三男であるルマン、南帝国第一王子であるソメイルと三人に遊んでいた。子供たちから少し遠くのパラソルの下でリヤに似た金髪の母は様子を愛おしそうに見ている。

「女性に王冠なんておかしいよ」

 先ほどルマンに作ってもらった花の王冠をかけていたリヤに対して、ソメイルは突然そう言うと乱暴に王冠を剥ぎ取った。

「なにするの!」

「リヤは僕のお妃さまになるんだから、王冠は必要ないよ」

「誰がそんなこと決めたの」

 せっかく丁寧に編み込まれた花の王冠がソメイルの乱暴に寄って崩れてしまっている。リヤは取り返そうと躍起になるが、年上のソメイルにはかなわなかった。

「おかしくないもん!ルマンは似合っていると言ってたもん」

「そうだよ、僕の女王陛下」

 ルマンはそういって、泣き出しそうなリヤの頭を撫でた。黒髪に茜色の目の人形のような端整な顔立ちのルマンは、リヤに笑顔を向けていない時はぞっとするような美しさを13歳の年にして確立していた。

「リヤに似合うのは花だよ。王冠じゃないよ」

 ソメイルの言葉に怒ったリヤは、脛を蹴って彼がひるんだすきに王冠を奪い取る。

「何が似合うかは私が決めるから」

 ソメイルは頬を膨らませていたが、シフォンのドレスの中で淡いピンク色の頬とうさ耳を出したリヤが可愛くて彼女から王冠を奪うのをやめた。ルマンはもう一度彼女の頭に王冠を乗せる。

 リヤはしばらく口をすぼめソメイルを睨んでいたが、目の前のナナホシテントウムシに気を取られて彼の下から駆けだしていった。

 一方で、三人の無邪気に戯れる様を第一王子のフレリックが苦々しい表情で見ていた。フレリックの母は、リヤの母より前に父王のもとに嫁いだ第一王妃であり、リヤとは腹違いの兄妹である。

 フレリックは、父王の愛情がリヤとリヤの母に注がれることに対して、自身らの愛情が枯渇していくことを痛感していた。

「さみしいのかしら」

 リヤの母はそうつぶやいた。そして側付きの侍女に耳打ちして、彼を招こうとするが、フレリックは恨みの目をリヤたちに向けて庭園を飛び出していった。気丈な彼の目には、人前では絶対に見せない涙の雫がきらめている。

 元々リヤの母は、フレリックの母の侍女として仕えていたが、父王がリヤの母を気に入ることによって、フレリックの母は王宮を追われ、実家であるリリケル北帝国へと戻されてしまったのである。

 そのため、フレリックの周りは血縁者はおらず、毎日が空虚であった。

 帝王学を学べども、剣術を極めようとも、彼を心の底から愛する者はいない。

「フレリック第一王子」

 涙をぬぐったフレリックに対して、王の側近である宰相が声をかけた。

 にたにたと笑った宰相は、まるで狩りで小動物を追い回すように舌なめずりをしている。

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