第115話 ハルカへの協力要請 + 《SIDE:鳶折陰 メカクレ少女の回顧録》
オレが陰に対して思ったことは、まだ間に合うんじゃないか? ということだった。
彼女は未来で十大魔君などと呼ばれる裏切り者である。
だが、まだ彼女は何もしていない。
なら引き留められるはずだ。
それに彼女のポテンシャルも高いし、オレのせいでポンコツ化してしまったとはいえ、その能力も有用だろう。
どうやって話そうか、と考えていると、先に陰が切り出した。
目が隠れているためか、その意図はわかりづらい。
「は、ハルカさん……。も、もしあなたが、ネクロマンサーの類であるなら、お願いしたいことがあります」
「おぉ……。とりあえず、聞かせてもらっていいか?」
「……それは」
オレは彼女から話を聞いた。
彼女がオレに頼みたいこと。
彼女が探索者となった理由。
結果、彼女の頼みを引き受けることにした。
見返りは動画撮影に付き合ってもらうことだ。
特に今すぐ何か思いついているわけではないが、彼女の残りの寿命が見えるという能力は、何かに役立ちそうではある。
あとは、多少ではあるが、ほんの少し彼女に協力したい気持ちになったのだ。
まあそのことがオレの判断に何か関わったということは、ほとんどないけれど。
オレは自分が上手くいく、それだけを考えればいい。
そうに違いないのだ。
陰に協力することを決めたのも、未来の十大魔君の一人を仲間にするため。
それだけだ。
◆SIDE:鳶折 陰 とあるメカクレ少女の回顧録◆
陰は十年前、まだ小学生のころに、人の頭上にバーが見えるようになった。
そのバーが見える人、見えない人がいた。
最初は意味がわからなかった。
それが残りの寿命だと確信できたのは、バーがゼロになった瞬間に死んだ人を見たからだ。
一度見て、その可能性を考えた。
二度見て、確信した。
ある日、バーの見えなかった人に、唐突にバーが見えるようになった。
その長さは今まで見た中で一番長かった。
どうやら残りの寿命が少なくなってくると、見えるようになるらしい。
バーが削れると、空のゲージが現れる。
なんか、ゲームみたいだな――と陰は思った。
「よぉし! 人を救っちゃいましょう!」
と、まだその頃は陽キャだった陰は思い立った。
自分しかできない何かがある。
それは陰の特別感を刺激したのかもしれない。
だが、結果としてその行動は間違いだった。
陰は誰一人として助けることはできなかった。
自殺しそうな人に声をかけても、止めることはできなかった。
事故に遭いそうな人に声をかけても、止めることはできなかった。
バーが残り少ない人に、今日はいつもと違う道を通るように声をかけた。
だが、その人は別の道で亡くなった。
陰は誰一人として救うことができなかった。
ある日、とあるバスに乗ろうとした。
バスに乗ってギョッとした。
そのバスに乗っている人のバーが、ほとんどの人から見えていた。
すべての人の寿命がゼロに近かったからだ。
陰はこのバスに何かが起こると考えた。
――わたしが、この人たちを助けなきゃ!
まだ小学生だった陰は、慌てて行動をしようとした。
「降りてください! バスが! このバスに何かが起きます! 降りて、降りて……!」
陰は叫んだが、乗客は陰に胡乱な目を向けただけだった。
半狂乱の陰は運転手に説得され、それでも声を張り上げた。
結果、乗客の一人に引きずり降ろされてしまった。
彼女の頭上にはバーが見えなかった。
陰から親を呼び出させて、泣き叫ぶ陰を親に引き渡していたから、バスに乗れなかったのだ。
「……なんで」
そのバスかどうかは判らないが、その日バスが崖から転落してしまいほぼ全滅するという痛ましい事件が起きた。
その後も陰は、寿命が見えるのに、誰一人として救うことはできなかった。
助けようとしても死ぬし、助けなくても死ぬ。
陰がどのような行動をとったとしても、彼らの命は尽きる。
そして、結論付けた。
あれは天が決めた寿命であり、人の手で変化などさせられないのだと。
誰一人として変えられない運命であるならば、陰にどうにできるわけもないのだ。
ある日、頭の上にバーが見えたクラスメイトがいた。
彼女との仲は特に悪くはなかった。
だが、死ぬことがわかっている人と仲良くして悲しい思いをすることもしたくない。
どうせ救えないならと、陰は彼女と距離をおいた。
その距離の置き方はあからさまだったようで、彼女が亡くなったあとで、とある噂がクラスに出回った。
――陰に嫌われると死ぬ。
見事に浮いた。
だんだん人付き合いが嫌になって、話すことも苦手になっていった。
高校二年生になる今では、コンビニで「温めてください」すら、上手く言えないことがあるくらいだ。
だが、一人の幼馴染の女の子だけは陰をずっとずっと気にかけてくれた。
ありがたいと思いつつも、煩わしく感じた。
陰がどんなに邪険にしても、彼女だけは陰を見捨てなかった。
でも、陰のような嫌われ者が近くにいたら。
彼女も一緒に浮いてしまうんじゃないか?
陰はそう思って、ひたすらに距離を置いた。
ある日、寿命のバーがすべて空なのに生きている人間を見つけた。
何度も見た。
見間違いではなかった。
なんで、どうして。
――もしかして、もう死んでいるとか、ですか?
そうだとすれば陰の能力と現実の事象との整合性はとれる。
気になって、いろいろと調べた。
すると、似たような人が何人も見つかった。
死んでいるはずなのに動いてる人が。
陰は気になって調べた。
年齢層の片寄りはあるのか、
男女で違いはあるのか、
地域差はあるのか。
たくさんの人が映っている動画をなど見て、調べた。
現れ始めたのは、ここ一か月くらい。
どうやら神奈川の人間の割合が非常に多い。
特に、横浜。
陰はとうとうパフィシコ横浜で行われた、アイドルグループ『星辰メイズ』のライブを発見した。
そこはまさに地獄であった。
誰を見ても頭の上にバーが見える。
残り、ごく僅か。
もうすぐそこで陰は大惨事が起こることを確信した。
しかし、そんな事件が起こったらもっとニュースになっているはず。
パシフィコ横浜で起きた事件と言えば、精霊が暴走した事件くらいだ。
多数の死者が出たなどとは聞いていない。
調べる中で五人ほど寿命がある人間を見つけた。
アイドルの水無月璃音、星崎渚、経済学者を名乗る松原凌馬に、幼い子供。
――そして、配信者ハルカ。
その後それぞれの人物を調べると、アイドルの二人は特に何の問題もなさそうだった。
松原は逮捕されていて調べることができない。
子供に至っては何者かもわからない。
だが、ハルカだけは、寿命が残りゼロの人間と普段から関わり合いがあるようだった。
配信者の小早川沙月に、配信者であり事務所メンバーでもある真白。
彼が『動く死体』かもしれない存在たちの発信源だ。
この人は、もしかしたら、多量の死者を操っている。
それか、死ぬはずの人を助ける力がある?
それはつまり、まだ寿命が残っている人を殺すこともできるのではないか?
――だとするなら。
――彼に近づいてお願いを――いえ、近づいては、だめです。もし死者を操っているのだとしたら――。
二つの考えが頭の中でぶつかった。
彼に頼りたいという気持ちと、彼に近づいて殺されてしまったら元も子もないという気持ちだ。
――わたしはまだ死ぬわけには、いきません。
陰には死ねない理由がある。
――あと、ひと月でいい。ひと月だけは、決して死ぬわけにはいかないから。
それは、あと少しだけの、期間限定の、死ねない理由、
――数か月前から、死ぬわけにはいかなくなった。
今までずっと優しくしてくれた幼馴染に、残りの寿命が見えるようになってしまったから。
今まで、陰は誰一人として救うことができなかった。でも。
――探索者になって、レベルを上げれば、少しは確率が上がるでしょうか?
今まで、ぜんぶだめだった。
だけど今回もだめだなんて、まだ決まってないんだ。
――もう一度だけ、もう一度だけ、誰かのために、救うために、がんばるんだ。
────────────────────────
あとがき
彼女は決して死ぬわけにはいかなかった。
大切な誰かを救うために。
もう一度だけ立ち上がるために。
だがコミュ障だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます