第109話 咲き乱れるは豊穣の花

 オレは『海の神様とお姫様』という絵本について考えていた。


 これはオレの願望交じりの推測でしかない。


 まず、この絵本の元となった伝承を伝えたのは、山の神側の立場に立った人間ではないだろうか?


 だとするならば、この本において海の神など存在しない。


 当時山の神が封印された後、山の神の名前を出した話をすることができなかったのではないか?

 悪者とされた神を称える話を広めることが許されなかったのではないだろうか?


 だから山の神を、海の神ということにして話を伝えた可能性がある。

『穏やかで、優しい、しっかりした神様がいたよ』ということだけでも伝えたかったのではないか?

 途中で誰かが、どの神様の話か気付いてくれることを祈って。


『そして、ある日、海の神様は海へと追いやられてしまいました』


 この部分は、山の神様が海へと追いやられたということにすれば筋は通る。


『お姫様は山に美しい社を建てることにしました』


 海の神様に、山に社を建てることにしたというのは、本当は山に住んでいる神様だということを伝えたいのではないだろうか?


『お姫様は、山と海の神様の両方を大切にすることで、みんなが一緒に幸せになれることを教えてくれました』


 ここで視点は唐突に話者に移る。


 それまでは、神の視点――登場人物たちの心情や、出来事すべてがわかっている視点だったはずなのに、姫様に『教えてもらった』という人物からの視点になるのだ。


 この伝承の大元を作ったのがお姫様であり、それを聞いた人が広めていった話がこの絵本なんじゃないだろうか?


 であるならお姫様が『海の神様』の話をしたあとに、ポロっと『山の神様も大切にしよう』という話を漏らしても不思議ではないんじゃないだろうか?

 そして、それも伝承となって残った。


 もちろんこれはオレの推測でしかない。

 まったく関係ない話の可能性もあるだろう。

 だがそれでも、オレは行動せずにはいられなかった。



 オレはまず、配信を開始して協力を募った。



 この配信は決して、配信者としてのオレのためになることではないかもしれない。


 だけどオレは救いが欲しかった。


 誰かを救おうとして裏切られた山の神に、自分を重ねているのかもしれない。


 この話の結末に救いなどなくても問題はないし、この行動自体が徒労に終わる可能性のほうが高い。


 それでもオレは、彼に救いが欲しいと思った。


 自分を裏切った相手を傷つけずに済んだ?

 傷つける前に、自分が消滅できてよかった?


 それで終わってしまうのは、悲しすぎるだろうが。


 オレは視聴者たちに言う。


「すみません。ハルカです。この配信は、オレの個人的な満足のための配信です。決して楽しくはないと思うので、興味のある方だけご覧ください。……よかったらご協力を願えないでしょうか?」


 先ほど真白さんが見つけたという、絵本『海の神様とお姫様』の詳細が知りたいとお願いをする。

 するとコメント欄に質問だとか様々なものがあふれかえって、非常にわかりづらくなった。

 メールで情報提供を募ろうかと考えていると、とあるアドレスが貼られた。


 判った情報をそこに書き込んでいくから、確認だけしてくれとのことだった。


 それは大型掲示板のアドレスだった。


【協力】ハルカくんのお願いを聞くスレッド【要請】というスレッドが立てられていた。


 オレは配信上で目的を告げ、リスナーの方々に頼った。


 すると、掲示板の人たちが調べてはじめてくれた。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


【協力】ハルカくんのお願いを聞くスレッド【要請】


1. 名無しの探索者

ここはハルカくんのお願いを聞いて『海の神様とお姫様』について調べるスレッドです。

協力する方だけ集まってください。

アンチはアンチスレへ。

あと、あまり邪魔すると普通に訴訟してくるんで攻撃しないほうがいいです。



2. 名無しの探索者

■目的【絵本『海の神様とお姫様』の舞台の特定】

・山の神様に関係がある話の可能性がある

・もしそうならば、山の神様のための社が存在している可能性がある

・山の神様の社があるなら、見つけたい



11. 名無しの探索者

多分これだと思う


タイトル: 海の神様とお姫様

作: 大村千代

絵: 北山茂次

ISBN: xxx-x-xxxxxx-xx-x

出版社: 山波書房

発行年: 1968年



15. 名無しの探索者

ネットで調べたら近くの図書館にあるみたいだから行ってくる



21. 名無しの探索者

読んだけど何もわからん

広島の伝承の話っていってるけど、それしかわからん



26. 名無しの探索者

一応そういう伝承系の本あたってるけど、これだっていうのがない



30. 名無しの探索者

マジでわからんな

原書のタイトルくらい乗ってればよかったんだが



※掲示板ではああでもない、こうでもないと情報のやりとりが行われる。

 だが、進展はあまりない。

 みんなが諦めかけたころ、一人の男が書き込んだ。



247. 名無しの探索者

さすがに、タイトルだけだと難しいな。。。



250. 名無しの探索者

掲示板の書き方ってのは、これであってるか?

もう爺さんだからパソコンとかはちょっと苦手でな

タイプライターなんかは得意だったんだがよ


ちっと山波書房さんにもツテあるから手繰ってみるぜ



253. 名無しの探索者

>>250

マ? なんで伝手あんの?

マジならコテつけて



256. 名無しの探索者

コテってなんだ?



259. 名無しの探索者

名前ってとこになんか名前いれてくれたらいいよ



262. 名無しの探索者

わかんねえからあとで孫に聞いてみるよ

とりあえず山波さんに聞いてみる


貸しもあるし、弱みもちったぁ知ってるからよ



271. 名無しの探索者

>>262

ええ。。?

脅すの? そんなにハルくん好きなの?



294. 名無しの探索者

よし、わかった

だが原文とかがあるわけじゃないらしくてな


でも多分わかるよ

当時俺の担当だったやつ、順調に出世してたからな

もう少し待て



301. 名無しの探索者

原文ないの!?

じゃあ図書館でいくら探しても見つかる訳ないやんけ



308. 名無しの探索者

著者のばーさんまだ生きてたぜ

事情を話したら連絡先を教えてもいいっつってっから

直接ハルカに渡すぞ

どうしたらいい?



310. 名無しの探索者

メールじゃね

一応これがハルくんの公開してるアドレス

haruka_k@xxxxx.ne.jp



325. 名無しの探索者

ええと、祖父の孫です。

このアドレスに情報を送ればいいんですか?



338. 名無しの探索者

孫まででてきて草

手の込んだ釣りじゃないことを祈る



340. 疾風

皆の衆!送ったぞ!

コテってのもわかったし、オレはこれで消えるぞ!



343. 名無しの探索者

消えるならコテの意味ねえw


てか皆の衆てww




   ◆とある祖父と孫◆




「ねえ、お爺ちゃん。さっきのなんだったの?」


「なんでもねえよ。……あー、なんだ。爺ちゃんはよ、昔すげえ悔しいことがあってなあ。若い頃っていうにはかなり歳はとってたがよ。今となっちゃ、お前も生まれたしこれでよかったとは思ってんだがよ」


「悔しいこと?」


「脅されて簡単にイモひいちまったんだわ。その関係で、礼を言いたい坊主が現れたんだよ。友人に教えられて、その坊主のテレビを見てたんだわ」


 孫がよくわからないといった様子であいまいに返事をした。


「……そうなんだ」


 そして老人は独り言のようにつぶやいた。


「…………記者としてのオレの仇をとってくれて、ありがとうよ」




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 メールが届いた。


 そこには例の絵本の著者の名前と、電話番号が書いてあった。

 オレは送り主に感謝した。


 電話を掛けると、おばあさんが出た。

 話は通っていたようですぐに要件に気付いてくれた。


 絵本についてのことを聞きたいこと、今広島にいることなどを伝えると、直接会って話すことになった。


 そこは、三原市の近隣の市にある、村だった。


 その村の中にお邪魔して、件のおばあさんのところへ行く。

 途中でオレは、沙月に似た雰囲気の少女にぶつかりそうになった。

 高そうな和服を着た少女だった。


「あ、ごめん」


 そう言ったときに少女はもういなかった。


 次にしわだらけの老婆に会った。

 老婆は訛りの強い言葉でいう。

「遠いいところを、ご苦労様じゃのぉ」


「すみません。あの、大村千代さん――『海の神様とお姫様』の著者の方でお間違いないでしょうか?」


 尋ねると老婆は「そうじゃ」と頷く。


「あの話の、大元って、どこで聞いたものなんですか? 文献か何かあるんでしょうか。ないって話も、聞いたんですけど」


「このねきに伝わる伝承じゃ。山と海の神様を粗末にしたらつまらんって」


「ねき?」


「この近くってことじゃ」

 どうやらこの地域の民話のようだった。


「では、この、海の神様に作った社の場所などは、わかったりしますか?」


「社の場所はわからん。このねきで社っていったら、あの辺じゃ思う」


 そう言って老婆はオレを案内しようとした。

 だが「いてて……」と腰を抑えた。


 老婆はオレに謝ると「案内できそうにないけぇ、場所だけなぁ」

 そう言って老婆は、オレに山を少し上ったところを手で示した。




 


 険しい山道を少し上っていくと、不思議な現象が起きた。


 オレが進むとあたりの花が咲いていく。

 黄色い花が咲く。

 もう一歩進む。

 すると紫の花が開いていった。

 さらに進むとピンクの花。

 白い花が咲いた。



 花の道ができていった。



 明らかに、異常な現象だ。

 オレは花々に導かれるように、山を登っていく。


 すると、少し開けた場所があり、そこにひっそりと社が置いてあった。


 オレは絵本を思い出す。


『お姫様はとても悲しくなり、海の神様のために特別なことをしようと決めました。

 お姫様は山に美しい社を建てることにしました。

 それは海の神様への贈り物でした。』


 ここは、その特別なことの場所だ。

 ここが、その美しい社なのだ。

 オレはそう思った。


 美しいというには、明らかに古かった。

 しかし、しっかりと手入れがされているようで、みすぼらしくはない。


 そのとき、何かが、身体から抜けていく虚脱感があった。

 それは神性だった。

 神を神たらしめる要素の一つ。


 魔素としてオレが吸収しきれなかったそれは、社の中へと吸い込まれていった。


 それは元から神社にあった何かと一つになった。


 そのとき、強い風が吹く。


 花が舞った。


 オレの視界を覆うような花びらの舞。


 次の瞬間、沙月に似た雰囲気の少女が見えた。

 彼女は和服を着て、地面に座っている。

 だというのに和服には汚れ一つない。

 彼女の膝には、山の神が目を閉じて、横になっていた。


――ようやく、来てくれましたね。ずっと、ずっと、待っていましたよ。――


 少女の声がそう言ったように聞こえた。


 そして彼女は山の神の名・・・・・を呼ぶ。


 山の神は言っていた。

 この名前を教えるのは君で二人目だと。

 なら、彼女は――。


 そう思ったときにもう一度風が強く吹く。


 花びらが舞う。


 もう一度見ると、少女も山の神も、いなくなっていた。


 見間違いかもしれない。


 普通はそう思うだろう。


 それがオレじゃなければ・・・・・・・・


 人間のトップクラスになり、その限界を超え、数々の死地を超えてきた。

 そのオレが、こんな見間違いなどはありえない。


 だから、絶対にいたのだ。


 彼女は、800年近く前から、ここでずっと一人の友達を待っていたのだ。



 山の神は消滅してはいなかった。

 だが、復活がいつになるかはわからない。

 それは百年後かもしれないし、もしかしたら一千年後かもしれない。


 だけど。

 ――そのときまでに、彼の傷が癒されていればいいな――。

 オレはそう思って社に手を合わせる。


 そして、尋ねた。


「……あのさ。オレ以外にも、あんたのことを想ってた人間、いっぱいいるんだ。もしかしたら、あんたなら気付いたかもしれない。けど、いたんだ。その人たちにもさ、この場所、教えてもいいかな」


 だけど返事は返ってこない。

 もう、山の神は、眠っている。


 だから、山の神以外に尋ねた。


「なあ。友達の友達。あんたは、どう思う? ここに呼んでもいいかな。オレは、ここに眠るオレの友達に、教えてやりたいんだ。お前のことを想ってる人はたくさんいるよ、ってさ」


 いうと、花びらがひとひら舞う。

 それは風もないのに、不自然な軌道で、オレの頭の上に落ちた。


「……さんきゅ」


 オレはそういうと、社に背を向け歩き出す。


 一度だけ足を止める。

 振り返らずに口を開いた。


「――あのさ。またな。…………また、遊ぼうぜ」


 いつかな。


 オレはそれだけ伝えて、社から去った。




   ◆とある週刊誌の片隅に乗った特別記事◆


誌名:『週刊スクープライン』

記者名:疾風ゴン太

掲載年月日:2013年8月××日


 皆の衆、耳よりのスクープがここにあり!

 あの「週刊ミステリースクープ」の記者だった疾風ゴン太が今、広島のとある山奥で起こっている、信じがたいほどの珍事を特ダネとしてお届けするぞ!


 聞け、この山の中に、神秘的な力を持つと噂される古社があるという。この社の周りでは、年中、見事に花が咲き乱れており、その中心には、名もなき山の神が祭られているとか。


 この神秘的な場所を発見したのは、なんとあの有名な配信者!

 彼が見つけたお陰で今や商売繁盛、五穀豊穣、恋愛成就、健康祈願といった様々な願いを叶えるパワースポットとして名を馳せている。


 しかし、そこへ辿り着くには、険しい山道を登らねばならない。

 それでもなお、配信者のリスナーたちが次々と参拝に訪れているというから驚きだ。


 そして、さらに驚くべきは、その配信者の名が呼ばれると、花びらが舞い上がるという現象が起こるというのだ!

 まるでその人物を歓迎しているかのように。


 本当か嘘か、この不可思議な話。

 真実か幻か、元「週刊ミステリースクープ」の記者疾風ゴン太独特の鼻で、この謎を解き明かすことに挑む!


 皆の衆、次回があればこの神秘的な社の更なる秘密に迫る!

 真実を見極めるその眼を鈍らせるな!


 次回掲載予定日は未定!


 乞うご期待!



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




【協力】ハルカくんのお願いを聞くスレッド【要請】


456. 名無しの探索者

よくわからんけど、解決したみたいでよかった

山の神様のお社オレもいってみたいな


※以降山の神様とハルカの話で少し盛り上がる

.

.

.

.

.


723. 名無しの探索者

なんでこの人、よく死人を引き連れているんですか。。。?

もう死んでいるはずなのに

なんで?

なんでなんでなんで?


どうして???





このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています。








────────────────────────

読み飛ばしても大丈夫な『あとがき』



いつからでもさ、やり直せるよきっと。


ということで、こんな形に落ち着きました。

以上で山の神のお話はおしまいです。



たくさんの応援のコメントありがとうございました!

やる気になりました!


レビューも書いてくれた方がいたみたいで、大変うれしかったです!!



次もがんばりますのでぜひとも、ブクマ・高評価・コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


ブクマ数が増えてると嬉しいです!

評価が増えてるとモチベがあります!

ここが楽しかったよ! と応援コメントをもらうとやる気がみなぎります!


ですので、応援よろしくお願いします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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