第108話 武祭を終えて、元の場所へ帰還するつもり、だった

 オレは山の神を倒した。


 首を落とした瞬間、彼を構成していた魔素がオレの中へと流れ込んでくることを感じた。


 この世界に来て、ここまで大量の魔素を取り込んだのは初めてだった。

 オレの肉体が強化されていく感覚がある。

 山の神と戦う前より、オレは明らかに強くなっていた。



 強くなったというのにそのことが、どこか少し悲しく感じられた。



 また、幻魂刀についても、あれは魂を保管するなどとは言っていたが、立派なまがい物だった。

 オレが山の神と戦う時に握ってわかった。

 あれは、本物の魂などではない。


 それっぽく作られた複製品だった。

 山の神を倒して何かが流れ込んだようではあるが、それは決して本物の山の神ではない。




 オレは少しだけ風を浴びてから、武祭の行われていた場所に戻った。


 そこにいた小早川家の面々は、いずれも憑き物が落ちたような顔をしていた。


 見知らぬ男がオレの前に立つ。

「あの、ありがとうございます」

 と、一人一人が深々と頭を下げてくる。


 沙月や上総兄、龍之介が説明してくれていたようだ。

 そして当主の話もあり、みんな何があったかを把握しているようだった。

 どうやら、乗っ取られている間も意識があったらしい。


 当主がオレの近くへ歩いてきて、地面に膝をついて頭を下げた。


「かたじけない……。ハルカ殿。我は苑世えんせいと申す。そなたがおらねば、我らは、今後もどうしようもない状態から抜け出せなかったであろう。そなたに、最上の感謝を」


 土下座だ。


 たしかに乗っ取られている間も意識があったとすれば、どれほどの苦痛の中で過ごしたことか。

 まあ、オレは彼ではないから推測にすぎないが。


「たまたまですよ。オレは沙月に稽古を頼まれていて、その最中でたまたま事件にあった。それで、あなたに憑依していた奴が気に食わないから殴った。それだけです。あなた方を救おうとしたわけじゃない」


 しかし彼は頭をあげない。


「もし仮にそうだとしても、我らが救われた事実は変わりありませぬ。何かあれば、我らにご用命くだされ。我らは、たとえどのようなことであろうと、そなたの力になりましょうぞ」


 お、重てえ……。

 助かった! ラッキー! くらいでいてくれたほうがオレは気楽なんだが。

 そういえば、この人乗っ取られてる時と話し方変わんねえな。

 もう染みついちゃったのか?


「頭を上げてください」


 当主は頭を砂利にこすりつけたまま言う。

「よろしければ、我が娘の紫苑をつけましょう。女中にでもなんでもお使いくだされ」


 いや、本人の意思を勝手に決めるのは――と反論しようとして思いとどまる。

 紫苑、たぶん姫カットの人だろうとアタリをつけて見回す。


 ――なんかまんざらでもない顔してるな。


 ここで建前として、娘さんの意志をどうこうと言い出すと「娘も大丈夫だといっております」で押し切られる。

 オレは直で断ることにした。


「オレには不要です」


「……そうですか。それなら仕方ありませんな」


 当主はすぐに諦めたようだった。

 断られることを想定していたようだ。


 しかし、ショックを受けた人間が一人いた。

 それはオレとかかわりの一切ないはずの人物である。


「な、なぜですか!? この私が、私が不要!?」

 憤慨する姫カットは、小早川の上位剣士たちに取り押さえられていた。

「お嬢様! 落ち着いてください!」


「私が、この私がなぜ! 権力も財産も才能も美貌も、すべてを持ち合わせたこの私が……? そんなばかなことって……」

 そう言って頭を押さえ、ふらりと体から力が抜けて倒れた。


 なんとも奇妙な人だった。


「気軽に何でも我らにお申し付けくださいますよう、お願い申し上げます」


 結果、オレは当主と連絡先を交換した。


 それから上総小早川兄弟が現れる。

「ハルカさん、オレぁ、決めましたよ。名前。聞いてもらっていいすか?」

「……ああ」

 いったいオレの一字をどう使ったのか、少し気になりはする。

 遥だから使いにくそうだ。

 遥助(ようすけ)とかだろうか……?


「オレぁ、これからァハルトラです」


「はるとら? 漢字は……?」


「門出の春に、弟が龍之介だからァ、虎で、春虎。いい名前でしょう」


 横で龍之介がうんうんと頷いている。


「お前ら、さてはオレの漢字知らないな?」


「えェ……? はるって春以外になんかあるんすか?」


 それじゃオレは春香とか春華とかになっちゃうだろうが。


「こういう字、一字で遥って読むんだけど」

 オレはスマホで漢字を見える。


「なんだこの字……見たことねェ……」


「兄上。兄上が春だというから信じたのですが……」


「龍之介ェ、お前は学校行ってんだから気づいてくれよォ……。漢字なんて文化よくわかんねェよ」


「兄上……」

 そうか。戸籍ないってことは、学校にも行ってないのか……。


「もォ遥虎にする。これでハルトラって読ませりゃァいいだろうが。そォするわ」


 ちょっと痛い感じになってしまった気がしないでもない。

 が、他人が決断したことに口を出すのも野暮だろう。


「よろしくな。ハルトラ」


「おォ! よろしく頼むぜ! ハルカさん!」

 オレが片手を差し出すと、彼は嬉しそうに両手で握った。


 オレは彼らとも連絡先を交換して沙月のところへと向かった。


「ハル……遥さん。ありがとうございます」

 彼女は両手を重ねて深く頭を下げる。


「ああ」


「これで、妹たちも、危ない目に合うことはないはずです」


「……帰ったら、妹たちのあの体の中の虫、とろうな」


「……はい。どうか、お願いいたします」

 沙月はそう言って微笑んだ。

 目じりには涙が浮かんでいた。


 そういえば、他の、武祭に参加してない子どもやら、以前の武祭で生き残った人のもとってやるか。

 オレは後で当主に連絡して、後日他の小早川の方々の治療もすることにした。




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 帰りの新幹線に乗る。

 小雨が降っており、窓には水滴がついていた。


「ふう……」


 オレは意を決して、真白さんに連絡をすることにした。

 真白さんからの着信がすごいことになっていたのだ。

 落ち着いたらかけなおそうと思って、今に至った。


 オレは新幹線のデッキに移動して、真白さんに電話をかける。


『あ! ハルカくん! ……よかった。無事だったんですね。動画を見て知っていましたけど、でも、声を聞けて安心しました。怪我はないですか? 大丈夫ですか?』


「あ、ああ。大丈夫だよ。心配かけてごめん」


『ほんっとうに、心配しました! それに武祭が今日ってなんで言ってくれないんですか!』


「申し訳ない……」


『あんまり危ないことしたら、メっ! ですからね!』


「……はい」


『本当に、本当に怒っちゃいますからね!』


 真白さんはしばらくぷりぷり怒っていたが、オレはそれを嬉しく思ってしまった。

 怒らせるようなことをしたというのに、その怒りが、オレを心配してくれていたからだと思うと、少し嬉しい。


「……ありがとう」


『ありがとう!? ハルカくん、わたしの話を聞いてませんね!? 今わたしは怒ってるんですからね!』


「聞いてる。聞いてる。ちゃんと聞いてるよ」


『本当にたくさん、調べたんですからね』


「うん、うん。どんなことを調べてくれたんだ?」


 真白さんが色々と説明しだす。


 小早川家の過去の試合記録や、伝承。

 そして山の神について。


 やはり山の神は祟り神として伝えられているようだった。

 飢饉は山の神のせいになっている。

 山の神を封印したおかげで飢饉も終わったとか。


 しかし真白さんが調べたところによれば、飢饉は1181年から1182年に起きている。

 山の神が封印されたのは1182年か1183年あたり。

 その後徐々に不作は収まっていったようではあるが、政治的な混乱が起きており、完全に元通りに戻るにはかなりの時間を必要としているようだった。


 山の神が力を発揮することができれば、もしかしたら、混乱はもっと早く収まったのかもしれない。


 だが人の歴史や伝承において、彼は悪者とされている。

 自分のことではないのに、そのことが腹立たしく感じられる。


『それで、絵本まで読んじゃったんですよ。一応広島の神様のやつが元になっているらしくて。すごく古い伝承を絵本にしたものらしいですよ』


「へえ?」


『おかしな本でしたね。『海の神様とお姫様』っていうタイトルなんですけど。というか今手元にあるんですけど』


 オレは真白さんに絵本を読み聞かせて貰うと、強い違和感を覚えた。




 ◆絵本『海の神様とお姫様』◆


 むかしむかし、ある山のふもとに、元気なお姫様が住んでいました。お姫様は冒険が大好きで、よく山を散策していました。


 ある日、お姫様は山で不思議な出会いをしました。

 それは、やさしい海の神様でした。

 海の神様は、波のように穏やかで、岩のようにしっかりとした心を持っていました。


 でも、不思議なことに、陸の神様たちは海の神様をあまり好きではありませんでした。

 そして、ある日、海の神様は海へと追いやられてしまいました。


 お姫様はとても悲しくなり、海の神様のために特別なことをしようと決めました。

 お姫様は山に美しい社を建てることにしました。

 それは海の神様への贈り物でした。


 社が完成すると、海の神様は喜んで山に戻ってきました。お姫様と海の神様は、再び幸せな時間を過ごし始めました。


 お姫様は、山と海の神様の両方を大切にすることで、みんなが一緒に幸せになれることを教えてくれました。




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その絵本の話はおかしなところしかなかった。

 海の神様と山で出会い、海の神様が海に追放された。

 そしてなぜ社を山に建てるのか。


 後ろ二つの文章はなんとなく、創作っぽい気がする。

 まず海の神様が帰って来ることができる理由がない。


 そして最後に唐突に出てくる山の神様。追放したのが山の神ならまだわかるが、追放したのは陸の神だった。


 もしかしたら全くの勘違いかもしれない。

 だがオレは、これは、山の神の話だと思う。

 海の神様の話だとするなら、話がつながらない。

 だが、山の神様の話だとすれば、納得感が強くなる。


 オレは次の駅で新幹線を降り、再び広島に戻ることにした。


 そして、降りた駅で端末を操作する。




────────────────────────

あとがき


おそらく次で山の神編の結末が終わるはずです。

遅くとも次の次までには。


お付き合いくださってありがとうございます。


次回もがんばりますのでぜひとも、ブクマ・高評価・コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


ブクマ数が増えてると嬉しいです!

評価が増えてるとモチベがあります!

ここが楽しかったよ! と応援コメントをもらうとやる気がみなぎります!


ですので、応援よろしくお願いします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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