第102話 訪れるはずだった未来

   ◆異空 広島県◆


 ――これは本来訪れるはずだった未来の、しかし、もう訪れることのない歪んだ未来の話だ。



 その日、日本の探索者ギルドに激震が走った。


 ダンジョンが暴走する波動を検知する器具が、異常を起こしたのだ。

 本来は近くのダンジョンが暴走したときに反応するものだというのに、日本中にある検知装置が激しい反応を示したのだ。


 場所は広島県三原市の近くの離島だった。


 探索者ギルドは事実を究明するために、国に要請し、現場までヘリコプターを飛ばした。

 だがすべて帰ってこなかった。


『や、山のように大きな巨人が……!』

 というのが、ヘリコプターから送られてきた最後の連絡である。


 ヘリコプターから送られた来た映像には、事実、山のように巨大な人が映ってきた。

 その手がヘリコプターを掴み、握りつぶす様子までしっかりと映っていた。


 そこで国家は自衛隊や特殊部隊を用いて、巨人退治に乗り出した。


 戦いが始まる直前に、巨人は初めて自らを山の神であると名乗った。


 山の神はこう告げた。


 自分が封じられていたのは千年である。そのため、毎日千人の生贄を用意すれば許してやる。


 交渉といえないような交渉はすぐに決裂した。

 人間を生贄にすることなど認められないからだ。


 戦いが始まった。

 巨人は人間の兵器を遥かに凌駕しており、国家の戦力を蹂躙した。


 自衛隊などの敗北を受け、国民たちはパニックになった。

 物資の買占めや、混乱に便乗した犯罪なども増えた。


 交渉の決裂を皮切りに、山の神は動き始めた。

 広島を中心にその周囲が破壊され、一日千人など非ではないほどの死者が出た。

 最初から生贄を差し出しておけばよかったと、政府に対する批判も増加した。


 また一部の新興宗教が山の神を信仰すべし、彼こそが我らの神であると主張を開始する。

 恐怖のためか急速に勢力を拡大していった。


 国家は国内外の探索者ギルドに依頼を出し、全世界の有力探索者を集めた。

 戦力を集め、万全の体制を整えてから山の神を倒す。

 政府と探索者ギルドの見込みではそれで倒せるはずであった。


 だが、結果としてそれは悪手だった。


 山の神は近くのダンジョンを発見し、ダンジョンのモンスターたちを喰らった。

 運悪く、巨大な入口のダンジョンや、入り口で内部にテレポートするタイプのダンジョンが山の神に発見されたと言われている。


 探索者ギルドが戦力を整え終えたときには、地獄ができていた。


 近隣の県までも、巨人が現れた場所は無残に破壊された。

 新興宗教は近隣の住民を浚い、山の神に差し出した。


 探索者ギルドは総力をあげて山の神討伐に向かった。

 しかし、山の神は当初の予想よりも遥かに強く、探索者は次々とその命の灯を消していった。


 またこのときに謎の剣士の集団が現れる。

 彼らは山の神を信仰する新興宗教の一員かと推測されているが詳細はわかっていない。


 この剣士集団は死を恐れない狂人のように、探索者たちへと襲い掛かってきた。

 老人から幼子までがいた。

 彼らはカタナを手に探索者たちを貫いた。

 特に長髪の男剣士には、有名探索者も数多く打ち取られたという記録がある。


 アメリカやヨーロッパなどの上位探索者も討ち取とられた。


 殺したのがモンスターではなく、日本の剣士ということで、事件後も国家間で問題となり続けた。

 剣士たちはまるで言葉が通じないかの如く、話しかけても反応は返ってこなかった。


 探索者たちは数で押すことでこの剣士集団を鎮圧。

 その後、山の神には常に攻撃をしかけ持久戦を行った。魔力を削って削って削って、ようやく勝利を得たという。


 その事件によって日本の探索者はその半数以上が入れ替わることになったと言われている。

 さらにこのときに生まれた新興宗教は、山の神が倒れた後も邪神の類を信仰し続け、様々な問題を引き起こした。


 山の神が引き起こした事件の爪痕は、事件後五年経っても消える見込みはなかった。


 なぜか、初期に山の神と邂逅したヘリコプターの乗組員だけは、すべて無事な姿で発見されたという話もあった。

 だが、それは虚偽であるというのが、一般市民の共通見解である。




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 オレは闇水を倒した後、彼の使っていたカタナ、幻魂刀を拾ってアイテムボックスにしまった。

 幻魂刀には血糊も脂もついていない。

 かすらせてすらいなかったからだ。


 そして、周りを見る。

 沙月がカタナを杖のようにして片膝をついていた。

 彼女の周囲には六人の人間が倒れている。


 少し離れた位置では上総兄弟が互いに背を預けあって座り込み、荒い息をついている。

 こちらの周囲にも十五人ほどの小早川が地に伏している。


 オレはふと思い立って、配信先の視聴者に向かっていう。

「あ、ちょっと雉撃ちにいくんで配信をちょっとだけ止めますね!」

 雉撃ちとは、女性がいうお花摘みトイレの男バージョンである。


 オレはその後、倒れている小早川たちにカタナを突き刺していく。

 血の蚕を取り出し、ポーションを振りかける処置をしていく。


 もう三度も取り出したため、大体の位置と取り出し方はわかっている。


 これから山の神のところへいくのだ。

 未来で現れた謎の剣士集団は、小早川家である可能性が高い。

 ここで彼らに入ったものを除去しておかないと、後々暴れる可能性があるからだ。


「さて、行くか……」


 オレは山の神が顕現したであろう方向を向き、歩き出そうとする。


 そこへ、沙月が声をかけてきた。


「ハルカ、さん、どこへ、いく、ん、です、か……」

 ポーションで回復したのか傷はもうない。だがその名残がわかるように、着物はあちらこちらが切り裂かれている。

 血も付着している。

 顔色が悪い。

 血を流しすぎたんだろう。


「ちょっと行ってくるよ」


「わ、私も、つれて、いって、ください……」

 沙月はそう言って、立ちあがろうとして、砂利の上に倒れる。

 それでもカタナは手放さない。


「あ、あなたは、私の、最大の願いを、叶えてくれました。だから、私は、あなたの剣に、なりたい」


 彼女は真剣な目でそう言った。


「……悪い。多分、お前じゃ力不足だ。一人でいく」


 ぎり、と沙月の口から音がした。


「……そう、ですか。確かに、恐ろしい、圧力でした。ですが、この身を、あなたの盾に、するくらいなら……」


「沙月は妹たちを守りたいんだろ。だったら死んだらダメだろ」


「で、でも……」


「またあとでな」


「……はい」

 カタナを握る彼女の手には痛いくらいに力が入っており、青白くなっていた。手とカタナがかたかたと震えていた。


「力が足りず、すみません。ハルカさん……絶対に、あなたの力になれるように、なります」


 オレは軽く頷き、歩き出す。


 すると上総小早川兄弟がこちらを見ていた。


 兄が言う。


「よォ、アンタぁ、思った以上につえェなァ……」


「は、ハルカ殿。ぜひ我々も次の戦に……」

 と弟が言ったところで、兄が弟の腕を掴み止めた。


「龍之介ェ……やめろ。この人が武蔵櫻のをいらねェっつってんだから、オレらだって邪魔になるだけだろォよ」


「で、ですが兄上……」


「見苦しいなァ。龍之介ェ」

 へらへらとしていた顔を、真面目なものにしていた。


「あ、兄上……」


 それから、へらりと笑う。

「遥かに格上がいらなェっつってんだ。文句を言うのはダセェよ。力の足りねェ己を恥じろよ。さっきの、感じなかったのか? オレらじゃァ絶対に勝てねェ」


「で、ですが」


「認めろよ龍之介ェ。まずは認めねェと、差を縮めることもできやしねェ」


「…………はい」


「帰ったら久々に稽古つけっかァ」


「兄上……」


「つーワケっすわ。ハルカさん。チカラァ足んなくてすんません。それでなんすけどねェ」


 上総兄が頭をかく。


「……まだ何かあるのか?」


「アンタにとっちゃァ、どォでもいいことだと思うんすけどねェ。オレ、自分の名前決めることにしたんすよ」


 そういえば、この男は自分の名前がないと言っていた。

 少しだけ言いづらそうに躊躇ってからいう。


「だから、アンタの名前から一字、もらってもいいすか?」


「好きにしろ」


「助かりやす。考えとくんでェ、帰ってきたら聞いてくださいや」


 頷き、オレは思いだす。

 そういえば、オレがここに来た理由があったんだ。

 それを伝えておかなければ。


「そうだ。沙月」


「は、はい」


「帰ったら稽古をつけてやる」


「あ、ありがとう、ござい、ます」


「オレはお前に稽古をつける約束を果たすためにここまで来たんだ。決して、助けに来たわけじゃないからな」


 オレが言うと、沙月は悔しさと涙が滲んだ顔を、笑みで歪めた。


「あは。そう、ですね。稽古、楽しみに。してます。約束、ですよ」


 オレは歩き出す。

 山の神のいる場所へと向かって。



────────────────────────

あとがき


山神様やばそう!


次回もがんばりますのでぜひとも、ブクマ・高評価・コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


ブクマ数が増えてると嬉しいです!

評価が増えてるとモチベがあります!

ここが楽しかったよ! と応援コメントをもらうとやる気がみなぎります!


ですので、応援よろしくお願いします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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