第101話 vs小早川闇水

 オレは小早川闇水に、邪法で強くなったと疑われていた。


「はっ……お前と一緒にするなよ」


 オレはそう言って闇水にカタナを向ける。


「ゆくぞ!」


 闇水が切り掛かってくる。

 今まで見た誰よりも鋭い剣だった。

 力もこもっている。

 重心移動などの体捌きも素晴らしい。


 だが、当たらない。


「いい剣筋だな」


 オレが言うと、闇水は「なぜ当たらぬ!」と叫んだ。


「ならば、この幻魂刀の力、見るがいい……!」


 闇水が言うと、彼の姿が何人にも増えた。

 その数十三体。


「剣術で強くなりたい、っていってるのにすぐに道具頼りかよ」


「黙れ。どのような剣を手に入れるかも、我の強さのうちよ!」


 というか、たぶん本体だもんな……。

 じゃああまりツッコむのも酷というものか。

 道具の能力とはいえ、剣と組み合わせて技術に昇華していれば、それもまた剣術だろう。


 十三体の闇水がオレに襲いかかってくる。

 ただの幻かと思いきや、それぞれに実体があるようだった。

 攻撃をふせいだ時、カタナがガキンと高い音を立てた。


 十三本の剣がオレを攻め立てる。

 その剣閃は鋭く、足運びも素早い。

 先ほどの剣聖四衆よりも、数段上のスペックだ。


 強いはずだ。


 ――通常であれば。


「なぜ避けれる!? なぜ当たらぬ!?」


 十三体の闇水が同時に焦った声を出す。


「あんた、強い肉体を手に入れたよな。その執念すげえよ、その身体は人類の最高峰に近い」


 レベリングも相当楽にできるだろう。

 レベル上げは雑魚狩りではあがりづらいのだ。

 適正レベルより敵が強くないと、なかなかあがらない。


 その相手が適正か否の判断は今の保有魔素量、つまりレベルで行われる。


 才能がない人間は、ぎりぎりの戦いをしても雑魚狩りと見做されレベルがあがりづらい。

 逆に才能があれば、格上狩りが可能となりレベリングは捗る。


 だからダンジョンが生まれたこの世界においても、才能があることは大切な要素のひとつではあった。


「く、ぐぬ……!」


 レベリングもかなりしているように思える。

 だが、それでも。


「あんたは、どれだけ死地を踏んできた? ゼロだろう? 肉体作りと、練習くらいしかしてないだろう。レベル上げも、楽な相手でしているんじゃないか?」


 オレは半ば呆れながら言う。


「肉体の、肉体の才能さえあれば我は負けてなどいなかった……! 御前試合であのような恥をかくこともなかった……!」


 悔しげな声。

 カタナで切り結びながら、睨み合う。


 闇水のカタナは、速く、鋭く、力強い。

 だがそれだけだ。


 連撃の繋げ方も上手いし、隙はない。

 だがそれだけだ。


 思考がない。

 戦略がない。

 とっさの閃きがない。

 踏み込みが一歩足らない。


 だから怖さが何一つない。


 操られた小早川たちと大して変わらない判断力だ。


 ゲームで例えたらこうだ。

 スペックの高いキャラクターを用意して、ボタンひとつでコンボが繋がるようにした。だが、操っているのは素人に毛が生えたようなものだ。


 剣聖四衆の一人のほうが、ずっと強くすら感じる。

 あちらは人間特有の知性と閃きがあった。


 オレは闇水本体に向かって、剣を振るう。


 それを、おそらく闇水の、否、小早川家当主の肉体が反射で防いだ。


「本体はこれだろう?」


「な、なぜ、我の本体がわかる……!?」

 焦った声だ。


 本当にわからないのか?


 剣聖四衆であれば、きっとすぐに理解したぞ。

 理解して、対策を立ててきていたはずだ。


 それは沙月でも、上総小早川兄でもそうだろう。


「だからお前、死地を潜り抜けたことないだろう。死地じゃあさ、死なないようにしたらダメなんだよ。死を恐がる心が死を呼び込むんだ」


 生きるために死ぬようなことをしなければならない。

 矛盾に思えるかもしれないが、矛盾ではない。


 こいつは怖がっている。

 なるべく安全なところから攻撃をしようとしている。

 だから負け筋が濃くなる。

 他の分身体は、死を恐れずに切り掛かってくると言うのに。


 正面から戦うなら本体も死を恐れず、分身と一緒に切り掛かってこなければダメだ。

 策略を用いて騙すとしても、本体は死を恐れずに切り掛からなければダメだ。

 そして分身を安全なところに置いている必要がある。

 そうすれば相手は分身を本体だと思うだろう。



 こいつは、オレと真逆だった。



 オレはブラック事務所に使い倒され、その過程で実力が磨かれていった。

 安全など欠片もなかった。


 だがこいつは、小早川家を犠牲にして強くなろうとした。

 自分だけ安全なところにいて、死地を他人に押し付けて。

 そのうえで肉体だけを強いものにして、鍛錬も重ねたのだろう。

 いくら安全な練習を重ねたところで、中身がどうしようもない、


 死を恐がることは悪くない。

 オレだって死は怖かった。

 だから生きようとした。

 死地においては死の際まで近づいた。

 だがこいつは死から目を背けている。


「なぜ、なぜなぜなぜ……なぜだ! 才能さえあれば、我は、我は……! あと500年あれば……!」


 闇水が斬り下ろしてくる。

 焦りが振らせた剣など、すべてが見え見えだ。


「だからそれがダメなんだよ。最強の身体があっても、中身がお前なら最強になれないよ。絶対に」


 オレはあえて分身体のほうから、一人一人切り裂いていく。

 なるほど。こちらも実体があるだけにダメージが入るようだった。

 不思議なのは、分身すべての剣術の癖が違うことか。

 ただの分身ではないのかもしれない。


「ええい、うるさい、だまれ! 小童こわっぱが!」


「今しかないと――今しかないと、そう思って挑戦しなきゃいけないんだ。最強の身体ができるまで実戦をしないとか、そんなことをしてる奴が最強になんて、なれるわけないんだ」


「貴様を倒し、貴様が使った邪法を教えてもらうぞ……!」


「オレがやったのは、死にかけて死にかけて、ただ生き残っただけだよ。たった一つ運がないだけで、死んでだだろうさ。同じ経験をして生き残ったら、あんたも同じくらいになれるんじゃないか? その肉体があれば、オレより上に辿りつけるだろうよ」


「嘘を、つくなぁ!」

 闇水が激昂する。

 認めたくないのか、認められないのか。


「断言するよ。おまえ、もしここでオレに倒されなかったとしてさ」


 今、オレに勝てたとして。


「その後も儀式が中断されなかったとしてさ」


 なにも邪魔が入らず、予定通りに儀式を行えたとして。


「あと500年経っても、1000年経っても同じこと言ってるだろうよ。「もう数百年あれば」ってな」


「ならば貴様はどれほどの死地を抜けてきたというのだ!? その若さで!」


 それはどれほどだろうか。

 思い出そうとしてもすべては思い出せない。

 ただ、この精神こころが覚えている。

 風の揺らぎ一つ、砂粒一つの動き一つ、見逃してはいけないことを。

 決して思考を止めてはいけないことを。


「数えるのも嫌になるくらいかな。覚えてないな」


「は。馬脚を現したな! その年齢でそれは無理がある。100年ほど戦いに明け暮れればあるかもしれないがな! 人では決して不可能だろうよ! たとえ時間的に可能だったとして、人の精神が持つわけがないのだ!」


 10年も経たないうちに経験したんだよなあ。

 言うつもりはないけれど。


「オレが一度も死地を潜り抜けてないとしたらさ。おまえが400年かけてやったことは、何の意味もないってことだな」


 オレは分身体をすべて斬り伏せた。


「貴様ぁ!」

 闇水が怒りで我を忘れたように斬りかかってくる。


 そう。


 それだよ。


 最初から――あんたは、400年前からずっとそうしてればよかったんだよ。


 そうすれば可哀想な小早川たちは生まれなかっただろう。


 オレは残った本体にカタナを向け、峰を叩きつける。


「ぐ、ほぁ……」


「お前がやるべきだったのは、練習じゃなくて実戦だよ。おかしな呪術や武祭なんかじゃなくて、戦えばよかったんだ。そうしたら、強くなる可能性はあっただろうに……」


  砂利の上に倒れる闇水を見ながら、オレは呟いた。


「……ぐ、ぐ。勝てなかった、か……。こ。この、邪法、使い、め……」


「だから使ってないって言ってんだろうが」

 二周目だから厳密にしてないかと言われれば怪しくはある。だとして、ただの偶然ではあるが。

 だが今のオレは前回の世界線よりは相当弱体化しているからセーフだろう。たぶん。

 前回は何も使わずに今より強くなったんだから。


「口惜しい……口惜しい……」


 闇水の下に、血溜まりが広がっていく。

 オレは峰打ちをしたというのに。

 この血の広がり方は異様だった。


 オレは、闇水がしたいことをわかった上で、止めなかった。


「我は神を騙してまで、強くなろうとしたというのに……」


 神、か。

 世間一般の認識では、そういった超常の存在は、ここ最近生まれたもののはずだった。


「やっぱり神とかそういう存在って、昔からいたのか?」


「……当然だろう。八百万の神々は存在しておる。だがその力はみだりに振るわれず、ほとんどのものは知らなかったようだがな」


 存在しないことになっていた。だが、本当は存在していたということか?


「……なるほど。それで、神を騙したと言うのは?」


「ふん……。みだりに力を使い、封印された山神がおったのよ。その封印された社は山から切り離され、島の上に移送され、力を削がれた」


 山神か。おそらく、数年後にこのあたりに出現する化け物、山の神のことだろう。


「我は力を使うことに躊躇のない山神を復活させてやると誘い、力を借りたのよ。我の魂を封ずるためのつるぎを作るためにな。くく、我に復活させる気はないというのにな」


 闇水は口から血を流しながら、歪んだ笑みを浮かべる。


「そのカタナか。どうやって山神の封印を解くといったんだ?」


「……山神は霊力に満ちた血を捧げることで封印が弱まる。だから、一族を霊力に優れた家系にすると約束した。そしてここに、山神に力を与えるための社を作ったのだ」


 闇水の血が広がっていく。

 それは不自然な動きで、社のほうへと吸い込まれていく。


 でも放置。


 いや、そろそろかな?


「だから、強者を残し次世代に繋ぐ他にも、ここで人死を出すわけにはいかなかったのだ。我の、今の小早川の集大成である我の血は、いかほどの効果があろうな」


 闇水は、してやったり、と得意そうな表情をする。


「な、血、血だと……! まさか!? そんなまさか!?」

 驚いてみせる。

 ……ちょっと大袈裟すぎただろうか。


「は、ははは。もう遅い! 我が最強になれぬこの世など、壊れてしまえばよいのだ……! もう、封印は解ける!」


 オレは急いで剣を振り、衝撃波で地面を抉る。

 彼から社へ流れる血を止めたのだ。


 それから彼にポーションをぶっかけた上で、幻魂刀を取り上げた。

 その瞬間、オレはあることに気づいた。

 だがそれは今はどうでもいい。

 オレは思考を後回しにする。



 これで、山の神は復活するだろう。


 力が足りず本来より大幅に弱体化した状態で。


 血を与えなくても封印というのは徐々に綻ぶものなのだ。

 しかも山の神が復活した年はたまたま竜脈が暴走状態に入っており、本来よりも強い存在として復活してしまったのだ。

 そのうえで、ダンジョンを襲い様々なモンスターを捕食し、強大になった山の神が人間を蹂躙した。


 ならば、弱いうちに復活させて倒しておいた方が、犠牲も少なくて済む。

 未来の山の神に勝てないとは言わないが、巻き込まれる人間は多くなってしまうだろう。だから、これがベストな選択のはずだ。


 無駄な犠牲などないほうがいい。


 この社に蓄えられた力が、鳥居をくぐり外へと抜けていく。

 この社はやはり、闇水のいう通り本来の社ではなく、分社だった。

 本来の社は、海上鳥居を超えた先にある。



 遠くの、海のほうから、大きな叫び声が聞こえた。

 莫大な魔素の奔流が、ここにまで届いてくる。



 山の神が復活したのだ。



 未来では日本中の探索者と、海外の有名探索者が協力して戦った。

 その上で多数の犠牲を払った、本物のモンスター。

 ゴブリンの希少種など、塵に等しいほどの存在。




 それが、現実の日本に降臨した。




   ◆読まなくても何も問題はないオマケ◆


◆妖刀『幻魂刀』

・レアリティ:★★★★

・効果

 このカタナで斬り殺した剣士の魂のコピーを保管する。

 あくまでも複製品であり、本物は死亡する。

 一番強い欲望を抱いていた魂をカタナに吸収された魂の統率役とする。

 カタナの持ち主が統率役の魂との精神力対抗に敗北すると肉体を乗っ取られる。

 MPを消費して殺した剣士を呼び出すことができる。

 一般的な剣士の場合、自分と同格の剣士を十分程度呼び出すのが精一杯。


・備考

 今回闇水は血の蚕と陰陽術を用いて、自らの血族には精神力対抗で絶対に負けないようにしていた。

 また戦闘時、闇水は今まで殺した剣士の上位個体十二名を、当主である苑世の姿で呼び出していた。


◆小早川闇水の魂(複製品)

・レアリティ★★★

・効果

 肉体に憑依し主導権を握ると、その肉体は以下の能力を得る。

 ※勝負強さや勇敢といった類いのバフ効果は憑依が続く限り永久に失われる。

 ■バフ効果

 《陰陽術の知識》★★★★

 《剣術の知識》★★★

 《MP強化》★★★★★

 《呪い耐性》+98%

 《回避率》+30%

 ■デバフ効果

 《勝負弱さ》★★★★★

 《臆病》★★★

 《クリティカル発生率》-80%

 《直接攻撃命中率》-20%

 《直接攻撃ダメージ》ー40%

  直接攻撃時に低確率で行動がキャンセルされる。

・備考

 闇水は剣術メインで訓練しており、陰陽術は片手間に過ぎなかった。

 だというのにその時代の当代随一に迫るほどの実力を持っていた。

 また臆病さも後衛にとっては武器となる。

 もし彼が剣術という呪いにかかっていなければどうなっていただろうか。






────────────────────────

あとがき


山神様復活!

次回は、本来の世界線でどんな未来が訪れていたか、から書きます!

お楽しみに!

ちなみにBBS回は、話の合間に挟んでいくのと、それとも最後にまとめて何回かやるのどっちが好みですか? 参考までに……。


がんばりますのでぜひとも、ブクマ・高評価・コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


ブクマ数が増えてると嬉しいです!

評価が増えてるとモチベがあります!

ここが楽しかったよ! と応援コメントをもらうとやる気がみなぎります!


ですので、応援よろしくお願いします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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