第97話 《SIDE:小早川沙月》

 沙月と紫苑はポーションをかけられ、身体の傷を癒やした。

 紫苑はずっと悔しそうに俯いていた。


 上位剣士の一人が「注目!」と叫ぶ。


 壮年で総髪、和装の男、小早川苑世が立っている。


「皆の者。今回の武祭、ご苦労であった。見応えのある戦いであった。小早川も強くなってきたことを、我は確信している。ここに残った貴殿らは、我より才能がある者も多くいよう。喜ばしいことだ」


 そう、手放しで褒める。

 当主ともあろう者が、自分より強者がいると簡単に褒めるのか。

 それも小早川の考えとは違う気がした。


「武祭が開催されてから約370年。当初はあまり強くなかったと言うのに。130年後にはどれほど強くなっていることか」

 当主は感慨深そうに言う。

 まるで、武祭の開催当初から見ているかのような言い方だった。


「さて、武蔵櫻の沙月よ。貴殿が、一番素晴らしい強さであった」


 そう褒める当主に沙月は頭を垂れる。


「貴殿は次期小早川当主の第一候補としよう」


 当主がカタナを抜く気配がした。


「顔をあげよ。これは、小早川に伝わる名刀・幻魂刀である」


 そのカタナは刀身に紫色を帯びていた。

 ただならぬ雰囲気を感じる。

 肌がぴりつく。

 尋常のカタナではない、と思った。


「ありがとうございます。ご当主様。つきましては、ひとつお願いがあります。その願いさえ聞き届けていただけるならば、カタナも当主の地位も不要です」

 沙月は再び頭を下げた。


「いうてみよ」


「は。この武祭……すこし現代とは合わないと思ってます。もう、ここで終わりにしてください。私は、妹たちを、この血生臭い祭りに参加させたくないのです。決して、彼女たちを死なせたくはないのです」


「……ほう」


 妹たちのことを思い出す。

 死んでもいいと言ってカタナを振るう。彼女たちは全員、次の武祭に参加することになるだろう。

 上手く行けば、2、3人帰ってくる。


 だけどおそらく、全員帰ってこない。

 そんなことになってほしくは、ないのだ。


 沙月はずっと妹たちの面倒を見てきた。

 小早川としては落第の考え方かもしれないが、妹たちには幸せになって欲しかった。


 そのために沙月は強くなった。


「ですから! 私で最後にしてくださいますよう、お願い申し上げます。強さを求めるというのならば、私が、私がどこまでも強くなる! だから……!」


 沙月は叱りつけられることを、下手すれば斬られることすら覚悟していた。

 しかし、返ってきた答えは非常にぬるいものだった。


「ならば貴殿が当主になったときに、すきにせよ。この幻魂刀を受け取るのだ」


 紫色に見える刀身のカタナは不吉な雰囲気がする。

 しかし、周りの剣士たちは、そのカタナに見惚れているようだった。

 例外は上総小早川兄弟だけだった。



 そこに、声が響いた。



「それを受け取るなよ、沙月・・!」





   《SIDE:???》


 この肉体には才能がなかった。

 それは父が弱く、母も弱かったからだ。

 従兄弟たちは全員が我よりも強かった。

 それはきっと、彼らの父も母も強かったからだ。


 努力をすれば勝てるなどと、戯けたことを誰が言った?

 才無きものはいくら努力しても決して勝てぬ。


 だから我は、優れた才が欲しかった。

 剣技を極め、武力の極地に立つために。


 ああ、そのためならなんでもしよう。

 地獄の悪鬼に魂を売り渡そう、たとえ神を騙しても、力を手に入れよう。


 我の心臓と脳を抉り、魂を刃に込めよう。


 我には誰よりも優れた陰陽の才がある。

 それも全て剣技のために注ぎ込もう。


 500年だ。500年をかけて、我は最強となるのだ。

 それで足りなければ、更に時をかけよう。

 たとえ1000年でも、2000年でも、10000年でも、一億年でも。


 我は最強の剣士になる。

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