第96話 《SIDE:小早川沙月》武祭決勝戦
《SIDE:小早川沙月》
「武蔵小早川櫻家次女、沙月、風響流四段。本家といえど容赦はしないわ。私が勝つ」
沙月が言うと、目の前の姫カットの女が薄く笑う。
「威勢がよろしいですね。小早川本家、紫苑がそれを思い上がりだと教えてあげます」
開始の声がひびく。
しかし、動かない。
お互いに相手の様子を見ていた。
視線の動き、瞬きのタイミング、呼吸のタイミングを測る。
瞬きにかかる時間は0.1秒程度。
瞬きに合わせて攻撃を仕掛けることができれば相手の反応は0.1秒遅れる。
呼吸は相手が息を吐き切ったタイミングを狙うことで、有利になる。
だがお互い瞬きも呼吸も不規則だった。
相手に読ませないためにある種のランダム性を取り入れていた。
「ふっ……!」
沙月は地を蹴ってまっすぐに跳ぶ。
最速の一撃。
しかしそれは紫苑のカタナにて弾かれる。
だがそれで終わりではない。
続いて二の太刀、三の太刀をくわえていく。
風響流の連撃だ。
一撃で仕留められずとも体勢を崩させ次の太刀で仕留める。
二の太刀で仕留められなければ三の太刀。
風のように疾い連続攻撃だった。
押せてる!
これは、勝てる!
そう思った時。
沙月のカタナが大きく弾かれた。
「ふう。大体わかりました。ずいぶん速度には自信がおありのようですね。それだけのことはありますね。でも、軽い」
紫苑がカタナを振るう。
沙月が一撃を防ぐたびに姿勢は崩されてしまう。
決して速さだけで決めるだけの速さはない。
されど決して遅くもない。
決して膂力だけで押し切る力があるわけでもない。
されど決して弱くもない。
力と速度と技術、それらが理想的な配合で混ぜられた剣技だった。
正統派の剣術。
だからこそ、ただ強い。
でも、だからこそ、読める。
紫苑は決して予想外の攻撃も、予想以上の攻撃もしない。
強いが、そこに怖さはない。
先読みができる。そこに沙月の速さが加われば、避けることはできなくはない。
だが、わかっていても勝てない。
それが正統派の剣技である。
ただただ当たり前に強い。
「速くて羨ましいですね」
紫苑が笑う。
「あなたよりはね」
相手の攻撃が典型的で予測可能だから、なんとか耐えられている。
だがいずれは押し切られる。
また紫苑の斬り下ろしだ。
もう何度も見た。
強い一撃ではあるが、防げないほどではない。
そう思った。
思ったのに。
ぞくり。
脳に危機感が走った。
沙月はその直感に従って、後ろに転がった。
不恰好な避け方だ。
勢いのまま起き上がると、紫苑が目を丸くして沙月を見ていた。
「あら。やりますね」
なに? 今の。
何度も受けてきた斬り下ろしに見える。
だが、違和感がひどい。
また紫苑が切りつけてくる。
それも沙月は不恰好に大きく回避をする。
何度か繰り返したところで、理解した。
「紫苑さん、あなたの攻撃は強い。強いけど、よくある予測しやすい剣技……だと思ってたわ。だけど違う。あなた、斬り下ろしの最後の瞬間に、角度を微妙に変えてるわね?」
典型的で予測可能。しかし強い剣術。そう判断した時点でもう敗北のレールに乗っていたのだ。
それは誘いだ。
予測可能だと考えて防御すれば、わずかに角度の違う攻撃が防御をすり抜けて身体に到達する。
彼女の剣技はそういう剣技だ。
伝統的な動きだから、今まで得た沙月の経験や研鑽の全てが、紫苑の攻撃の先を予想する。
また彼女も似たような動きを幾度も見せることで、こちらに無意識のうちに先を読ませる。
だが紫苑の攻撃は決して予想してはいけない。
難題だ。
予想しようとして予想しているのではない。予想して対策するのは、勝つための当たり前の戦略だ。思考よりも身体が勝手に行うレベルで、自動的に行われていること。
予想の通りに動いてはいけないのは、非常に脳のリソースを奪われる。
それだけでも不利だったのに、更なる追撃が沙月を襲う。
紫苑の斬撃。
沙月は回避する。
回避したと思った。
だが、避けて硬直しているときだ。突如、右腕から血が噴き出した。
「ど、どうして……!?」
腕を触ると、濡れていた。
血ではない。色が変わってない部分も濡れている。
「……水?」
見れば、紫苑の持つ優美な剣の刃が水色に光っている。そこには透明な液体が、刃先を伝っている。
陽光を受けて煌めいていた。
水を操る魔剣。
なるほど。沙月のカタナが風を操るならば、本家も似たものを持っていても不思議ではなかった。
「どうです? カタナも剣士の力。よもや卑怯とは言わないでしょう?」
回避すれば硬直を水の刃で狙い撃たれる。
しなければただカタナで切られて終わるだけ。
カタナで防げば、力で押され体勢を崩した後に水の刃に切られる。挙句に二の太刀を振るわれる。
たとえ時間経過で不利になるとしても、ただ避けるしかない。
避けて避けて避けて、時間が経てば経つほど不利になっていく。
「降参したらどうですか? しないなら、殺すだけですけど」
そんなことを言いながら紫苑は手を緩めることなく攻撃してくる。
腕だけでなく、胴や背中、足、様々な場所が水の刃で切られ、力も入りにくくなってきている。
「ほら、動きも遅くなってきています。あなたの剣技もすべて見切りましたし、あとは消化試合にしかなりませんよ」
沙月は何度も行なった、横なぎの剣を振るう。
紫苑はつまらなそうにため息をついて、反撃のカタナを振るった。
このまま時間が進めば、沙月は斬られて死ぬ。
そこで沙月は剣に願いを込めた。
お願い。翠風剣。
つい数日前、鈴木鉄浄に修復してもらったカタナだ。
その権能は風を操ること。
しかし沙月は練習時間が足りず、上手く操れない。
ハルカが以前言っていた、予備動作を消すことなど叶うべくもない。
だけどそれでもできることはある。
無理やり軌道を変えることはできる。
紫苑が手首の力で軌道を変えるなら、沙月は風で軌道を変えるのだ。
しかも、奇しくも沙月は何度も紫苑に剣技を見せた。見切られるほどに見せたのだ。
紫苑は、予想した通りに身体を動かしてしまうだろう。
「ぐっ……」
無茶な動きに腕の関節がおかしな音を立てた。
「ずぇえええい!」
沙月の裂帛と共に、紫苑の片腕が宙に舞う。
だが、紫苑の残った腕はカタナは手放していない。
まだ終わっていない。
「な……」と驚いてる紫苑の腹部に掌底。
うずくまりかけた紫苑にそのまま蹴りをぶち込み、地面に押し倒す。
紫苑は小早川らしく反撃をしようとした。
だが、沙月の剣の方が速かった。首筋に刃を当てて言う。
「止まって。動いたら斬る。私の方が絶対に速いわ。降参するならして。おかしな真似はしないほうがいいわ」
沙月が言うと、紫苑は諦めたように目を瞑った。
そして、
「こうさ……ん……するわけないでしょう……!」
と言って、血走った目でカタナを振ろうとした。
勝ったと、気を抜いていたら死んでいたかもしれない。
沙月は冷徹にとどめをさすべく、首を斬ろうとした。
「そこまでです」
当主と共にきた上位剣士が沙月の剣を止めていた。
また、紫苑の剣も同じように、別の剣士が押さえ込んでいた。
「もう試合は終了と致します。当主様がそう判断致しました」
沙月は違和感を覚える。
使い捨てるような、予選とまったく違う。
本戦はなぜここまで命を大切にするのだろうか。
「この勝負。武蔵櫻の沙月の勝ちである!」
当主が大きく宣言した。
勝った。
沙月は勝利の喜びで、先ほどまで抱いていた疑問を忘れていた。
◆オマケ◆
・名前: 小早川紫苑(こばやかわ しおん)
・レアリティ: ★★★★
・年齢: 17歳
・身長: 160cm
・外見:姫カットで昔のお姫様のよう。優美だが冷たい雰囲気をしており、その胸は豊満であった。
・性格、特性
本家の出身というプライドが非常に高く、他の分家を見下す傾向あり。
感情より理性を重んじるタイプで、目的達成のために手段を選ばない。
他人の弱点を見つけて利用することが得意。特に沙月に対して優位を保とうとする。
小早川本家の直系。幼い頃から一族の伝統や武祭の重要性を叩き込まれて育つ。
厳格な家庭教育を受け、武術だけでなく学業にも優れる。特に歴史や政治に関して深い知識あり。
・得意技能、スキル
《先天的技能》
剣技の才能A:刀剣系の技術の成長に大きな補正あり。
体術の才能B:体術系の技術の成長に中程度の補正あり。
槍術の才能A:槍術系の技術の成長に大きな補正あり。
弓術の才能A:弓術系の技術の成長に大きな補正あり。
鎖鎌の才能C:鎖鎌系の技術の成長に少量の補正あり。
忍術の才能C:忍術系の技術の成長に少量の補正あり。
乗馬の才能C:馬や類似した乗り物を扱う技術に少量の補正あり。
陰陽術の才能B:陰陽術系の技術の成長に中程度の補正あり。
直感B:なんとなく危険を感知できる。精度は中程度。
俊足B:機敏な動作が可能。行動速度に中程度の補正あり。
筋力A:見た目以上の力を発揮できる。力に大きな補正あり。
《後天的技能》
剣術使いA:刀剣類を使用するときに大きな補正がかかる。
体術使いB:体術を使用するときに中程度の補正がかかる。
詐術C:相手を言いくるめるのに少量の補正
判断速度B→A:判断速度に大きな補正あり。その判断が正しいか否かには無関係。
確固不動なし→D:一度決意したことや持論に対して、他者の意見や説得に動じることなく固執する。何か新しい情報や意見があっても、それを受け入れることが少しだけ難しい。
不撓不屈なし→D:一度決めたことを最後まで突き進む。外部からの誘惑や挑戦に対して動じない、気がする。即ち、不利な状況や危険を顧みずに、目的に向かって進むわりとよわよわな意志を持つ。
恐怖耐性(死)なし→C:死の恐怖を少量軽減し、極限状況下でもほんのちょっと死を恐れずに行動できるようになる。
備考:才能は非常に高いが、メンタルが弱いため有用性が一段おちる。血蟲と共に使用することで★5と同等の性能を発揮する
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