第95話 《SIDE:小早川沙月》戦う理由

 沙月はあの後、龍之介に勝利し、その次の準決勝の相手も倒した。

「……私、強く、なってる」


 きっかけはあのゴブリン戦だ。

 死ぬかもしれない――否、ほぼ確実に勝てないだろう戦いだった。

 それを経験して、生き延びたことは、沙月の中で大きな力となった。


 あのゴブリンは深い階層から、浅い階層に登ってきた特殊固体らしい。

 聞けば、当時の沙月よりも格上の探索者を幾人も殺してきたらしい。


 ゴブリン戦でハルカが戦って見せてくれた剣技の冴えは、目を瞑っていても思い出せる。

 何度も何度も頭の中でなぞってきた。


 それは確実に沙月の、血肉となっていた。




 目の前では上総小早川兄が中央に向かい、小早川本家の紫苑と向かい合っている。


 着物姿姫カットの女が言う。

 髪型や服装、カタナなどの装いを見ると、戦国や江戸から抜け出してきたかのような少女だ。

「小早川本家長女、小早川紫苑です。今日はご参加いただいてありがとうございます。あなたの剣技、見させて頂きました。千葉の剣にしてはやりますね。本家の剣技を教えてあげますね」


 対するは長い黒髪の男。こちらは髪型というより、ただ伸びてしまっただけに見える。

 悪代官の家で酒でも喰らって、何かあれば「先生お願いします!」と言われて出てくるような、浪人風の青年だ。

「俺ァ上総小早川のモンだ。名前はねェ。何男とかもわからねェ。だから特に言うこたァねェんだが、よろしく頼むわ」


 ――開始! という声がする。


 その声とほぼ同時に上総兄が地を蹴りとびかかる。

 素早く、力強い一撃。


 それを紫苑はカタナで受ける。激しい金属音が鳴り、カタナが跳ね飛ばされる。

 紫苑はその勢いのまま自分も後ろに跳躍する。


 どちらも正統派の剣技に見える。

 教科書のような美しい斬り合いが続く。


 上総兄のほうが優勢だ。

 膂力の差で押しているように見える。


 初めて戦っている姿を見るが、上総兄は相当強い。

 龍之介もなかなかのものではあったが、上総兄の剣には天賦の才があるように思える。

 

 そこで紫苑の空気が変わる。

 次の瞬間。


 上総兄は口を開いた。


「参った」


 その発言に沙月は正直びっくりした。

 それはどうやら紫苑も同じようだった。


「………………はい? なんといったんですか?」


「俺の負けだァ……」


 小早川で逃避はあり得ない。だというのに、どうして。


「……はい? なぜ負けなんですか? 聞き間違いとか言い間違いではなく?」


「おう」


「ダメです」


「……俺が負けっつってんのにィ……?」


「だってこのまま勝ったらわたしが八百長でも申し込んだみたいじゃないですか」


「ァー……わかった」


「わかってくれましたか」


 すると上総兄は他の参加者たちや、当主や付き従う剣士たちをぐるりと見回した。


「おゥ――! これァ、決して八百長じゃねェ! オレの負けだァ!」


「な!? そ、そんなのわたしが言わせたみたいじゃないですか……!」

 紫苑は慌てだす。


 上総兄は「任せとけ」と言ってから口を開く。


「金も貰ってねェし、本家だからっていうことを聞かせられてるわけでもねェ! モチロン、秘伝の剣技なんかを教えてもらうワケでもねェ! 正真正銘オレの負けだァ!」


 上総兄はそう言い放って、カタナをしまって、対戦相手に背を向けて離れていく。

 なんというか、沙月には余計にあやしく聞こえた。


 だってどう見ても上総兄が優勢だった。

「そんなこと言われたらわたしが本当に勝ちを譲ってもらったみたいになってしまうじゃないですか! キーーーー!」


 紫苑はそう叫んだ。

 本当にキーーーーって言ったのだ。


 上総兄が試合を投げてこちらに歩いてくる。

 その顔は悪そうにニマニマしていた。


 ――ああ。これ八百長っぽくみせたの、絶対わざとね……。

 性格がひん曲がっていそうな男だった。


 その上総兄は沙月のすぐ近くまでやってきた。

「オウ。オマエ、次アイツだろ。アイツ、やべェかもしれねェ。首の後ろがチリチリしてよォ」


 そこに龍之介が走ってやってくる。

 すごい形相だ。


「兄上ェーーー! どういうことですか! 敵前逃亡は武士の恥ですぞ! 上総小早川の名に泥を塗るおつもりか!?」


「うるせェうるせェ。男の子にゃァ、恥かいてもやんなきゃなんねェことがあんのよ」


「騙されませんぞ! 恥をかいていったい何をなさるおつもりか!?」


「まだ死ぬわけにゃァいかねェってさァ。つい最近考え始めてよォ」


「死が怖くなったと!? 兄上はそれでも武士ですか!?」


 弟に説教されながら、ハイハイと聞き流す。

 その顔は普段の皮肉げな様子は消え去り、温かな色が宿っていた。


 ああ。この人も同じなんだ。

 沙月はそう思った。


 きっとこの人は、龍之介や他の弟のことを想っている。


 そう考えたとき沙月はふと疑問に思った。



 ――ってことは、紫苑の攻撃で死ぬかもしれない――そう思った、ってこと?




 そして次の試合が始まる。

 決勝。


 武蔵小早川櫻沙月 対 小早川紫苑。


 そう言われて沙月は中央へと向かう。

 目の前には小早川紫苑が立っている。


 お互い刃を抜き放ち、相手に向かって構えた。


「武蔵小早川櫻家次女、小早川沙月。風響流四段。本家と言えど容赦はしないわ。私が、勝つ」



 ――目の前の小早川を斬って斬って斬って斬って斬って。


 すべてを切り裂いて。


 小早川で最強になって。


 妹たちのために。


 この馬鹿げた武祭とやらを、終わらせてみせる。





────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!


次回は沙月vs紫苑です!


もちぱん太郎

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