第98話 ハルカ乱入!

 オレは神社を後にし、小早川沙月さんが武祭の最終戦を行っている場所へと向かった。

 三原駅の南東に位置にするところだ。


 その途中で海の上にある鳥居を見かけた。


 ――ああ、来てるな。

 そう思った。

 大きな力を持つ何かが通った痕跡のようなものが感じられる。

 それは、海の先に見える島から渡ってきているように感じた。


 この力の感覚は、以前感じたことが、戦ったことがあるものだった。


 オレは急いで山道を駆け上がる。

 立ち入り禁止の札があったが、無視して押しとおる。


 すると、邪な香りのする社があった。

 その前で二人の剣士が斬り合い、周囲を無数の剣士が囲んでいる。


 それはあまりよからぬ類の儀式を思わせる有様だった。


 だが、それだけだ。


 特に今すぐ阻止しなければいけない問題が発生しているわけじゃない。

 オレは少し離れた位置から、小早川家の試合を観察していた。


 わりと簡単に四肢が飛ぶその試合は、現代日本のダンジョン外で起こっている出来事とは思えなかった。


 地面に血液が垂れている。

 小早川たちの溢れた血に宿る力が、地中を伝って社へと吸い込まれていく。


 だがそれは、ごくわずかなものだ。

 この社に超常の存在を呼び込み、力を与える儀式のように思えるが、効率が悪すぎる。

 命を奪えば、社へ流れ込む力は比べ物にならないだろう。

 だが、小早川当主や、何人かいる年かさの剣士たちがそれを防いでいる。


 いったい何のためかね……。


 彼らは全国各地の予選で多数を殺している。

 これは、もしこの今社にきている存在を復活させるためなら不要なことだ。

 本当に、ただ何の意味もなく死んでいるだけだ。


 またこの場において殺しをしないことは、復活に対してマイナスの効果しかない。


 陰陽術。血蟲。封印。武祭。

 そのすべてに意味があるはずなのだ。


 オレは上総兄と姫カット女との戦いを見ながら、とある可能性に思い至った。


 ――それはさすがに、ひどいんじゃないか?


 と思いつつも、その方法論は冷たいほどに合理的だった。


 ただその推論には一つピースが足りない。


 過去の妄執だけで、ここまで武祭を延々と続けられるものなのか? というものだ。


 そんなことを考えていると、上総兄はあっさりと降参した。

 それから小早川沙月さんと姫カットの少女の戦いになる。


 思ったよりも、小早川沙月さんは強くなっていた。

 彼女の強さは、龍之介よりは数段上。上総兄と同等か、やや上くらいか?


 戦いなんてものはその日のコンディションや相性、戦闘中の選択肢でいくらでも覆せるから、一概には言えないけど。


 そして小早川沙月さんが勝利した。



 試合後の処理が終わった。

 和装で総髪にした壮年の当主が全員の前で口を開く。


「皆の者。今回の武祭、ご苦労であった。見応えのある戦いであった。小早川も強くなってきたことを、我は確信している。ここに残った貴殿らは、我より才能がある者も多くいよう。喜ばしいことだ」


 その口調も相まって、己で武を極めようとしている人間の発言には思えなかった。

 四十前後なら、まだまだ強くなれるという想いを抱いていておかしくないはずだ。


「武祭が開催されてから約370年。当初はあまり強くなかったと言うのに。130年後にはどれほど強くなっていることか」


 やはり、先を見据えすぎている。

 武祭そのものが、とても気の長い計画だということを、オレは確信した。


「さて、武蔵櫻の沙月よ。貴殿が、一番素晴らしい強さであった。貴殿は次期小早川当主の第一候補としよう」


 当主がカタナを抜く。


「顔をあげよ。これは、小早川に伝わる名刀・幻魂刀である」


 オレはその刃を見て感じた。

 ああ、アレ人間・・だ。


 あのカタナには、人間が練りこまれている。


 魂がある。


 たくさんではなく、たった一つだけ、魂が宿っている。


 カタナそのものに人格があり、当主の身体を乗っ取っているように見えた。


 つまり、あのカタナを手に取れば人格が乗っ取られる。

 おそらく昔の小早川に。

 最強を求め続ける小早川に。


 ピースがはまった。

 この小早川家の武祭という妄執は、一人の人間がずっと続けてきたのだ。


 オレが止めに入ろうとしたとき、小早川沙月さんが口を開く。


「ありがとうございます。ご当主様。つきましては、ひとつお願いがあります。その願いさえ聞き届けていただけるならば、カタナも当主の地位も不要です」


 オレは彼女の願いが何なのか気になった。


「この武祭……すこし現代とは合わないと思ってます。もう、ここで終わりにしてください。私は、妹たちを、この血生臭い祭りに参加させたくないのです。決して、彼女たちを死なせたくはないのです」


 そのときの小早川沙月さんの表情は、真に迫っていた。

 死を覚悟した願いだ。

 それを自分以外の人間のために、言ったという。


 彼女の身体が震えている。

 でもまっすぐ当主を見つめ、目を逸らさない。


「ですから! 私で最後にしてくださいますよう、お願い申し上げます。強さを求めるというのならば、私が、私がどこまでも強くなる! だから……!」


 小早川沙月さんは、叫ぶように言った。


 オレは、小早川沙月さんは、やはり前の自分に似ていると思った。


 バカだ。

 愚かだ。

 どうしようもない。

 他人のために自分を迷わず捨てる?

 初めて会ったとき、オレのために自分を捨てようとした彼女の気持ちに心を動かされた。

 オレの感性はきっと彼女のような行動をとる人間は嫌いじゃない。


 だが、それではダメなのだ。


 自分を犠牲に他人を救っても、他人は何も返してくれない。

 ただ自分だけが、損をする。


 クソみたいな――


 前回のオレの、クソみたいな生き方が重なる。


 バカ野郎がよ……。


 苛立つ。

 むかつく。

 腹立たしい。


 似たような意味の言葉をいくら連ねてもまだ足りない。


 やめろよその生き方。

 損するだけだぞ。

 オレには関係ねえけどさ。

 他人がどうなろうとオレには関係ないけどさ。


 やめとけって。なあ、小早川沙月さん。



 そこで、気付いた。



 オレは彼女を頑なにフルネームで呼ぶという不自然な呼び方をしていた。


 ああ――。

 オレは彼女と壁を作りたかったんだ。

 似た匂いを感じたから、共感しすぎないようにする壁を。


 でも意味がなかった。


 大切な仲間と思ってしまえば、オレはきっと自分が損をする判断すらしてしまうだろう。

 クソみたいなマイナス特性だ。



「それを受け取るなよ、沙月・・!」




「え……?」

 不思議そうに目を丸くする沙月を見ながら、オレはそちらに向かって跳んだ。




 オレは決闘場と化していた場所の中央に立つ。


 全員の視線が集まっていた。

 いったい、何者だこいつは――と、みんな視線が語っている。



 当主が紫色のカタナをこちらに向け、その周囲の上位剣士がオレを取り囲む。


「貴様……! 何者だ……!」



「どうもー! 通りすがりの配信者です! あなた方の儀式――ぶっ壊しに来ました!」



 まさかの乱入に、オレの事を知らない小早川だけではなく、沙月も上総小早川兄弟も、『なんだこいつ……』といった顔で見ていた。



「小早川家当主……! 小早川――ナントカ! お前の野望もここまでだ!」


 当主の名前をオレは知らなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る