第93話 二回戦《SIDE:小早川沙月》+ハルカさん直感する

   ◆《SIDE:小早川沙月》


「我は、小早川本家現当主、小早川苑世えんせいと申す。今回の武祭を見届るために参った」


 和装で総髪の男は、その場に集まった全員に向かってそう言った。

 彼は立派な拵えのカタナを差していた。

 なんとも言えないオーラをそのカタナから感じる。


「本戦の目的は殺すことに非ず。ここで生き残った者を、後継者が潰えた分家の次期当主に命ずるゆえ、できる限り殺すな」


 という本家当主の発言に、沙月は違和感を覚えた。

 なんとなく――本当に直感レベルだ。

 それは、今まで教えられてきた教えと理が異なるような気がしたのだ。


 本家当主ということは、先ほど話しかけてきた紫苑の父親なのだろう。


 その周りには四人の剣士がいた。


 それぞれが相当な実力者であることは見て取れる。

 体幹はまっすぐで、足運びも洗練されている。

 彼らに隙というものを、沙月は見つけられなかった。


 沙月はその剣士たちに指示されてくじを引くと、表に筆で名前を記される。

 それぞれが戦って勝ち上がっていったものが、次の試合を行う。

 勝ち上がり戦だ。


 人数は総勢21人。


 勝ち抜けば四回戦か五回戦を行うことになる。

 半数以上が、一回戦は不戦勝になる。

 沙月も一回戦は不戦勝になった。


 他の小早川の戦いを見ると、それなりにレベルは高い。

 高い――のだが。


 沙月は物足りなさを覚えてしまう。


 彼らはずっと剣術を鍛えてきたのだろう。

 身体能力を見る限り、ダンジョン探索も行って身体強化を行なっているようにも見える。


 だが、しかしだ。

 ハルカの剣術には遠く及ばない。


 沙月には最初わからなかったことがある。

 最初、一番初め、ハルカの身体能力は非常に低かった。

 間違いなくレベルは沙月の半分以下。


 だというのに、ハルカは、沙月が太刀打ちできなかったゴブリンの特殊個体を殺してみせた。


 あれが技術である。技である。力任せでなく、速さ任せでなく――それらを乗り越える洗練された技術。


 もちろん力はあればあるほどいいし、速さもあればあるほどいい。

 だが、それを十全に活かすにはやはり技術が必要なのだ。


 沙月の見る先は決して、この小早川の人たちではない。

 見るのは遥か遠くにあり、影すら見えないハルカの背中だ。


 その背中が少しでも見えたときには、間違いなく沙月は小早川最強となり、その目的を達成しているだろう。




 沙月の順番が来た。

 当主の連れてきた剣士のうち一人に促される。

 剣士が近くに寄ってきただけで、威圧感がある。

 沙月は決してこの男には及ばぬだろう。


 沙月より長く修練した剣技と、沙月より高いレベルを持っていることは肌で感じられる。

 近づくだけで、じとりと汗がにじむ。


 沙月は彼にしたがって、社の正面にある石畳の上に立った。

 風が吹き、木の葉が舞う。

 周囲にはたくさんの剣士がおり、それらがこちらを見ている。

 さらにその外には多くの木々が取り囲むようにして生えていた。


 目の前には沙月より一つ二つほど年上に見える人が立っていた。

 剣などは振るなどできそうにない、儚げな人物であった。

 女性かとも思ったが、いまいち判断がつかない。


 この場に現れた以上、高い実力を持っていることは間違いない。


 彼は沙月に向かって一礼をする。


「伊予小早川家、四男。小早川悠斗。伊予小早川家を代表し、この場に立ちます。今日ここに、我が家の名誉と、天に召された兄たちの意志を胸に、剣を取ります。私の剣が、小早川家の未来を照らす灯となること願って」


 沙月もまた彼に礼を返す。


「武蔵小早川櫻家次女、小早川沙月。風響流四段。祖父ともう一人の師に誓って、小早川最強の座は武蔵櫻が頂くわ」


 開始の合図がなされる。

 その瞬間、相手は身を低くして素早く迫ってくる。


 抜き身の刃が陽光を跳ね返す。

 それは一瞬だけの煌めきだ。

 ほとんどの人間は視認することすら、眩しいと思う事すら叶わないだろう。


 きっと二月前の沙月では躱せなかっただろう。


 だがそれを沙月は余裕で見ることができた。

 躱すことができた。


 否、躱すだけではない。


 避けて脇をすり抜けるその瞬間に、一太刀入れることすらできた。


 カタナを持つ腕を両方同時に切り飛ばす。


「あ、ぐあぁあああ!」


 武器ごと腕を飛ばされた優男は獣のような声をあげた。



 すぐに、立会人役の剣士から声が上がる。


「それまで! 勝者、武蔵櫻家――沙月!」


 しかし、小早川悠斗の目はまだギラギラと光っている。

 決して気を抜くことなどできない。


「私は、私はまだ戦える! 負けてなど、いないっ……!」

 彼は武器を失い、両の腕が半ばから切られているのに、そう吠えた。

 犬歯をむき出しにして、地を蹴った。


 沙月は彼に刃を向け、迎え撃つ――。



 そこで、小早川悠斗は立会人の剣士に取り押さえられた。


「離せっ! 私は、私はまだ負けてない……! 止めたいなら、殺せえっ……!」


 そう叫んだ小早川悠斗の首を立会人が絞めて、彼の意識を落とした。

 意識を失うまで戦意を失わない彼を見て、沙月は、実に小早川らしい――と思った。



 彼の身体から力が抜けたことを確認して、沙月はカタナで空を斬る。

 血を払ったのだ。


 それから鞘に納めないまま、当主に向かって一礼をする。


 沙月はそのまま、会場の中央から離れ、カタナの手入れをした。

 振って血を落とし、布で拭き取り、油をしみこませた別の布でもう一度拭く。


 先ほどの対戦相手を見れば、ポーションを用いて腕の治療をしている。

 ダンジョン産のポーションさえ使えば、彼はまた剣を握れるようになるだろう。


 沙月の次の相手が戦おうとしている。

 上総兄弟の弟・龍之介が勝ち残れば、彼が次の相手だった。




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 小早川家について調べているうちに、オレはこの場所自体に違和感を持ち始めていた。

 何がどうとかじゃない。

 直感レベルでしかないことだ。


 今から五年後、西日本は大きな被害に遭う。

 巨大な、山の神を名乗るモンスターが発生したのだ。


 その発生地が広島の、この辺りだった。

 日本中の探索者や、海外の有名な探索者などを招聘して戦った。

 しかし、多数の死傷者を出した上に倒しきれなかった。


 そのため、封印するにとどまったのだ。

 未来でもその脅威は払しょくされておらず、その封印は十年ももたないだろうと言われていた。


 もちろん当時、それなりに強くなっていたオレも参戦した。


 だが、そこは地獄だった。


 相手は山のような巨体。


 目の前で次々に探索者が死んでいく。

 その『神』が手を振るだけで、十数人の上級探索者が致命傷を負う。


 そしてなぜか、敵方につく探索者がいたのだ。

 神に力を与えられる約束をされたのか、それとも洗脳されたのか、死体を操っていただけなのか。

 それは最後まで判らなかった。


 だがそれらの探索者は、一人一人が精鋭だったという。


 これが発生するのは今から五年後のはずだ。

 だから、今回の小早川の事件は何も関係がないはずなのだ。



 オレは気になる心を抑え、別の方向へと意識を向けた。



 オレは小早川沙月さんの許可を得て、彼女に撮影用のドローンをくっつけている。

 さらに今のオレができる力のすべてを注いで、隠形させている。

 手間がかかる上に、材料が希少なのであまりやりたくない。


 だが、今回は必要経費だ。


 そう思って意識を向ければ。


 決勝で会おうぜ! みたいな、マンガでよく見る展開をやっていた。


 ――ホントにあるんだ。アレ。


 オレは横目で彼女の様子を見ながら、もう少し調べることにした。

 パッと見た感じ、死ぬ可能性はあまり高くなさそうだ。

 ちゃんと死ぬ前に近くの剣士が止めている。


 予選であれだけ殺しまくった様子なのに、本戦はわりと過保護だな――と少し不思議に思う。


 調べるに際して、図書館の地元の古い文献を当たろうかとも思った。

 だが、神社にもそういった歴史的に古い文献はおいてあるはずだった。

 古くからいる神主などならば、文献には残らないような口伝も知っているかもしれない。


 少し考えた結果、オレはいくつかの神社に電話で連絡をし、一番目的に合致しそうな神社へと行くことにした。




   ◆オマケ◆ ※読まなくて大丈夫です!


・呪具『血蟲』

・レアリティ:★★★

・効果

 人間の体内に入ることで効果を発揮する。人の思考に影響を与える。また望まぬ行動をしたときは苦痛を与え、コントロールすることができる。

 とある陰陽師によって調整されたこの血蟲は、恐怖を大幅に薄め、自分の考えに強く固執するようになる。


 以下の技能に+1Rankする。

『判断速度』『確固不動』『不撓不屈』


 以下の技能に+2Rankする。

『恐怖耐性(死)』




・名前:伊予小早川悠斗(こばやかわ ゆうと)

・レアリティ:★★★★

・年齢:17歳

・身長:170cm

・外見:

細身。透き通るような瞳と、長めの髪が特徴。

女性のようにも見える、はかなげな容姿。


・性格・特性

 家族の名誉を守るため、剣術に対する情熱が非常に強い。

 決意したことに対しては、強い意志で突き進む。

 前回の武祭にて死んだ兄たちへの深い愛情と尊敬の念を持ち、彼らの遺志を継ごうとしている。


・特異能力・スキル

《先天的技能》

剣技の才能B:刀剣系の技術の成長に中程度の補正あり。

体術の才能C:体術系の技術の成長に少量の補正あり。

槍術の才能B:槍術系の技術の成長に中程度の補正あり。

弓術の才能B:槍術系の技術の成長に中程度の補正あり。

鎖鎌の才能D:鎖鎌系の技術の成長に僅かな補正あり。

忍術の才能B:忍術系の技術の成長に中程度の補正あり。

乗馬の才能A:馬や類似した乗り物を扱う技術に大きな補正あり。

陰陽術の才能C:陰陽術系の技術の成長に少量の補正あり。

直感D:なんとなく危険を感知できる。精度は僅か。

俊足B:機敏な動作が可能。行動速度に中程度の補正あり。

筋力C:見た目以上の力を発揮できる。力に少量の補正あり。

《後天的技能》

剣術使いC:刀剣類を使用するときに少量の補正がかかる。

体術使いC:体術を使用するときに少量の補正がかかる。

判断速度C→B:判断速度に大きな補正あり。その判断が正しいか否かには無関係。

確固不動B→A:一度決意したことや持論に対して、他者の意見や説得に動じることなく固執する。何か新しい情報や意見があっても、それを受け入れることが非常に難しい。

不撓不屈B→A:一度決めたことを最後まで突き進む。外部からの誘惑や挑戦に対して動じない。即ち、不利な状況や危険を顧みずに、目的に向かって進む強靱な意志を持つ。

恐怖耐性(死)B→S:死の恐怖を大きく軽減し、極限状況下でも死を恐れずに行動できるようになる。


背景

 歴史ある武士の家系で育ち、幼い頃から厳しい剣術の訓練を受けてきた。

 三人の兄が武祭で命を落としたことが、彼の人生と剣術に大きな影響を与えている。

 家族の名誉を回復し、亡き兄たちの夢を叶えるために剣術を極めようとしている。

 兄たちの剣技に対する強い憧れを持ち、彼らの技術を超えることを目指している。


 悠斗という名前は、死んだ兄のうち一人の名前である。それを継承している。

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