第92話 武祭本戦会場へ《SIDE:小早川沙月》

   ◆《SIDE:小早川沙月》


 会場は三原駅より在来線に乗り換え、南下した場所にある。



 海に突き出た鳥居があった。



 その鳥居のすぐ近くに小さな稲荷系の社があった。だが、その脇を通り抜けていく。


「えーっと。こっちよね?」


 道に沿って歩くと獣道としか言えない場所があり、立ち入り禁止と看板が立ててあった。

 その看板の奥へと進む。


 沙月は人気が少なくなったのを確認し、マジックバッグからカタナを取り出し、身に着ける。


 なんとか修理の間に合った翠風剣である。

 鈴木鉄浄は武器の修理を、武祭までに間に合わせてくれたのだ。

 だが、修理が終わってからまだ一週間と経っていない。

 新たな技を使えるほどに修練することはできなかった。


 獣道をしばらく進むと鳥居があり、その下をくぐると、開けた石畳の場所と社があった。


 すでに十人近い剣士がいた。和装にカタナを帯びている。


 その中の一人が沙月を見つけて、近寄ってきた。


「こんにちは。初めまして。わたしは本家の小早川紫苑と申します」


 姫カットというのだろうか、長い黒髪の少女であり、優美な印象だ。

 だがどこか冷たさを秘めた美しさだ。


 まさかこの場で、友好的に挨拶されるなどとは思わず、沙月は少し戸惑ってしまった。


「え、あっ……はじめまして。武蔵櫻の沙月よ。よろしく」


「ええ。知っていますよ。沙月さん。あなたは、配信者というのをしているのでしょう?」


「あ、知っててくれてるんだ……」


「余裕があっていいですね。今日もまさかこの本戦に来るとは思いませんでした。おめでとうございます。運もよろしいのですね」

 どこか含みを持たせながら紫苑は言う。


 沙月は微笑んで返した。

「うん。ありがとうね。運? は、なんのことかわからないけれど……」

 まさか褒めてくれるとは思わなかった沙月は、ちょっと嬉しくなっていた。


 紫苑はなぜか肩透かしをくらったような表情をして、すぐ元に戻る。

「剣術をおろそかにして配信者をするなんて、分家の方はよほどお暇があるんですね」


「え? 暇じゃないわよ? ダンジョン配信者をしたのも剣の腕を磨くためだし、でも確かに運はいいかもね。すごくいい出会いがあったから……」


「楽しそうで羨ましいです。わたしは剣の道一本に絞ってるので、そんな時間がなくって」


「そうなの? 大変だね。でも紫苑ちゃん、かわいいし、華があるから、配信したら人気でそうよね」


「えっ……。えぇ……?」

 なぜか紫苑は困惑した様子になっていた。


「うん。すごく雰囲気あって、いいと思うわ」

 沙月が言うと、紫苑は不機嫌そうになる。


「そうですか。わたしを、馬鹿にして……。今日の戦いで思い知らせてあげます。本家と、分家の違いを」


「え。やっぱり伝わってる剣術とかも違うもんね本家の剣術、見てみたいな」


「ッ……! もういいです。では、失礼します」

 紫苑は不機嫌な空気を漂わせて、沙月から離れていった。


 次に寄ってきたのは上総小早川兄弟だった。

 長髪細身で名無しの兄と、短髪巨躯の龍之介だ。


「おまえ、すっげェな……。マジで気づかなかったのか? それとも気づかないふりかァ?」


「へ?」


「マジでわかってない感じかァ……。逆にすげェわ……」


「え? なに? どういうこと?」


「さすがに私でもわかったぞ。沙月殿。貴殿は相当馬鹿にされていましたぞ」


「え? なんで……? バカにする理由なくない?」


「ぜってェ、嫌味だっただろアレ……。目の敵にされてんなァ、オマエ。ところで、ちゃんとメシ抜いてきただろォな?」


「当たり前でしょ。何言ってるの」


「そォだよなァ……。本戦ではなるべく殺さねェように言われてるとはいえ人死は出るだろォからなァ……。中身空っぽのほうが、掃除が見苦しくねェ」


「それにしても予選というか、本戦前まではいくらでも闇討ちして良いという話なのに、本戦からはなるべく殺すな――というのはやや不可解ではありますなぁ」


「ま、お互いあたったら全力でやろォや。手加減すんなよ。俺もしねェ……。でもできたら死ぬんじゃねェぞ?」


「まさか心配でもしてくれてんの?」


 上総兄は嫌そうな顔をして口を開く。

「ちげェよ。てめェの後ろのバケモンとやりあいたくねェんだよ」


 すると龍之介は不服そうに言った。

「兄上。戦う前から逃げるのはどうかと思いますぞ。小早川の家訓に反する」


「……つってもよォ……。この世界全部の幸運が俺に降り注いだとしても、ありゃァ、無理だ。オマエは感じなかったかァ?」


「…………だとしても、私たちは小早川。逃げることは許されない。逃げるくらいなら、戦って死なねばなりませぬ」


 兄が龍之介に耳打ちした。

「オマエ、まだ・・そう思ってンのか?」


 その問いに龍之介は無言で応えた。


「実はよォ……。アレ・・とってもらってからよォ……。その気持ちがすこォし、弱くなってんだよなァ……」


 言われて、沙月も小さく頷いた。

 ハルカに血蟲をとってもらってから、なんというか、気持ちが軽いのだ。

 それまでは「負けたら死なねばならない」「逃げてはならない。逃げるなら死なねばならない」「目の前のすべてを打ち砕かねばならない」といった、強迫観念のような気持ちが心のうちに強くあった。


 だがその気持ちが、かなり和らいでいる気がするのだ。



 そんなことをしていると、次第に人がこの会場に集まってくる。

 会場の人数が二十人近くになった頃、壮年の男が姿を見せた。


 彼は強者の風格と、どこか不吉な雰囲気を漂わせている。


「今回は、かなり残ったな……。まぁいいだろう」


 和装で総髪の男である。

 彼の声はさほど大きくはないが、なぜか耳に残る。



 その後ろから走ってくる少年がいた。

「おっ! よかった! 間に合ったぁ~!」

 そう言って壮年の男の脇を通る。


 壮年の男から、殺気が放たれた。


 その一秒ほど後である。

 壮年の男がカタナに手をかける。


「へ?」


 先ほど、間に合った、といった少年の首が斬り落とされた。


 ころりと首が落ちる。


「この程度も防げぬ貴様は不合格だ。間引きの対象である」


 壮年の男はそう言って、じろりと全員を見渡した。


「残った貴様らは、武祭本戦への参加資格を認める」


 壮年の男は冷たい声でそう言った。




 そして、戦う順番を決めるくじを引かされたのだった。






   ◆オマケ 海辺の鳥居◆


 海にある鳥居は、海神や、交通の安全を司る神の通り道である。

 鳥居をくぐって道なりに進むと、社や拝殿にたどり着く作りとなっている。

 通常であれば稲荷神社に海上鳥居が作られるはずがないのである。

 またこの海辺の鳥居は伝承などが存在しない。

 どうしてこのような鳥居が作られたのかは謎に包まれている。


 なぜ、この鳥居は由来が何もないのか?

 なぜ、不自然なほどすぐ近くに稲荷神社があるのだろうか?

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