第89話 東京の小早川さんち!

 オレは武蔵小早川櫻家の前にいた。

 すると――。


「姉さまお帰りなさーい!」


 ちっちゃい小早川沙月さんが、大きい小早川沙月さんに抱き着いてきた。


 オレはちょうど今、小早川沙月さんを家まで送り届けたところだった。

 彼女が住むお屋敷の前まで行くと、和装の小さな子どもたちが五人ほどいたのだ。

 見れば一瞬で、小早川沙月さんの弟妹だと判る。


 彼女たちはよく似ていた。


 小早川沙月さんは柔らかな声音で言う

「はいはい。ただいま。葵。ちゃんと剣の練習はしてた?」

「うんっ! したー!!」

 抱き着く妹を、小早川沙月さんは優しく撫でる。


 中くらい大きさの小早川沙月さん(おそらく妹)が、口を開いた。

「姉さま。無事のお帰り、とても嬉しく思います。ですが、無理はなさらないでくださいね」


「はいはい。大丈夫よ。咲良。心配してくれてありがとうね」

 そう言ってもう片手で咲良と呼ばれた少女の頭を撫でる。


「うっ……。姉さま、恥ずかしいです。もう咲良は撫でられるような年齢ではありません」


 咲良と呼ばれた少女は、つん、と横を向く。

 オレと目が合った。


「ハルカさまですね。姉さまがいつもお世話になっております」


 小早川咲良ちゃんに深々と頭を下げられる。


「ああ、いや。特に何もしてないから、気にしないでくれると嬉しい」


「いえ。姉さまより、いつも聞いております。とても強く凛々しく素晴らしいお方だと。私は動画でしか見ておりません。ですが、私も同じくそのように感じました」


「ありがとう。嬉しいよ」


「本日は、姉さまとご一緒にお泊りですか?」


 そこで、中くらいの妹がぶっこんできた。

 その言葉にオレが答える前より先に叫び声があがった。


「咲良ァ! アンタねえ!? し――ハルカさんとは、そういうんじゃないから!」


 顔を赤くして小早川沙月さんが怒っている。


 咲良ちゃんは少し声を落として言う。


「ですが、もしかすると最後の夜になるかもしれません。であれば、最期に想いを遂げ――」


「咲良ァ!! ――だからちがうっての!」


「ですけど」


「いい加減にしないと怒るわよ!」


「姉さま。一般的に言って、声をそのように荒げた状態というのは、怒っていると判断されますよ。ですから正しくはないかと思います」


「……いちいちうるさいわね……」


 そこに小さな男の子が泣きそうな声で言った。

「姉さま!!」


「なに、どしたの」


「ぼくが、明日! 姉さまの代わりにいくよ! だから……!」


「はいはいはい。あんたじゃまだ無理でしょ。ちゃんと練習して、ちゃんとごはんたべて、ちゃんと寝て、強くなんのよ。わかった?」


 そう言って今度は男の子の頭を優しく撫でた。


「うぅ……。姉さま……」


 その様子を見ながら、咲良ちゃんが言う。


「…………姉さま。今からでも、辞退することは叶わないんですか? 今回辞退したとしても、次の武祭で、私が、私たちが勝ちます。だから、だから……」


「はい。落ち着きなさい。咲良。大丈夫。ちゃんと勝って帰ってくるわ」


「で、ですが……」


「心配しなくても、あなたのお姉さまは強いんだから」

 そういって小早川沙月さんは温かな微笑みを浮かべた。


 言われた咲良ちゃんは涙声になる。

「ね、ね゛え゛ざま゛……。で、でも……」


「私は、すっごく強い師匠に鍛えてもらったから、もうそれはそれは強くなったの。――ね。師匠」

 沙月は申し訳なさそうな顔をして、片目をつむってオレに合図してきた。

 合わせてほしい、ということなのだろう。


「ああ。沙月さんはすごく強いから、大丈夫だよ」


「だからね、私は絶対に、死なないわ。だから、大丈夫よ」

 小早川沙月さんは首元に幼女がしがみついた状態のまま、咲良ちゃんを抱きしめた。


 咲良ちゃんが泣き出した。それを皮切りに、他の弟妹たちも泣き出してしまう。


「ごめん。ハルカさん。ちょっとこの子たちを部屋に連れて行ってきますね。今日はハルカさんの寝床もここに作らせます。――少し待っててくださいね」


 そう言って小早川沙月さんは弟妹たちを屋敷の奥へと連れて行った。




 それから少しして、小早川沙月さんが戻ってきて、和室へと案内してくれた。

 すでに布団は準備されており、その部屋は歴史ある旅館のようにも見えた。


「ごはんは、あとで運ばせます。だけど私は今日は――」

 そういって少し迷うようなしぐさを見せて、続ける。


「私が家族と会えるの、これで最後かもしれないから……。ちょっと行ってきていいですか?」

 それは少しだけ不安げな顔だった。

 だが、すぐに小早川沙月さんはいつもの勝気な表情へと戻った。


「ああ、いっておいで」


「はいっ! 今日は、みんなで一緒に寝るんです」


「そっか。いろいろと話しておいで」


「はい。では、ハルカさん。また明日。――あ、そうそう。うちのお風呂、結構広くていいですよ」

 そう言い残して小早川沙月さんは部屋から出て行った。



 そのあとである。

 また、和室の入り口から声がかかった。

「すみません。今、よろしいですか?」


 なぜか小早川沙月さんの妹である咲良ちゃんがやってきた。


 そして彼女は――。

 こんなことを告げてきた。


「ハルカさま。今こちらに姉さまを泊まらせるため、説得をしております」

 とか、

「最後の思い出を――」

 とか、

「姉さまが男性の方を連れてきたの初めてなので絶対大丈夫です。いけます」

 とか、

「十五歳といえばすでに元服の時です。だからこそ武祭への参加資格もあります。だからですね。先に、夜の武祭をして勢いをつけましょう!」

 とか。


 夜の武祭て。


 そんなことをさんざんオレに言って、部屋へと戻っていったのだった。

 というかオレが部屋に戻らせた。

 説得はわりと大変だったけど。


 妹や弟たちと仲はいいようだ。

 もしあの最初のゴブリン戦で沙月さんが死んでいれば、妹や弟がどれほど悲しんだことか。


 それは、この先の武祭でもそうだ。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ヒノキ作りの風呂はとても広く、五、六人は余裕で入れそうなところだった。


 オレは小早川沙月さんの家に泊まりながら、真白さんに状況報告の連絡を入れた。

 真白さんは『ハルカくんはまだ若いんですから、責任が――いえ、全然とれそうですけど。でもとにかく、まだだめですよ。悪い人に騙されたりしないでくださいね。みんなハルカくんを狙ってる狼なんですからね。女は狼です』と謎に諭そうとしてきたのだった。




────────────────────────

あとがき


沙月ちゃんちにお邪魔しました!

家族仲がいいのはいいことですね!


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

ブクマ・高評価・応援コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


仲良さそうだなあとか、沙月ちゃんもかわいいところあるじゃん、などなど思ったら、ブクマ高評価よろしくお願いいたします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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