第87話 武祭について

 オレは建設中の建物の中で、小早川沙月さんの話を聞いていた。


 先ほどの小早川沙月さんの話で、気になるところはいくつもあった。


 十数年に一回で武祭は行われているらしい。

 その周期で殺し合いをするなど、回数が多すぎる。

 小早川沙月さんの言い分をそのまま受け取れば、すぐに血族が全滅してしまいかねない。


 殺したと言って実は殺していないという、実は平和な方向性でした! 

 ――というのはありえない。


 横浜で出た死体が否定している。

 あれは、確実に命を失っていた。


 そして武祭とやらが十数年に一度行われてきたというなら、もう一つ問題がある。


 ダンジョンが発生する前から行われていたということだ。


 だというのに陰陽系の術であろう、血の蚕が使われていた。


 であれば、ダンジョン発生以前からファンタジーな要素がこの世界には存在していたということか?


 ――ううむ。


 オレがそう唸っていると、上総小早川兄弟の、兄のほうが「う、うう……」と目を覚ました。

 そして飛び起きたあと、オレと小早川沙月さんを睨みつけてくる。


「てめぇら……やっぱり組んでやがったかよ」


 小早川沙月さんがため息とともに言う。

「別に組んでないわよ」


 上総小早川兄は険しい顔で小早川沙月さんを見る。

 その後、オレを見た。

「――アンタがいるなら、もうどうしようもねェよなァ……」


 上総小早川兄は探るような顔つきでオレを見て言う。


「んでよォ、俺らは生きれんの?」


 おお。そうだった。

「忘れてた」

 オレはそう言って、カタナを抜いた。


 すると上総小早川兄は完全に諦めたような表情をする。

「チッ……。殺せ」


 血の蚕を取り除こうと思ったが、血の蚕の位置がわからない。

 発動していないと非常にわかりづらいようだ。


「武祭について話してくれ」


「…………あー。無理だと思うぜ? それ話せないようになってんだよなァ。それに殺すなら早く殺してくれねェ? ああ、でも龍之介のほうが見逃してくんねェかな。頼むわ」


 非常に軽い調子で言う。


「死ぬとか生きるとか、殺伐としすぎじゃないか? ダンジョン潜ってりゃ死は身近だけど、外じゃそうでもないだろ」


「ウチはそうじゃねェんだよなァ……。俺は戸籍とかねェから殺しても問題になんねェと思うが、龍之介は戸籍があるから殺さないほうがいいと思うぜ」


 もう情報多すぎて意味がわからん。


 ――なんだよ、戸籍ないって。


 すると小早川沙月さんが口を開いた。

「嘘ね。ウチの家系は死んでも問題になりづらいわ。だから両方ヤっちゃっても問題ないでしょう? 違うかしら。上総の。――まぁ、こんな武祭してるって広まっちゃうと面倒だから、『殺したら顔は焼け』って言われてるけどね」


 上総小早川兄が深い息をついた。

「まァ……武蔵櫻の奴がいたら騙せねぇかァ……。まぁ負けたからにゃァ、死んでも仕方ねェわなァ……。弟だけでもって思ったけどよォ……」


 え。

 なに?

 オレがおかしいのか?

 正直こいつらの会話が、もはや異世界だった。

 知らないうちにパラレルワールドに紛れ込んだりしてる?


「……お前ら本当に現代日本の人なのか? あと戸籍ないって何?」


 オレが尋ねると、上総小早川兄は小早川沙月さんを見た。


「あー……。話してねェの?」


「そういえば、あんた戸籍ないの?」

 小早川沙月さんも不思議そうに尋ねる。


「えェ? お前んち、みんな戸籍あんの? それが俺ァ、武祭のため、にっ――ぐ――」

 上総小早川兄は苦しそうに呻いた。


 やはり、内臓にいる何かが悪さをしているようだ。

 蚕が発動したことで場所を理解したオレは、そこにカタナを突き入れる。



「ガッ……。アンタほどの、人なら、こんなだまし討ち、なんか、しな、くて、も……」



 オレはその言葉を無視して、上総小早川兄の内臓に手を突っ込み、蚕を取り出して握りつぶした。

「おとなしくしてろ。殺さないから」

 そういって上総小早川兄を魔法で癒す。


「……んなことまでできんのか。うえ。きめェ……。こんなのが入ってたんかよ……」


 オレが握りつぶした血の蚕を見て、上総小早川兄は口をおさえた。


「これでオレは一応お前を助けたわけだ。知っていることを話してくれるか? とりあえずお前ら全員小早川でわかりづらいから名前を教えてくれ」


「アー……。名前はねェよ。戸籍ないっつったろ。登録されてねえ」


「ええ……? 名前もないの?」


「ねェよ。最近は義務教育だなんだとうるせェって話でさァ。全部ブッチしてもいいんだけどよ、あんまりやりすぎると問題が起きんだろ? だから最初から登録しねェって親父が言ってた」


「――最近!?」

 義務教育の始まりは100年以上前だが?

 こいつ、オレ以上にタイムスリップしてきた感あるぞ。

 戦国から武将が現代に!? みたいなやつ。


「そりゃァ最近だろうがよォ。俺らの家は平安から1000年近く続いてんだぜェ? 今の国なんざ赤ちゃんよ。んな赤ん坊の作った決まりに従う道理なんざねェわな」


「暴論過ぎる……」


 それから上総小早川兄は話し始める。


「まァそんな訳で、小早川には戸籍のねェ奴らが結構いんだよ。家でずっと剣術と小早川家の教えについてオベンキョーさせられてよ。全部が武祭のため……っつー話だよ。んで生き残った奴が死んだ奴の戸籍を貰うらしいんだわ。だから今回の武祭で龍之介が死んだら、俺が龍之介になんのよ」


 そんな簡単に成りすましていいもんだっけ……?


「……えぐすぎない?」

 オレは自分が常識人ではないという自覚はある。

 あるが――なんというか、こんな話を聞くとかなりヒくな……。

 絶対こいつらおかしいよ。


「んで武祭の目的は、最強を見つけるため、だったかなァ……? この辺はほとんどわかんねェんだよなァ。勝者ンなったら教えてもらえるって聞いてる。親父も勝ってねェから、しらねェってよ」


「……うーん。そんな血なまぐさい祭にさ、参加したいの?」

 むしろなんで参加するの?


「そのために生きてっからなァ……。あーでも、しなきゃいけねェって気持ちがかなり薄くなってんな」


 上総小早川兄は自分の胸に手を当ててからオレを見た。


「アンタにあの虫とってもらったからかね……。…………ありがとうよ。わりぃんだけど、弟のもとってやってくんねェかな」


 あー……。思考制御も受けていた感じか。


「まぁ、いいよ」


「あと、俺の弟たちの奴もとってやってくんねェかな。あと十二人いるんだけど」


 龍之介も含めて十三人の弟が!? いや、妹もいるかもしれんけど。


「そんなにいるのか!?」


「……俺が何でもすっからよォ……頼むわ。すまねェけど……」


「いや、いいよ。いいんだけどさ……」

 それにしても兄弟多くね?


「ずいぶん兄弟が多いのね」

 と小早川沙月が口をはさむ。

 そうだよな。多いよな――とオレが小早川沙月さんに共感を抱いていると。


「うちは弟妹合わせて5人だから、倍以上ね」


 そっちも多いが???


 とりあえず、武祭の周期が短い理由が分かった。


 数で解決してるだけだこれ。

 めちゃくちゃ数増やせば、短い周期でバトロワできるのかもしれん。

 バトロワしていなかったら、日本で一番多い苗字が小早川になっていた説まである。


   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 そのあとオレは龍之介を起こし、武祭について話させた。

 そして龍之介の内臓の蚕が暴れているうちに、カタナを刺した。


 その様子を見た上総小早川兄が目を見開いて言った。


「アンタ……すげェな。その感知能力、なんだ。俺には全然わかんねェ……」


 それから直接蚕を取り出したあと、龍之介の腹部に手を当てる。


「マジですげェなアンタ……。なんでもできるじゃねェか……。マジでナニモンだ?」

 と上総小早川兄は茫然とした様子で、オレを見ていた。


 治療を終えた龍之介は、上総小早川兄から事情を聞いた。


 すると彼はオレに平伏した。


「……ハルカ殿。襲ってしまった我々に、この寛大なご処置、かたじけのうございます……」


「ホントに、サンキュな……。マァジで助かったわ。この恩は、ぜってェ返す。マジで返す。将軍様に誓ってもいいぜ」


 ……将軍様?

 と思ったが、オレはスルーした。

 絶対こいつら戦国時代から来てると思う。

 オレが未来から来たんだから、過去から来たやつらいても不思議じゃないだろ。


 ……たぶん違うけど。




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 その晩は、近場のビジネスホテルの隣室を借りて泊まることとなった。

 誰かが襲ってきてもオレはわかるし、戦える人間が他に三人もいる。


 しかし、問題があった。


 隣り合った部屋がダブルの二室しかなかったのだ。


 片方は上総小早川兄弟が泊まった。

 そしてもう片方の部屋はオレと小早川沙月さんということになった。


「……にしてもダブルか。オレは床で寝るよ」


 オレがそういうと、待ったがかかった。


「いえ。私が床で寝ますよ。ハルカさんは本来こんなところに来なくてもいい人じゃないですか」


「沙月さんこそ、明日顔見せの儀っていうのがあるんだろ。ゆっくり休んだ方がいい」

 どうやら、例の顔見せの儀というのは、明日の昼頃からあるようなのだ。


「そうですけど……」


「じゃあ沙月さんがベッドで」


「……わかりました。私も床で寝ます」


「ベッドが空いてて本当に無駄にじゃないか? 使いなよ」


「…………ではハルカさんもベッドにどうぞ」


「でもなぁ…………」

 まぁ同じベッドで寝たところで、何かあるかっていったら、別に何もないだろうが。


「ハルカさんは私に何かするつもりなんですか?」

 ほっぺたを膨らませた小早川沙月さんが言う。


「いや、しないが?」


「じゃあいいじゃないですか!」

 彼女はパンパンとベッドを叩いている。


「…………いやでもなぁ……」


 オレがためらっていると、小早川沙月さんが頬を押さえながら言う。


「やっぱり、するつもりなんですね? まぁ師匠も一人の男の子ってことですね」

 なぜか知らないが、彼女は少し勝ち誇った様子だった。


「君が襲ってくるんじゃないかって思ってるだけだが」


 ちょっとふざけてみると、小早川沙月さんが叫ぶ。


「はぁ!? 襲いませんけど!??」


「ホントにぃ?」


「ホントです! 賭けてもいいですよ!?」


 ともかく、そんなやり取りの結果、ベッドの真ん中に予備のシーツやら、浴衣などを置いて仕切りを作って寝ることになった。




 そして今は、小早川沙月さんがシャワーを浴びている。

 安いビジネスホテルの薄い扉越しに、シャワーの音が響いている。

 着物と、着物の帯がベッドの上に畳まれて置かれている。

 彼女は肌襦袢を身に着けたまま、お風呂場へと行った。

 


 オレはベッドに腰かけたまま、風呂場に声をかけた。


「というか、沙月さんさ。蚕の強制力はなくなったんだろ。なら、もう武祭から降りてもいいんじゃないか?」


 しばらくシャワーの音だけが響く。

 それから、声がした。


「…………降りる気は、ないです」


「どうして?」


「…………即断即決して、進むしかないんです。私は、そう教えられてきました」


 家の教えか。それは彼女を強くしただろう。だが、そのせいで彼女は死ぬ運命にある。

 最初は初めて会ったダンジョンでの、ゴブリンの特殊固体との戦いだ。あれで彼女はおそらく死んでいただろう。未来を見ると、そうとしか思えない。


 そして今回は生き残ったというのに、武祭というもののせいで、また死なんとしている。


 彼女の考え方は、まるで死ぬための考え方のように思えた。


「選択肢を変えてもいいんじゃないか? 別にそれは、逃げることじゃないと思うよ。とれる手段は前より増えてるしさ」


 少なくとも血の蚕を除去する前よりは格段に増えている。

 小早川沙月さんはしばしの間をおいて返す。


「崖があるとするじゃないですか」


 唐突だった。何かのたとえ話か?


「崖が?」


「はい。向こう岸は遠くて、遠くて、跳べるかわからない。下はどこまで続くか判らない奈落。落ちたら死んでしまう。そんな崖です」


 シャワーの音が続く中、小早川沙月さんは言う。


「私は、その向こう岸に行きたいんです。でも、跳べないかもしれないって思ったりしたら、跳べないんですよね」


「……気持ちの問題か?」


 少し答えに迷うような間があった。


「それも、あると思います。跳べないかもしれないって疑ったら、跳べる距離が短くなると思うんですよ。だから、もし全力を尽くしても跳べない崖だったとしても。跳べると信じて跳ぶしかないと思うんですよね。たとえその結果、落ちて死んだとしても」


 それはそうだ。

 落ちたら死んでしまう。跳びたくない。そんなことを考えながら跳んだら、向こう岸にはたどり着けないだろう。

 だけど。


「死んだら何にもならない」

 生き残らなければ意味がない。

 無駄死にだ。


 少なくとも前回の世界線の彼女はそうだった。


 シャワーの音が止まる。


「……私は武祭で勝ちたいんです。勝って、風響流の強さを広めたい。そうすれば再興だってできます。だから、逃げません。全力で走って、跳ぶだけです」


 小早川沙月さんはそう言った。

 彼女の声には強い決意がこもっていた。


 他人が強く決めたことに口をはさむのも無粋か……。

 そう思って、オレはこの場はこれ以上聞かないことにした。

 



   ◆ ◆ ◆


 その後に真白さんから電話がかかってきた。

 真白さんはすごく意気揚々とこう言った。


『ハルカくん! 小早川家について、すごいことがわかりましたよ!』


「すごいこと……。いったい、どんなことが?」


『小学校の同クラの人とか、例の下野小早川家の近所の人を当たってみたんですよ。そうしたら、普段見ない子どもが家の中に入っていく事がたまにあったとか! それも一人じゃなくて、数名いたっぽいんですよね』


 あー。

 さっき上総小早川兄が言っていた。戸籍のない子どもたちだろうか。


『あとはこれは図書館で資料や新聞を当たってみたんですけど。結構、死亡率が高そうです。小早川家』


 あー。

 前回の武祭とかかな。

 小早川家も表向きの偽装をしたようだが、それでもなお、死亡者の多さは隠せなかったようだ。


 せっかく真白さんが調べてくれたが、オレはその情報をだいたい上総小早川兄に聞いて知っていたのだ。


 しかし、真白さんの調査は決して無駄にはならなかった。

 少なくとも上総小早川兄が嘘をついている確率が低いことがわかったのだから。


『えへん! 見直しましたか? ハルカくんは、もっとお姉ちゃんを頼ってくれていいんですよ! 明日からももっと調べてみます!』


 だが得意げな真白さんに「いやその情報知ってたよ」というのも気が引ける。


「さすが真白さん。まったく知らなかったよ。ありがとう。とっても助かったよ!」

 これくらいの嘘は問題ないだろう。


『へへ、えへへ。そうでしょう、そうでしょう! わたしは頼れるお姉ちゃんですからね!』


 嬉しそうに言う真白さんと少し話をしてから、別れの挨拶をする。


「ありがとう。真白さん。じゃあまた何かあったら教えてくれたら助かる」


『はいっ!』


 ちょうど通話を切ろうとしたそのとき、小早川沙月さんがお風呂から出てくる。


「ししょ――ハルカさん。あがりました。次、どうぞ」


『え!? 女の声!? 今の声なんですか!? ハル――』プチ。


 通話が切れた。というか切った。

 そのあと、真白さんから大量のメッセージが届いたのだった。





────────────────────────

あとがき


遅くなってごめんよ……!

毎日更新したいとは思ってるんだけど、間に合わなかった……!

でもできるだけします!


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

ブクマ・高評価・応援コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


ブクマ数が増えてると嬉しいです!

★が増えてるとモチベがあります!

ここが楽しかったよ! と応援コメントをもらうとやる気がみなぎります!


ですので、応援よろしくお願いします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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