第86話 夏祭り。和服着てるし、祭りとかいってるし、もう夏祭りでいいよね……

 オレは地に伏した二人を横目に、新たに現れた気配に視線を送った。


 それは美しい、黒髪の少女だった。


 着物姿の小早川沙月だ。


 着物はスリットが入り、動きやすく改造されているようだった。

 だがその一部は破れ、切り裂かれ、戦いをくぐり抜いた形跡が見て取る。


「……師匠。こんなところで何をしているんです?」

 不思議そうな表情を浮かべ、尋ねてくる。


「散歩してたら絡まれた。で、小早川沙月さんから来た手紙を読んだんだけど」


 オレが言うと小早川沙月さんはパァァァァと顔を輝かせた。


「ま、まさか師匠!? この弟子が心配で……!?」


「いいや。弟子じゃないぞ」


 オレが一瞬で切って捨てると、小早川沙月さんは残念そうな顔をする。


 彼女はオレの弟子などにならずとも一人で羽ばたいていける人間だ。

 それにオレは風響流ではない。

 源流が同じ流派を使えるとはいえ、あれは見よう見まねでしかない。


 本物ではないのだ。


 オレにゴースト配信者をさせた一流剣豪がいた。

 彼の過去動画を見て、見て、見て――


 鼻血が出るまで見まくって研究しただけだ。


 いわば剣術をリバースエンジニアリングしたまがい物だ。


 足りない部分はオレが考え、オレが強化した。


 そんな歪な技を継承していいのかという問題がある。

 ドイツ流剣術のように源流が消え去っていればいいかもしれないが、源流を汲む本物があるなら、そちらのほうがいいだろう。


 今思えば、前回の完成形を教えたのもよくなかった。

 オレは彼女の流派には関係のない人間なのだから。


「うん。弟子じゃない」


「うう……」


 小早川沙月さんはがっくりとうなだれた。


「それで、いったい何が起きているんだ?」


 尋ねると彼女は口をとがらせて言う。


「…………いえ。これは小早川の事情です。関係のない方を巻き込むわけには」


「教えろ」


 小早川沙月さんは上目遣いで言う。


「…………だって師匠じゃないんでしょう?」


「……師匠じゃない」


「大丈夫ですよ。私は、私で解決します。生きて、また会いにきますよ」

 そう言って小早川沙月さんは儚く微笑む。


 しかし、今ここで転がってる二人の男がいる。

 こいつらすら、小早川沙月さんと同等か、やや格上くらいだとオレは思っていた。

 そのような戦いに身を投じれば、おそらく生きて帰ってこれないだろう。


「小早川沙月さん。君が死ねば、真白さんが傷つく」


 オレが言うと小早川沙月さんは両手で口を押さえた。


「…………師匠、もしかして真白さんを――」


「真白さんが傷ついたら、鉄浄さんが落ち込むだろ」


 小早川沙月さんが目を見開く。


「なんでそんな風が吹けば桶屋が儲かる理論なんですか!? というか鉄浄さんのこと気にかけすぎでは!?」


「そりゃ、そうだよ」

 鉄浄さんは、オレが関わらなきゃ大成功していた人間だ。

 オレがオレのために運命を捻じ曲げた。

 なら、オレがいたせいで不幸になった――などということになれば、とても気持ちが悪いのだ。


 それはそれとして、小早川沙月さんに稽古もつけなければならない。死なれたら困るのだ。


「そりゃそうだよって、えぇ……。私ハルカさんのことが分かりません……」


 いや、稽古をつけるということは、弟子みたいなものでは……? 流派の技は教えず、彼女の問題点だけを指摘すればいい。ということにしよう。


「よし。君は今から弟子見習いだ。さあ、事情を話せ」


「さっき弟子じゃないって言ってました! 事情を聞くためだけに言ってるでしょう!」


「おまえ、相当めんどくさいやつだな!!」


 オレが言うと小早川沙月さんがぎゃあぎゃあ騒ぐ。


「ハルカさんだってめんどくさいやつですよ!? 弟子じゃないって言ったり弟子見習いだって言ったり! この件はうちの事情です! 他ならないあなたに、ご迷惑をおかけしたくないのわかってくれませんか!? 私はあなたを大切に思ってるんですよ!!!」


 何か勢いでとんでもないことを言われたような気がする。だが引くわけにはいかない。


「そのご迷惑をおかけしたくない気持ちが迷惑なんだよ! もういい。じゃあオレは勝手にかかわるぞ!」


 オレが言うと小早川沙月さんは、はぁぁぁ!? と声をあげてから叫ぶ。


「なんでですか!?」


「ほらオレはバズ狙いの配信者じゃん。だから小早川家の秘密を暴いてバズを狙ってやる! ほら、関わる理由ができた」


 小早川沙月さんは顔をひどくしかめた。

 その後頭をがりがりひっかいた。


「あぁぁぁぁ! もうっ! 話しますよ! 話せばいいんでしょう!?」


「よし。話せ」


 言うと小早川沙月さんは左右を見回してから口を開く。


「…………とりあえず、場所を移しましょう」


「わかった」


「あと、その二人どうします?」

 そう言って彼女は倒れる二人の上総小早川に視線を送る。


「このままでいいだろ」


「殺すってことですね。了解です」

 当たり前のように小早川沙月さんは言った。


「は? ここに置いておくって言ったんだが」


 彼女は首を少しかしげる、

「置いといたらほぼ確実に他の小早川に殺されますよ」


「えぇ……? いやまあ、殺しても再生数に繋がらないし、オレが殺す理由もないよ。死ぬって知ってほっとくのもちょっと、なぁ……」


 ――ここ現代日本だよな?


 いくらダンジョンができて治安が悪くなったからって、そこまで世紀末じゃなかったと思うけど。


「その件についてもご説明しますから。彼らを殺さないのなら運びましょう」


 オレはため息をついてから、男二人の襟首をつかみ、引きずりながら歩いた。

 よく見れば二人ともなんかちょっと、汚れが目立つ。

 あまり触りたくはなかった。




   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 オレたちは建設中のビルがある場所に入り込んだ。

 まだ目覚めない二人はそのあたりに転がしたまま、小早川沙月さんと話す。


「それで、なんだ? 当主の座でもかけて戦ってるのか?」


 オレが問うと小早川沙月さんは眉根をひそめ考えるしぐさをする。

「……近い、といえば近いですけど。それよりは――ぐ、あ……カハッ……」

 小早川沙月さんが話そうとすると、強い邪な気配が、彼女の中から発生した。


 それは彼女の内臓に、何らかの作用を及ぼしていた。


 小早川家の使用人である村上翁にかかっていたものと似ている。


 あちらは一般人で体力もなかったから、とれる手段はなかった。


 しかし、小早川沙月さんはかなり有能な探索者である。

 とはいえ、内臓を直接攻撃されているようだった。さほど長くはもたないだろう。



「小早川沙月さん。オレを信じろ」



 オレはマジックバッグからカタナを取り出す。


 小早川沙月さんの腹へめがけ、構え――突いた。


 小早川沙月さんは一瞬身体をこわばらせた。

 しかし、反撃することもなく、それどころか防御することすらなく、オレの攻撃を受け入れた。


 カタナの切っ先が、彼女の腹部を貫く。


「……これ、は――かはっ。なん、ですか……?」

「喋るな。少し待て」


 オレはカタナを引き抜く。

 鮮血が噴き出る。


 彼女の腹の中に直接手を入れ、内部にあるものを掴んで、引き抜いた。


 オレの手の中には、赤い蚕のような蟲が握られている。

 カタナで貫かれて、ソレ・・はもはや死に体だ。

 ソレを握りつぶした。


 そののちに、オレは小早川沙月さんに回復魔法を施す。


「……なんですか。今の」

 ぞぞぞ、と鳥肌を立たせて、小早川沙月さんは自分の身を抱いた。


「……おそらく陰陽術系の呪いだな。思考を制御してて、特定のことを話せなくしている可能性が高い。他の効能は不明だ」


 小早川さんの家の村上翁も話しづらそうだった。そして、話したらいきなり体調を悪くした。

 小早川沙月さんもなかなか話そうとしなかったし、話そうとしたらいきなり血を吐いた。


「体調は大丈夫か?」


 小早川沙月さんは手をぐーにしたり、ぱーにしたりして動かしてから口を開いた。


「ええ。全然大丈夫です。お話の続きでしたね。当主決定戦というより、生き残るために近いです。小早川に生まれた以上は、この、武祭には参加しなければなりません。十数年の周期に一度行われるんですよ」


「……武祭ってのが開催されたから、日本使ってバトロワでもやってる感じ?」

 オレは馬鹿馬鹿しいと思いつつ言った。


「武祭の開催はもう少し先ですね」


「え。でももう殺し合ってるよな?」


「ちょっとハルカさんが何を言ってるかわからないんですけど。ええと……武祭の開催が決まるじゃないですか」


 オレは君が何を言っているかわからないよ。


「はい。決まります」


「じゃあ殺しますよね」


「え」

 武祭開催決定! → じゃあ殺しましょ! ってこと!?

 流れ早くない???


「戦うことが決まってるなら、いつ殺しても同じですよね?」

 何かおかしいこと言ってる? と首をかしげる小早川沙月さん。


 ――宮本武蔵かよ。かの剣豪も似たようなことを言っていた気がする。

 小早川の教え狂ってるな……。


「それで、ええと。明日に『顔見せの儀』があるんですよ」


 また新しい奴でてきた。


「顔見せの儀?」


「ここだと六義園ですね。東京・千葉・茨城の小早川は六義園でお互い顔見せをします。そのために、参加する小早川は決められた期日から現地付近にいなきゃいけないんです」


 間に合わないことを防ぐためだとか――と小早川沙月さんは言った。


 横浜でも、そういうのがあったってことか?


 ああ。

 これは――。

 当主選定の儀などより、生臭い匂いがする。


 ルールと教えによって行動をコントロールして、殺し合わせている。

 そんな気がした。

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