第85話 vs上総小早川兄弟

「では、この地より去っていただけますな?」

 短髪着流し姿の男――小早川龍之介が言う。


「それはちょっと無理だな。一応この辺りに用事があってさ」


「ほう……」

 空気に剣呑さが含まれる。


「でも今のところオレは君たちと敵対する気はないんだよ。状況もわからないしさ。穏便にいかない?」

 オレは彼らに提案する。


 長髪の、これまた着流し姿の男が言う。

「ハッ……! 龍之介ェ! 騙されんじゃねェぞ! 武蔵櫻の沙月と合流する気だろうよ!」


「えぇ……。いやまぁ、小早川沙月さんを探しているのは否定しないけどさぁ……」


 でも、なんだろう。


 彼の言う結果はあっている。小早川沙月さんと合流するつもりだ。

 だが、それ以外が一切あっていない。

 あらぬ嫌疑をかけられているような、何とも言えないモヤモヤ具合を感じる。


 龍之介はふうと息をついてから言う。

「兄上のいうことが正しかったか……。ハルカ殿。貴殿を倒すことを申し訳ないなどとは言わぬ。――お覚悟なされよ」


 二人はアイテムバッグから取り出したカタナを、オレへと向けた。

 夕方前の、閑散とした住宅街だ。

 人の気配はない。

 そこで二人の剣術使いは、今にもオレに襲い掛からんと、殺気をばらまいている。


 風が吹き、オレの髪をたなびかせる。


 近くに生えた木から。はらりと落ち葉が一枚落ちた。


 その瞬間――。


 龍之介が巨躯を屈め、地面すれすれを疾駆する。

 それと同時に長髪の剣士が地を蹴って、オレのほうへと跳ねた。


 右下段と左上段から迫ってくる。

 反りは合わなく見えたが、さすが兄弟というべきだろうか。

 素晴らしいコンビネーションだ。


 これは対応できる人間はかなり少ないんじゃないだろうか?


 二人が裂ぱくの気合を叫ぶ。

「ヤ゛ァァァー!」

「トォォオー!」


 オレは迫ってくるカタナの腹に優しく手を添えて、そらす。

 左右両方ともだ。

 二人は切りかかった勢いのまま、オレの後ろへと通り抜けていく。


「な、にを……」

「……うっ、そだろォ……?」


 いい一撃だった。

 ずっと鍛錬をしていたのが見て取れる。

 努力に裏打ちされた剣筋だった。


 顔面を青くしている二人。


 オレは無造作に、地面に落ちていた細い枝の一本を拾う。


「なんのつもりだ、てめェ……」


「来いよ。少しだけ相手をしてやる」

 細い枝を左右に振ってみせる。


「さすがにそれは私たちを愚弄しすぎではないかな。ハルカ殿」

 龍之介は怒りを抑えた口調で言う。


「龍之介ェ……。さっきのが幻術でもなんでもなけりゃァ、俺ら相手にならねぇぞ。こいつは、バケモンだ」


「虎殺し鬼殺し龍殺しは武士の本懐。負けるは力の足りぬ弱者が悪い。臆病風に吹かれたのなら、兄上は逃げればよろしかろう」


「バカにすんじゃねェよ龍之介ェ……! 『逃避の生より、闘争に命を賭す。試練の先に、真の生が宿ると心得よ』。俺らに『逃避』の一文字はねェ……!」


「兄上……。『逃避』は二文字ですが……」


「ああああ! うるせえうるせェ! 細けぇこといってんじゃねぇぞ龍之介ェ!」


「ではハルカ殿。どちらが命を落とすか――いざ尋常に!」


 いや、なんだこいつら。

 なんで命取り合う気なんだよ。


 もしかしてこの血族みんなこうなのか!?

 やべえ奴ら過ぎる……。


「なんで殺す気満々なんだよ……」

 オレは半ば呆れたような声で言った。


「問答無用!」

「くぉのバケモンがァ!」


 左右から迫る鋭い剣閃。


 襲い掛かってくる二つの刃を避ける。

 そのついでにカタナを握る手元を細い枝で打ち据える。


 しかし彼らの気勢は衰えない。

 何度も斬りかかってくる。


 その途中で気になることがあった。

 彼らの剣技が、小早川沙月さんの使う風響流とは全く違うのだ。


 動きからして天真正伝香取神道流に少し似ている部分はあるものの、やはり違う。


 オレは細い枝をしならせた。




   ◆《SIDE:上総小早川龍之介》


 龍之介はハルカを見据えた。

 自分より年下で、体格も優れているわけではない。

 だが、ハルカは自分よりも大きく感じられた。


 こちらがカタナで切りかかっているのに、細い枝一本で、まるで遊ぶかのようにあしらわれる。


 それがひどく苦しかった。


 龍之介は三歳の時から、十五年以上剣を振って生きてきた。

 ダンジョンが現れてからは、ダンジョンに潜り身体にその強化も受けた。


 もはや自分は人類の中でも相当上位だと思っていた。

 三十近くある小早川分家の中でも、かなりの強さだと思っていた。


 決して一番とはうぬぼれてはいない。

 だが流した汗の量なら、その中でも一番である自信があった。

 剣の事を考えた時間ならだれよりも多い自負があった。


 剣を振るときに剣のことを考え、


 食事をするときに剣のことを思い、


 寝る時ですら剣を描いた。


 わずか二十年程度とはいえ、剣に全てを捧げた。

 だが、それでも、目の前の少年とは隔絶された実力差があった。


「……これが才能というものか」

 ――残酷なことだ。


 気づけばそう口に出ていた。


 自分が生のすべてを注いだもので、自分より年若い人間に及ばない。

 口惜しい。


 先ほど言われた「なんで殺す気満々なんだよ……」というハルカのセリフ。


 それには、『お前ら如きの腕前でオレを殺せると? 思い上がりも甚だしい。お前らの無力を思い知らせてやろう』という意味が込められていたはずだ。


 その証拠に、ハルカは致命傷を与えられない木の枝で、なぶるように戦ってきている。


「その思い上がり……後悔させてくれよう!」


 全意識をカタナだけに集中させる。


 龍之介は今までの人生すべてをその一振り込めて、斬りかかった。


 しかし、その一撃は呆気なく止められた。

 真剣白刃取り、ですらない。

 人差し指と親指で軽く刃を摘ままれ、動かすことすらできなくなる。


「く、ぐうううっ……」

 龍之介が全力を振り絞る。

 彼の筋肉が膨張する。

 だが、刃は一ミリすらも押し込めなかった。


 その隙をついて、後ろから兄上が襲い掛かる。

 だが、それは隙などではなかったのだろう。


 ハルカは軽く身体を動かすだけで刃を回避し、兄上の身体に肘を押し込んだ。


「――カハッ」


 兄上は苦悶の声をあげて崩れ落ちた。


 そしてハルカは摘まんでいたカタナを軽くひねる。

 すると龍之介の身体に抗いようのない負荷がかかり、手からカタナが離れる。


 ハルカはそのカタナの柄を握り、振りかぶる。


 ――もはや、ここまでか。


 そしてハルカに、カタナの峰で打たれる。



 ――峰打ち、だ……と……?



 龍之介の意識は薄らいでいった。


 こんな化け物に、勝てるわけなど、なかったのだ。

 だが脳裏に後悔は微塵もなかった。

 逃げず立ち向かえたのなら、死して後悔などない。


 それが小早川の教えだった。


 龍之介は薄れゆく意識の中で、誰かが近づいてきていることを悟った。

 だが、それはどうでもいいことだ。


 どちらにせよ自分は、ハルカに殺されるだろうから。





────────────────────────

あとがき


なんだよこいつら。

頭小早川かよ……。


いやあ、むさいむさい……。男ばかりでむさくるしいですね。

次は清涼剤の沙月ちゃんでてきます。


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

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ですので、応援よろしくお願いします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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