第84話 小早川家がいっぱい!

 まず向かったのは彼女の実家だ。

 東京の郊外にある広い敷地の家だった。


 木製の大きな門の隣に木の看板が掲げられており『武蔵小早川櫻家』と記してあった。

 昔の日本を思わせる風情の外観の中に、呼び鈴のボタンがあった。


 押してしばらく待つと、老人が中から出てきた。

 老人はオレを見て目を丸くする。


「あなたは……」


「こんにちは。以前少しお会いしましたよね。村上さんでしたか。風見遥です」

 以前、小早川沙月さんが留置所から出所したときに、一度だけ顔を合わせたことがあるのだ。


「ええ、ええ。よく存じております。おひい様によくしてくれて、ありがとうございます」

 そういって村上翁は腰を折って頭を下げる。


「沙月さんに会いにきたんですけど、沙月さんはいらっしゃいますか?」


 村上翁は少し困った顔になる。


「残念ですが、おひい様はここにはおりません」


「では、どこにいるかわかりますか?」


「それが、私どもにも判らないのです」


「なぜですか?」


 尋ねると村上翁は少し迷ったような様子を見せる。

 その後、意を決したように口を開いた。


「それは、お家のしきたりでございます。しきたりとは――」

 そこまで言うと村上翁は突然咳き込んだ。

 ごほ、がは、と苦しそうにしている。

 咳には血が混じっていた。


 オレは魔素の動きを感じていた。

 魔力というよりは、呪力に近い。

 何かの力によって村上翁は囚われていた。

 解呪しようにも、おそらく本人の体力が持たないだろう。

 呪いが最後に暴れたら、彼は死んでしまうかもしれない。

 それほど悪質な、濁って薄汚れた力の流れを感じる。


 その力はうっすらと小早川家全体をつつんでいた。


 村上翁は血を吐きながら言う。

「風見様、おひい様を、よろしくお願いします……。これは、小早川家全体の、しき――がはっ――」

「もういい! 喋らないでくれ!」

 オレはそう叫んで、彼に回復魔法をかける。

 自己治療は慣れたものだが、他者にかけるのはさほど得意ではない。

 といっても、この世界のトップレベルと同様に使える自信はある。

 だが、その程度でしかない。


 村上翁は、それでも喋ろうとして、気を失う。

 最後の言葉は「おひい様は身を隠し――」だった。


 咳き込み痙攣すらしていた村上翁の容体が落ち着いたところで、オレは他の使用人を呼び、彼を任せた。




「……探すか」

 オレは小早川家を離れ、小早川沙月さんを探すことにした。


 そこで、真白さんから連絡がきた。


「真白さん? どうした?」


『あ! よかった! ハルカくん! 今大丈夫ですか?』


「うん。大丈夫だけど」

「実は、沙月ちゃんから手紙が届いて――」


 どうやら真白さんのほうにも手紙は送られていたようだ。

 そしてその内容が、別れを告げるような、そんな手紙だったようなのだ。

 連絡をしても繋がらず、心配しているらしい。


『それと、嫌な予感がするんです。横浜で殺人事件があったことを知っていますか? 被害者は、たぶん、先日、私たちが見た人です』


「ああ」


『あの人、小学校の頃の同級生だと思うんですよね……。あの夜は、なんか見たことあるな、と思ってたんですけど』


「……友達か? それは……」


『いえ。友達というほどでは……。それで彼女、名前がですね――『小早川柳華』さんなんですよね』


「小早川……」


『なんとなく、沙月さんの失踪と関係あるのかな、とか。ないですよね。妄想、ですよね?』


「いや、あるかもしれない。それで、その人の情報は他にあるか?」


『一度家にお邪魔したことがあるのですが。すごく大きなおうちで、兄弟がたくさんいるっていってました。八人くらいだったかな……。珍しいなって思ったことを覚えてます』


「場所や、表札は覚えてるか?」

 オレは先ほど見た『武蔵小早川櫻家』という木製の看板を思い出しながら尋ねる。


『栃木の宇都宮市の外れだったと思います。『下野しもつけ小早川家』だったかな……』


 自信がなさそうに真白さんは言った。


 小早川さんとは違う家か。

 だが、武蔵や下野は昔の日本の地名の呼び方だ。


 ――分家、とかか?

 分家であれば、地方の名前をつけたりすることはありえることだ。


 小早川家総出でどこかと争っている?

 いや、村上翁は『小早川家のしきたり』と言っていた。


 ならば、小早川家の内紛のようなものか?


「真白さん。オレは小早川沙月さんを探すよ」


『じゃ、じゃあ私も……!』


「真白さんは、小早川家について調べてくれないか?」


『……でもっ。沙月ちゃんは……。いえ、わかりました。ハルカくんがそういうなら、それが一番成功する確率が高いんですよね? なら私は情報収集に当たります』


「頼む」

 正直いえば、彼女の情報収集への期待はなくはない。それより危険な地へ連れていくつもりがなかった。

 多少過保護かもしれない。


 探索者をやっていれば、モンスターとの斬った張ったは絶対に起こる。

 また探索者を狙う探索者なども存在するため、いつかはそういった血生臭いことにも慣れるだろう。


 だが、無理に血生臭いことに首を突っ込まなくてもいいじゃないか。

 オレはそう思った。


 それからオレは、小早川沙月さんの捜索に出た。

 当てが何もないわけじゃない。

 彼女が出した手紙の消印だ。

 消印にはその処理をした郵便局の場所が記されている。


 そんな、だいたいの位置しかわからないまま、オレは捜索に乗り出した。

 別に助けに行くわけじゃない。

 ただ、約束だった稽古をつけにいくだけだ。

 小早川沙月さんの手紙には、事務所に所属したいという要請は取り下げると書いてあった。


 しかし、『風見遥に頼んだ稽古の依頼を取り下げる』とは書いてなかったのだ。



   ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 オレはJRから都営地下鉄三田線に乗り継ぎ、千石駅までやってきた。

 小早川沙月さんの出した手紙の消印が、東京文京千石だったのだ。

 となると文京千石郵便局に直接出したか、近くのポストに投函したかとなる。

 小早川沙月さんの家からも距離がある場所のため、この辺りで手紙を出したという証左だ。


 千石駅はそれほど大きい駅ではなかった。だがきれいに整備されており、外には小さな商店街が広がっている。


 オレはそんな町を歩く。


 住宅地があり、静かな公園があった。

 古くからの商店や飲食店があり、新しいカフェと雑貨屋があり、不思議と調和している。


 雰囲気のいい街だった。


 だが、のどかな場所に思えるが、不吉な雰囲気が漂う。

 薄く血の匂いがした。


 小早川沙月さんがこのあたりにいるなら、歩いていれば見つかるだろう。

 探索者とは、己を膨大な魔素で強化している存在である。

 であるなら魔素の匂いが強い場所へ行けば、そこには探索者がいるということだ。


 オレは雑に、魔素の匂いがするほうへと足を向けていく。

 すると、そこには二人組の男がいた。

 二十歳前後だろうか?

 着流しのような和装をしている。


 雰囲気だけで、かなり強いと察することができる。

 おそらく、リゾート会社の神崎誠が雇っていた二人組よりも、戦闘力は一段か二段は上だろう。


 まぁ、オレから見ればさほど大差はない。


 その彼らと目が合った。

 オレは小早川沙月さんじゃないからいいや――と彼らをスルーして歩き出す。


 すると、彼らはオレをつけてきた。



 人通りの少ないほうへと歩いていく。

 子供たちの遊ぶ夕方前の公園を避け、住宅街の裏通りのほうへ。

 まったく人気のない場所へときたところで、二人組は足早に寄ってくる。


「貴殿は、ハルカ殿で相違ないな?」

 よく通る声で問いただしてくる。

 声をかけてきたのは短髪で高身長、筋肉質の男だ。

 鋭いまなざしでオレを睨みつけてくる。


「たしかにその通りだが。なにかな? オレのファン? 悪いけどまだサインは考えてないんだよな」

 使う機会があるかは知らないが、考えてみるか? それともデザイン会社に頼んでみるか? とオレはまったく見当違いなことを考えた。


 すると、もう片方が口を開く。

「はっ。ふざけたことを。俺らぁ知ってんだよ。お前、あれだろ。俺らぁわかってんだよ。武蔵櫻の沙月と仲いいやつだろ。あのガキに頼まれて、助っ人に来たんだろォ?」

 長髪で軽薄な表情をしたほうがそう言った。


 すると短髪のほうが言った。

「兄上。品に欠けております。私は悲しゅうございますぞ。ハルカ殿。我らは上総小早川家の血を引くものにございますれば。この地より立ち去っていただけませぬか?」


「あ゛? いいだろォ? 龍之介ェ、お前はいちいちぐだぐだうるせェんだよ。こんな奴はさっさとぶっ殺しゃいいんだよ」


「これは小早川家の諍い。今は外部の手を借りることが許されるとはいえ、無駄に命を落とすこともありますまい。今引いてくだされば、兄上はこの龍之介が命を懸けてもお止め致します。引いてはくださいませぬか?」


「龍之介、てめ、マジでぶっ殺すぞ? どうせ最後はお前とも敵になんだよ。今殺してもいいんだぜ?」


 ……うーん?

 ちょっと話がわからないから、オレは聞いてみることにした。


「あの、盛り上がってるところすみません。何の話ですか? ホントに」


「え……?」

「……あ゛?」



 正直、本当にわからんのよな……。


 とりあえず、ずっと動画は撮影しているが、使う機会があるかどうかも謎だった。




「…………本当に知らぬのですか?」


「うん」


「ぜってェ嘘だろオマエ……」





────────────────────────

あとがき


さ! 小早川家のなんらかの事情がありそうな気がしますね。

というか事情なくてこんなことやってたら逆に怖いですね!


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

ブクマ・高評価・応援コメントでの応援をよろしくお願いいたします!!


ブクマ数が増えてると嬉しいです!

★が増えてるとモチベがあります!

ここが楽しかったよ! と応援コメントをもらうとやる気がみなぎります!


ですので、応援よろしくお願いします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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