第74話 ククク、水無月。お主も悪よのう。 いえ、お代官様ほどでは(ガチ怯え)

 炎上は、非常に速く広がった。

 まるで不自然なほどに。

 動画の出た当日にハルカを叩くような記事が出る有様だった。


 ハルカはそれを横目で見ながら、璃音に連絡をした。都合のいい時に電話をくれ――と。


 しかし電話がかかってくることはなかった。




 しばらく後に、パソコンに唐突なノイズが走った。

 それから電気の弾けるような音が聞こえ――紫電が滞空する。


 そこからにょいっと腕が伸びて、パチン――電気を消した。



「きちゃった☆」



「オレは電話でいいといったと思ったが」


「いいじゃないですか別に。顔と顔を合わせてのコミュニケーションは人間関係をよくする秘訣ですよ」

 そういって暗闇の中、璃音の足音が当然のようにクローゼットのほうへ向かう。

 暗闇の中、彼女の毛先にある銀色のハイライトだけがうっすらと光る。


 彼女は当たり前のように何かしらのオレの服をごそごそと着てから電気をつけた。


 電気がつくと、璃音はぶかぶかのワイシャツを着ていた。

 この行動は二回目だというのに、もはや勝手知ったるといわんばかりに行われていた。


「あのさ。来るなら来てもいいけど、一言いってからにしない?」


「わかりました! そうだ。遥さん遥さん。良かったらトイレ辺りに服を一枚置いておきませんか?」

 これくらいでは敵対しない、ということが分かり切ったような内容のセリフだった。


「その発言は今の行動を変える気がない、ということでいいのかな? というか、トイレに出現する気か? オレが使ってたらどうするんだよ……」


「……その発想はありませんでした。けどまあいいでしょう」


「よくない。オレがよくない。というか璃音、君はアイドルだろう!?」


「私が見ようと思えば、誰のトイレでも覗けちゃいますからね。だから隠さなくても大丈夫ですよ」


「……嫌なことを聞いてしまった。全部見られてる可能性があるのか」


「ああ、大丈夫ですよ遥さん。あなたに関して知らないはずのことを知ってしまって、それを失言して気づかれてしまって、あなたに消されるコースは歩む気がないので。普段から覗いたりしてませんよ」


「じゃあ、覗いてないっていう証明を――いや、それは無理か。悪魔の証明だ」

 言ってから、悪魔の証明という言葉もチープになったよなと思う。

 聞いた当初は(オレが探索者などになる前の話だが)かっこいいと思ったが、今じゃ簡単に使われすぎてチープさが先に来る。


「お。ちょっとカッコイイですね。悪魔の証明。たしか、やってないことを証明するのは非常に難しい――という意味でしたっけ。この前映画で見ました」


 ……なるほど。2013年時点では当たり前の知識ではなかったのか。むしろちょっとカッコイイのか。

 オレは自分の認識と璃音の認識のギャップに何とも言えない感情を抱いた。


「ところで、遥さん。どうしましたかー? この前おすすめした映画の感想ですか?」


 つい先日のことだ。

 オレは璃音に神崎の調査を頼んだところ、とある報酬を提示された。

 こちらとしては金銭で支払う気マンマンだったのだが、お金には困ってないから大丈夫ですとのことだった。


 これをしてくれと提示された報酬というのが、璃音のおすすめした映画や本を見て語り合うことだったのだ。

 いや、なんだその報酬――とか、友達とやればいいじゃん――とか、言いたいことはあった。

 だが、彼女がそれを報酬として欲するのであれば、オレがああだこうだというのは失礼だ。彼女自身が『それが対価として釣り合う』と判断したからだ。


 その人が何を大事と判断するのかは、その人が決めることだ。他人が決めることじゃない。


「すまん。本は全部読んだけど、映画はまだ一本しか見られてない。あと別件だ」


 本だけ読み終わったのは、探索者の動体視力と理解力を活かして爆速で読むことができたからだ。

 パラパラ漫画を読んでいるじゃね? 程度のスピードで読むことができた。


 しかし映画の方はせいぜい倍速で見るくらいしかできない。


「はいはい。なんです?」

 璃音はベッドで転がりながら訪ねてくる。


「神崎関連でもうちょっと調べてほしいんだが、頼めるか?」


「うーん。どうしよっかなー?」

 と璃音は指を形のいい唇に当てながら、勿体ぶった。


 これは本気で断るつもりではない、ということはわかった。

 だが、オレはこういうやり取りがしたいんだろうなあと思い、低姿勢で頼むことにしてみた。


「頼む。璃音にしか頼めないんだ」


 いうと璃音はちょっとにやけた顔を見せる。


「っ……。ふふ、いいですね。いいでしょう。もっと頼ってくれてもいいんですよ? ――でも、例のリゾート会社社員を追い詰めるなら、すでに渡したデータだけで充分だと思いますよ?」


「それはそうなんだけどさ……。せっかく出てきてくれたのに、勿体なくない?」


 いうと璃音は困惑した声を出した。

「えぇ……?」


「オレが善人だというつもりはないんだけどさ。そこまで悪人でもないと思うんだよ」


「えぇ。はい。まぁそこは同意しますけど」


「だから無関係の人を犠牲にして、登録者や再生数を稼ぐような真似はしたくないわけだ」


「……あぁ。そんな感じはしますねぇ」


「だけどせっかくさ、心痛まずに使える人でてきたんだからさ。利用してあげないと逆に失礼かな? って思うんだよね」


「いや、まあ、わかります。わかりはするんですけど……遥さんって人間のこと資源リソースだと思ってますよね?」


 そう言われてオレは目を丸くした。

 なんでそんな当然のことを言うのかと。

 オレ自身だって前世で資源リソースとして利用された。


 オレが資源リソースであることに否やはない。


 だが、そのオレという資源リソースを使うのはオレであるべきだ、と思っただけだ。



「例えばドラゴンがさ、出てきたとするじゃん」



「……また話が飛びましたねえ」


「全身燃やして灰にするような倒し方はしないじゃん。勿体ないから。だってドラゴンの皮も肉も爪も角も非常に有用だから」


「……まさか、そのドラゴンって神崎の事です?」


「そうそう。なるべく身体に傷つけないように倒して、素材にするわけじゃない。同じだろ?」

 ちなみにサトーにはそうした。彼はオレの持っている資源を奪いに来たから、返り討ちにして資源にしてあげた。それがオレの認識だった。


 まあ正直、彼は有能な人材だったし、倒して脅して部下にするのも悪くはなかった。

 彼が謀略を仕掛け、オレのダンジョンの価値を下げようとしたことにはさほど腹は立たなかった。


 だが、彼が口先でオレを騙して契約によってオレから様々なものを奪おうとしたときに、彼を部下にすることはやめた。

 つぶそうと思った。


 なんでだろうなぁ――と一瞬、そちらに思考がいきそうになったとき、璃音の顔が目に入った。


 璃音は一瞬だけすごく嫌そうな顔をしてから、真顔になってから言った。


「遥さん。お願いしますよ。絶対に、絶対にその矛先を私に向けないでくださいね? 本当にお願いしますからね? もし私に許せないことがあれば、先に言ってくださいね? 直しますから。私は絶対に遥さんに敵対しませんからね。言いましたからね?」


 かなり本気で言っているように見えた。



 そしてオレは璃音に、神崎やその周辺に対して、いくつかのことをお願いした。


「じゃあ遥さん。宿題の映画の感想文追加です! いくつか映画をおすすめしますので、ちゃんと見ておいてくださいよ。いいですね? 全部おすすめのやつですから! 全部見てくださいね!」

 璃音はそんな、他人に布教してみることを強要するような、厄介オタクのようなことを言い残していった。

 まぁ電脳の影サイバーシャドウにお願いをして、その程度で引き受けてもらえるなら破格だろう。


 だが送られてきた映画リストはちょうど十本だった。前回の分と合わせて十八本もある。

 一本2時間。倍速再生で1時間にしても合計十八時間だ。


 100倍速くらいで再生できるツールを探すか、なければ開発してもらおう――。ハルカは強くそう思った。




 ネットを見てみれば、ハルカはそれはもう燃えていた。

 大炎上である。

 一般の方々すらも、よくわからないけどハルカが悪いよね? という感じの主張をThitterでしている。


 ――よしよし。いい感じだな。

 オレは興味本位でThitterやメールの受信箱を見ると、『死ね!』というストレートなものから、『悪いことをしたなら謝ったほうがいいと思います』という諭すようなもの。ありとあらゆる誹謗中傷があった。

 また少数の『ハルきゅんを信じてます!』という類の応援メッセージ。

 それと同数の『あなたが今叩かれているのは前世の行いが悪いからです。私には見えます。こちらに連絡をください』とか『このツボを買えば誹謗中傷は落ち着くでしょう』とか『炎上対策マニュアル! 今なら十名様だけお買い得!』という勧誘やら商材の売りつけメッセージがきていた。


 鼻で笑った。

 だが、メンタルの強くない人ならこれだけでつぶれて再起不能だろう。

 オレはもはや遠くの人間の悪意などどうでもいい――という境地まで来ているが、通常の人間にとって、悪口を言われるというのはわりと大きなことなのだ。


 かつて、アフリカのいくつかの国では呪術師が存在していた。その呪術の内容とは、悪口を言うことだった。

 悪口を言われた側は『オレは呪われてしまった……』と思い、本当に病気になったりしたのだ。

 それほどに、人間はメンタルへの攻撃に弱い。


 さらに今はネット社会だ。

 古来より人間は、千や万の人間から悪口を言われるという状況になったことがなかった。為政者などは言われたかもしれないが、為政者は悪口を言っている人間と直接会うことはない。だから、ダメージはさほどなかった。


 だが、現代、古来よりなかったことが起こる環境になった。なってしまった。

 千、万の人間から悪口を言われたら、普通は耐えられないのだ。


 だがまあ、オレには効かない。

 文字は視覚がとらえた光の信号に過ぎない。

 また音も聴覚がとらえた音の波に過ぎない。


 それらはオレを殺すことができない。

 ということをオレは理解しているからだ。


 よって、メンタルブレイクによる敗北がない以上、負けはない。


 正直これは勝ち戦である。


 今持っているデータだけでも勝利することができるし、璃音が持ってくるデータがあれば更なる大勝利は確定している。


 最後の勝利が決まっているから、今は好きなだけ負けることができた。


 どうせなら、もうちょっと盛り上げよう。

 大事なのはエンターテインメントである。

 エンタメ最高!



 そう思ってオレは、緊急配信をすることにした。



 内容は――釈明配信――というカタチの配信だ。



 真の目的は、神崎たちのさらなる攻撃を引き出すことである。





────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!


炎上怖いですねぇ……。

次回は更なる炎上です。

ガソリンぶっかけようとしてるのはハルカです。

マジでエンチャントファイア!


その燃えた身体で誰を抱くのか……?


触れるものみな傷つける――ヤマアラシのジレンマ。

だったら嫌いな奴を抱きしめちゃおう!



次回――今、必殺の――ヤマアラシ・ホールドぉぉぉ!



まあそんな感じです。


楽しめたよー、次も読むよーって方は、フォローと★をよろしくお願いいたします!!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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