第66話 真白さん、ナンパされる

 夕方、真白が焚き木用に枯れた枝を集めに行った帰りの事だ。


 後ろから人がついてきている気がした。


 振り返ると、長身の男がいた。高そうなシャツに細いパンツ、サングラスをつけている。

 二十代中ごろに見える。


 ――そういえば、夕方あたりから配信をしている探索者の人を呼ぶって、ハルカくんが言ってましたね。


 と、真白は考えた。

 このダンジョンの知名度と期待度を稼ぐために、なるべく多くの人間に配信してもらう――とのことだ。


 彼もきっとその一人で、迷子になってしまったのかと真白は考えた。


 配信者たちのキャンプ地はある程度決められているからだ。

 ダンジョンでの事故やトラブルが起きないように、もしくは何かあったとしてもすぐに助けられるように、入り口の近くと決めていた。


 真白や沙月はある程度自由に行動していいことになっているため、そのキャンプ地と活動場所は重ならない。


 どうしよう、と真白が思っていると、男が声をかけてきた。


「ねえ、君。迷子になっちゃったんだ。ここはどこ?」


 やっぱり、と真白は思って、入り口のある方向を指さす。


「あっちのほうに入り口がありますよ。近くまで行けば、看板がいくつも立ててあるので、わかると思います」


 真白が言うと男は頷いてからいう。


「君かわいいね。どこの子? 配信者?」


 真白はその言葉に警戒をする。

 ハルカに声をかけられて呼ばれているのなら、真白のこともわかっているのではないかと考えたからだ。

 ただ、もしかしたら何の話も聞いてない人の可能性もある。


「えっと……。入り口はあっちです。キャンプ地も、そのあたりに行けば判ると思いますよ」


「ちょっと疲れちゃったしさ。良かったら君のキャンプで少し休ませてよ。ね、いいよね?」


「や……。わたしは今日は仕事で来てるので困ります」


「ちょっとくらいいいじゃん。迷惑かけないからさ。ね、お願い」


 そういって男は断ってもついてくる。


「君すごくかわいいよね。君のキャンプで、一緒に食事でもしない? 俺缶詰とか持ってるんだよね」


 なんだろう。

 話が通じない……。


 真白が不快に思い始めたとき、キャンプ地の方から沙月がやってきた。


「真白さん。その人誰?」


「あ! そっちもかわいいね! ねえ、俺さ、帰り道わからなくなっちゃって。ここの隣にテント張っていいかな? いいよね」


「…………さっきからこの調子で、話が通じなくて困ってるんです」


 沙月はため息をついた。


「ねえ、あんた。それ以上近づいたから顔潰すわよ」

 こともなげに沙月が言う。


「はは。あんまりおもしろくない冗談だ、ね――ッ?!」

 離れた位置にいた沙月が、一歩を踏み込んだ。

 それだけで、男の目の前に沙月が出現していた。


 沙月の拳が男の鼻先をかすめる。

 男の鼻から、たらりと鼻血が垂れた。


 何をされたかわかった男は、尻餅をついた。


「これは警告」


 真白はどうしていいかわからず、沙月の近くであわあわしていた。



「こ、こんなことしていいと思ってるのか!? 僕はダンジョン配信者のカズヤだぞ!? 今だって動画をとってるんだぞ!?」


 それを聞いた沙月は平然と答えた。


「それが? ダンジョン内で、拒否しているのに近づいてくるのは、明確な敵意ととらえられても仕方ない行為よ。こっちも動画をとってるの。だから、罪に問われない可能性が高い、らしいわよ?」


「だとしても視聴者はどう思うかな? 俺はただ、そこの子に道を聞いていただけだしな」


 そう言われて沙月はきょとんとした顔になった。

 心底不思議そうに言う。


「だから? 他人がどう思うかって、何か関係あるのかしら」


 カズヤは沙月が本気で言ってることを悟ったらしく、慌てて言う。


「俺はここの招待客だぞ? ここの持ち主にも迷惑がかかるんじゃないのか?」

 カズヤは言う。


 そこで沙月が初めて少し迷った様子を見せる。

 カズヤが勢いづいて言う。


「ハルカから直々に招待されてるんだよ。俺からあのガキに言ってやろうか? お前らが招待客に無礼な真似したってさあ!」


 真白が口を開く。

「無礼な真似をしたのはあなたじゃないですか! 沙月さんは悪くないです!」


「あのガキも、ここがリゾートにできなかったら困るよな? 大問題にしてやってもいいんだぞ」


 真白は沙月が口の中でつぶやいた言葉を確かに聞いた。

「始末したほうがよさそうかな……。私はハルカさんの事務所の人間じゃないから、ハルカさんのせいにならないよね」


「さ、沙月さん!?」


「お前らが二人で今夜接待するなら、水に流してやろうかなぁ? あんなガキより、俺のほうがイケメンだし高身長だしさ、お前らも嬉しいだろ」


「さ、最低です……」と真白が言った瞬間、沙月の手には一振りのカタナが握られていた。


「な、なんだよ……。何をする気だよ……」

 及び腰で男が言う。


「これは、本家で教わったことなのだけど、あなたにも教えてあげるわ。とりあえず、斬るの。そのあとのことは斬った後考えたらいいって」


「え……?」


「言葉をね、交わしちゃうといけないの。私より頭が回る人間が相手なら、言いくるめられてしまうでしょう? だから聞かないの」


「まて、待ってくれ」


「相手の声は、ただの鳴き声だと思えばいいの。意味なんて一つもない、人の言語に似てるだけの、鳴き声」


「待て、違う。違うんだ。ちくしょう! 俺はこんな話聞いてないぞ! 簡単な仕事だっていうから……!」


「さようなら」

 沙月がカタナを一閃する。


 だが、それは止められた。

 いつの間にか、知ってる少年が、沙月と男の間に立っていた。

 沙月の振るったカタナを、二本の指で摘まんで止めていた。


「あ、ハルカさん。これ、やらないほうがいいんですか?」


「うん。ごめんね。小早川沙月さん」


「これを招待したからですか?」


「違うよ。オレはこの人を招待していない。勝手に紛れ込んでいるね。だけどさ、ほら、気になることを言っていたから」


「えっと」


「簡単な仕事だっていうから、っていってるじゃないか。彼は誰かに頼まれて、トラブルを起こしにきたのかなって思ったんだ」


「たしかに……。では、後はハルカさんにお預けしてもいいですか?」


「うん。とりあえず、事情を聞いてもいいかな?」


 ハルカがいうと、沙月は最初から最後まで、起こった事実を話し始めた。


「そうか。うちの職員真白さんを助けてくれてありがとう。あと、真白さんは自分で何とかできる力があるんだから、頑張ろうね。彼は敵だったんだけど、彼の目的が真白さんを殺すことだったら、死んでるからね。知らない人はちゃんと警戒しましょう」


「はい……」と真白はうつむきながら言った。

 確かにその通りだった。

 声をかけられただけで、精霊を呼ぶのはやりすぎかな、と思ってしまったのだ。


 ただし、ここは安全とはいえダンジョンではある。

 他のダンジョンであれば、探索者を殺して戦利品を奪う殺人者は存在している。


「さて。君、カズヤくんだっけ。オレとお話ししようか」


「お、俺は、人間だぞ。人間にこんなふうに暴力をふるっても――」

 カズヤの頭を掴んで地面に叩きつけた。

 鼻血が出ていた鼻がつぶれ、血がぶちまけられる。


「いでえ……! なんで、こんなことするんだよ……」


「暴力をふるったつもりはなかったけど、ふるわれたいならご希望に添えようかと思って。あと君さ。法律知ってる?」


「……いくらダンジョンでも意味もなく人に暴力をふるったり、殺したりしたら、犯罪だろ」


「うん。基本的にはそうだね。ただし例外があって、ここは例外だ」


「え」


「まずこのダンジョンの所有者はオレであり、明確に招待者以外の立ち入りを禁じている。またここは発見されたばかりのダンジョンだ。財宝を保護するための法律もあり、さらに罪は重くなるな」


「お、俺はそんなつもりは……」


「財宝があるかもしれないところに入って、それは通じないな。さらにダンジョンはその性質上、殺人を犯しても露見しづらい。なので、不法侵入者に対して危害を加えることが世界的に許されている」


「あ……」


 そこで彼が配信用に使っていた魔道カメラがぐしゃりとつぶれた。

 オレが握りつぶした。


「とりあえず、動画に残ると困るから、壊しておいたよ」


「……俺に、何するつもりなんだよ」


「君が素直に話せば、最低限で済ませるよ」


「で、簡単な仕事って何? 誰に頼まれたの? 理由は? この辺りかな。じゃあ、真白さん、小早川沙月さん、こいつはオレがつれていくから」


 ハルカはカズヤの襟首をつかみ、引きずるように連れて行った。




「……わたし、ダンジョンの法律、全然知りませんでした」


「私もあんまり」


「でも沙月さん、さっきダンジョンでは拒否されてるのに近づいちゃいけないとか、詳しかったじゃないですか?」


「もめごと関連だけはちょっとだけ……。うちの使用人に教え込まれて」


 沙月のセリフに、真白はちょっと納得してしまった。


「ああー……」



   ◆オマケ◆

・名前: 小早川沙月

・年齢: 15歳

・性別: 女

・身長: 156cm

・外見:

綺麗に手入れされた長い黒髪を持つ少女。スレンダーで均整の取れた体つき。

・性格・特性:

剣術への情熱が人一倍強い。風響流の技術とその名誉を再びこの世に知らしめたいと強く望んでいる。決断力があり、一度決めたことに対しては強い意志で突き進む。その姿勢は、彼女がどのような環境で育てられたのかを示唆している。


・特異能力・スキル:

《先天的技能》

剣技の才能A:刀剣系の技術の成長に大きな補正あり。

体術の才能B:体術系の技術の成長に中程度の補正あり。

槍術の才能C:槍術系の技術の成長に少量の補正あり。

薙刀の才能C:薙刀系の技術の成長に少量の補正あり。

鎖鎌の才能C:鎖鎌系の技術の成長に少量の補正あり。

忍術の才能C:忍術系の技術の成長に少量の補正あり。

直感B:なんとなく危険を感知できる。精度は中程度。

俊足A:機敏な動作が可能。行動速度に大きな補正あり。

筋力C:見た目以上の力を発揮できる。力に少量の補正あり。

《後天的技能》

剣術使いB:刀剣類を使用するときに中程度の補正がかかる。

体術使いC:体術を使用するときに少量の補正がかかる。

判断速度A:判断速度に大きな補正あり。その判断が正しいか否かには無関係。

確固不動A:一度決意したことや持論に対して、他者の意見や説得に動じることなく固執する。何か新しい情報や意見があっても、それを受け入れることが非常に難しい。

不撓不屈S:一度決めたことを最後まで突き進む。外部からの誘惑や挑戦に対して動じない。即ち、不利な状況や危険を顧みずに、目的に向かって進む強靱な意志を持つ。


・武装

日本刀『暁鐵(ぎょうてつ)』

鈴木鉄浄が制作したシンプルで実用的な刀。名前の「暁」は夜明け前、つまり未完成の意を表しており、鉄浄の技術がまだ完成していないことを示す。装飾を排したその姿からは「真の力は見た目ではなく、中身にある」という鉄浄の哲学が感じられる。高級な技術や魔法が用いられていないが、基本性能は非常に高い。

「暁鐵」は、高度な技術や魔法は使われていないため、誰にでも扱いやすく、日常的な戦闘や訓練に最適。


・背景

剣術を極めようとしている配信者。

人に見られることで開花する技能があるかもしれないと考え、配信者を開始した。

名家の出身らしい。


・その他:

ハルカの持つ剣技に深い興味と尊敬の念を抱いている。彼が扱う神技のような技術を追い求め、その技術の一部でも身につけたいと願っている。ハルカとの交流を深める中で、自らの剣術も磨き続けていく。






────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

あと謝罪です!


更新遅れて申し訳ありませんでした……!

日付変更までに書ききれなかった……!


ちゃんと24時間以内にもう一度更新するつもりではあります!


楽しみにしていただける方は、★とフォローをお願いします!

よかったら応援をお願いします。


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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