第63話 エデン・パラダイス・リゾート

「うっへえ……」


 オレは動画の編集をしている途中で、メールを開いてみた。

 するとメールの受信箱に、未開封メールの数が書いてあるのだが……。


 9999+と表示されていた。


 最初のうちは見ていたが、ある時から見るのをやめた。

 ファンからの応援メッセージや、アンチからの罵倒メッセージ(厄介なことにアンチのほうが熱量がとてつもなく、怨念がこもった呪物のようなメールが来る)


 企業からの提案や、スポンサーとしての協力を申し込むメールもある。

 ただし、安く使い倒してやろうという考えが見え見えなのが多かった。


 しまいには「無料でいいよね? これで名前が売れるから嬉しいでしょ。お金をもらってもいいくらいだと思わない?」という趣旨のメールもたくさん来ていた。


 そのためオレはメールボックスを開く気をなくしていた。

 9999+にカーソルを合わせると58120件と表示される。


 はい、無理。


 ファンには返してあげたいとは思うが、24時間起きて返信し続けても、間に合わないだろう。


「マジで人を雇わなきゃなぁ……」


 メールや手紙の選別や、事務作業。

 それにできたら動画の編集なんかもやってもらいたい。



 オレは前回の世界線で、同じブラック事務所に所属していた人にSNSを通じて連絡を送った。

 オレが過去に戻る前に彼はメンタルを病んで退職していったが、能力的にはかなり優れていたはずだ。

 人格も問題のある人間ではなかった……と思う。




 そうしていると、オレのスマホに着信があった。

 ギルドからだ。


 内容はオレがギルドに依頼していたダンジョンの調査の件についてだろう。

 また山の測量などは民間企業にやってもらうことにしていた。


『あ、風見遥さんですか? ダンジョン管理ギルド、先遣調査チームAの者です。調査結果をメールで送らせていただきました。確認をお願いします』


 オレは指示された通りメールを開き、しばらくギルドの職員と会話を交わした。

 調査レポートは予想通りの結果が返ってきた。

 何も問題はない。




 その後、真白さんと小早川沙月に連絡を取り、スケジュールを調整してもらった。

 真白さんには業務として、小早川沙月には仕事の依頼だ。


 リゾートダンジョン――といっても現状はまだ何の施設もないが、だからこそ、そこでキャンプをしてもらおうと思う。


 真白さんと小早川沙月の二人によるアウトドア&キャンプの動画だ。

 宣伝効果はばっちりだろう。


 そこにオレが混ざると、多少燃える材料になりかねない。

 なのでオレはソロキャンプをすることにする。


 そんなことを考えながら、食事を買うために家を出た。

 ウーバーイートはまだ生まれていないのだ。


 すると、アパートの前にネイビーブルーのセダンが止まっていた。

 品川ナンバーだ。


 オレが外に出ると、ドライバーシートのドアが静かに開き、男がスマートに立ち上がった。

 180センチ程度の長身で、黒の短髪をジェルで固めた男だ。

 清涼感のある風貌をしており、スーツの着こなしも洗練された印象がある。


 この辺りではまず見ない人種だった。


「失礼します、風見遥さんですよね?」

 彼は穏やかな声で話しかけてきた。

 彼のスーツは完璧に仕立てられ、その姿勢もまるでビジネス学校の教科書から飛び出してきたかのようだ。


 オレがやや警戒しながら「あなたは?」と尋ねる。


 彼は微笑みながら手を差し伸べ、名刺を渡してきた。

「失礼しました。私、神崎誠と申します。エデンパラダイスという会社の者です。いきなりで申し訳ございませんが、少しお話をさせていただけないでしょうか?」


 彼に渡された名刺には、社名と「楽園のような贅沢を、あなたへ」というスローガンが書かれていた。


「何の話ですか?」


 神崎は目の前のアウディを指差しながら言う。

「この車で少し移動してもよろしいでしょうか? カフェでもお茶しながら、落ち着いてお話したいのですが……」


「申し訳ないですが、あまり時間がないので」

 柔らかな物腰と洗練されたしぐさに騙されそうになるが、あまりまっとうな人物ではないかもしれない、とオレはあたりをつけた。


 オレの住所は公開していない。ということは、何かしらの正攻法ではない手段で住所を入手した可能性が高い。


 たとえばギルド職員に金を握らせたり、脅したりなどだ。


 神崎はすぐに理解した様子を見せ、頷いた。

「分かりました。では、要点だけをお伝えしましょう」

 彼は深く一息つき、視線をオレにしっかりと合わせる。


「エデンパラダイスという会社は、リゾート開発を主な事業としています。あなたが最近購入された山、それを私たちが非常に興味を持っておりまして、買い取りを考えております。もちろん、適正な価格での提案となります」


「わざわざ家まで押しかけてきて、ですか」


「何度かメールなどでご連絡は差し上げたのですが、返答がなかったもので、ついここまで押しかけてしまいました。ご迷惑をおかけしたこと、謝罪いたします」


 そう言って神崎が頭を下げる。


「……それは申し訳ない」


「どこへ向かわれる予定ですか? もしよろしければ、お送りましょう」


「すぐ近くのコンビニなのでお構いなく」


「ああ、私もコーヒーが飲みたくなってきましたので、ご一緒しても?」


 そう言って神崎がオレについてくる。


「時間は有限です。風見さん、もし興味があれば、歩くついでに具体的な話をしてもよろしいでしょうか? すぐに数字や提案内容をお伝えすることが可能です」


「いえ。売る予定はないので」


 神崎は少し驚いたような顔をしたが、すぐに再び微笑んだ。


「それは残念ですね。しかし、私たちエデンパラダイスはあなたが所有する土地に大きな可能性を感じています。あなたの想像以上に」


「どうして、あの土地に興味を持ってるんですか?」


 神崎は瞬時に答える。


「私たちが目指すリゾートはただの休暇地ではありません。真に特別な体験を求めるお客様のための場所。そのためには、自然や環境、そして土地の持つ特別な魅力が必要です。あなたの土地は、まさに私たちが探している場所なのです」


「それでも、私は今のところ売る気はないです」


 神崎は一瞬の失望を隠せなかったが、彼はすぐに切り替えた。

「あなたが土地を購入した値段は知っています。その百倍、いや、二百倍の金額で購入しますよ」


「いえ、それでも売る気はないですよ」


「もし本気だと思っていないのなら、二十億をあなたの前に持ってきましょう。それでもう一度お考えいただくことはできませんか?」


 山の購入価格は約千二百万円。

 坪当たり46円で、87ヘクタール分購入した。

 だから二十億は約二百倍の金額で間違いはない。

 おそらく、住所がバレたのは栃木の不動産会社の仕業だろう。


 だが、オレは知っている。

 あの土地は二十億どころでは買えないことを。

 山の価格で考えたら破格だろう。

 だが、広大なダンジョンがついている。

 危険なモンスターの出ないその場所は、世界的に見ても貴重な土地だ。


 ダンジョンでリゾート遊びができるという付加価値も含めて、非常に価値の高い場所になる。


 いくら出したところで、買うことのできない土地になるということをオレは知っている。


「二十億あれば何ができるか、わかりますか? まだ高校生では想像もつかないかもしれない。いいや、大人でも想像ができないでしょう」


 神崎は親切そうな表情で、柔らかで魅力的な声で語る。


「二十億。それは一般の人々が一生かけても手に入れられない額です。想像してみてください。高級マンションを中心に東京で物件を複数所有し、最新のスポーツカーや高級車をガレージに何台も保有する。世界中の絶景のリゾート地で休暇を取ることができ、もちろんプライベートジェットでの移動は当然です」


 彼は一瞬の間を置いた後、更に言葉を続ける。


「配信者という職業は夢のある素敵な仕事ですね。ですが、不安定であることは否めません。いつまで続けられるかわかりません。ですが、そのお金さえあれば、あなたの将来のために、最高の大学に通うことだってできます。さらに、卒業後は自分の会社を立ち上げ、世界中で事業を展開することだって可能です。あるいは、あなたの周りの人々、家族や友人たちをより良い生活に導くこともできるでしょう」


 嘘だとはわかっていても、オレの事を考えてくれているような錯覚を覚える。

 彼は、もしよければ自分も取得したMBAを取得することを手伝いましょうか? という提案もしてくる。


「ただし、私が言いたいのは、この金額はただの数字ではありません。それは未来を切り開く可能性、そしてあなたの夢や願望を現実にするチャンスなのです。風見さん、あなたが手に入れる可能性があるその機会を、この土地と引き換えに手に入れることを考えてみてはいかがでしょうか?」


「いえ、それでもお売りすることはできません」


 神崎は少しの間、ハルカの目を直視し、その後ゆっくりと頷いた。


「分かりました。あなたの考えを尊重いたします」

 彼は一瞬、遠くの空を見つめるかのように目を細めた後、再びハルカに向き直った。


「風見さんの心には、確固とした信念があるようですね。それは素晴らしいことです」


 彼は深呼吸を一つして、微笑みながら言った。


「ただ、私たちエデンパラダイスは、この土地に特別な価値を見いだしています。今日はここでお話を終えることにしますが、今後も交渉の窓口は開けておきたいと考えています。もし、あなたの心に変化があれば、いつでも私たちにご連絡ください」


「わかりました」

 まぁ、心の変化など起こりようもないが。


 神崎はその場で一礼し、「失礼いたします」と言って、ネイビーブルーのアウディに乗り込んだ。

 エンジンの静かな響きとともに、彼の姿はオレの前から消えていった。


 オレはコンビニでパスタを買って家に帰った。




   ◆オマケ◆



■ダンジョン管理ギルド調査報告書


■調査対象: 日光市所在ダンジョン


■依頼者: 風見遥氏


1. 基本情報

所在地: 栃木県日光市

ダンジョンタイプ: 自然環境型

規模: 広大

層数: 確認範囲内では1層

入口: 曲木山の山中に隠れるように存在


2. ダンジョン内環境

海: 澄んだ青い水面が広がり、白い砂浜も点在。熱帯魚などが泳ぎ回る。

山: 標高の異なるいくつかの山が連なり、登山ルートも存在。

川: 清流が複数のルートで流れ、綺麗な滝も存在。

湖: 静かな湖面にはボートなどで楽しむことが可能。

森: 原生林に近い密度の高い森。多様な動植物が観察できる。

平地: 広々とした芝生や野原。キャンプや各種アクティビティに最適。


3. モンスター情報

現時点での調査では、危険なモンスターの存在は確認されていない。しかし、ダンジョンの性質上、未知の生物の出現も考えられるため、常に注意が必要。


4. 総評 & 管理について

本ダンジョンは、リゾート開発に非常に適していると評価されます。多様な自然環境が1層内に凝縮されており、訪問者に多様な体験を提供することが可能です。危険なモンスターの存在が確認されていない点も、リゾート開発において大きな利点と言えるでしょう。


さらに、ダンジョンの特性上、民間企業でも管理・監視が比較的容易であると評価されます。特にリゾート施設としての運用を考える場合、安全対策やインフラ整備が容易に計画・実施できる環境が整っています。ただし、ダンジョンの性質上、未知の変動や新たな生物の出現などの可能性も考慮し、適切な管理・監視体制の構築が必要です。




調査担当: ダンジョン管理ギルド・先遣調査チームA

調査日: 2013年7月27日




   ◆オマケ2◆


エデンパラダイス (Eden Paradise Resorts)

業種:高級リゾートホテルおよびエンターテイメント施設の運営・管理

創業年:1989年

本社所在地:東京都港区

CEO:高橋 浩文(Takahashi Hirofumi) - 60歳、業界の重鎮であり、数々の成功を収めてきた経営者。

特徴:

国内外に複数の高級リゾートホテルやエンターテイメント施設を持っている。

常に最先端の設備とサービスを取り入れ、顧客からの高い評価を得ている。

社員教育が徹底されており、特に若手社員には厳しいが高度な教育を施している。

企業スローガン:「楽園のような贅沢を、あなたへ。」

現状の課題:新たな観光地やアトラクションを模索中。特に、新たなエンターテイメントの形としてダンジョン探索を商業化するプランを検討中。

関連情報:

エデンパラダイスは、新しいリゾート地や観光資源を探し続けており、ダンジョンという新しいエンターテイメントの可能性に目をつけている。

ハルカが購入した土地とダンジョンがエデンパラダイスの新しいプロジェクトの鍵となる可能性を秘めているため、神崎誠が動いている。




────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、心からの感謝を申し上げます!

今回は、リゾート会社のエリート社員とハルカのやり取りを中心に進めてみました。


かなり密度の濃い話となったらいいなと思ってます!


次回は、リゾートダンジョンの始まりです!

どんなストーリーが繰り広げられるか、お楽しみに!


どんどん盛り上がって参りますので、皆様の★、フォロー、コメントで、私の執筆のためのエネルギーをください! 皆様の反応を見るのが、私の一番のモチベーションとなっています!


多くの方に読んで頂き、反響を感じることができて嬉しいです。これからもモチベーションを維持し続けて、更に面白い展開をお届けできるよう努力いたします!


どうか今後も、暖かい目でこの物語を見守っていただければと思います!


もちぱん太郎

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