第62話 犬の散歩
現在は七月の下旬――つまり夏休みである。
そのため、いつもより自由に動けるオレは、栃木県の日光市に来ていた。
といっても鉄浄さんや真白さんに会いに来たわけではない。
未来知識によりダンジョンがあることは知っているが、確認のためだ。
日光市は関東地方の中でも自然が豊かで、歴史的な観光地であることで知られている。
日光東照宮や戦場ヶ原、いろは坂に
今より一年ほど後に、この山にダンジョンが存在していることが発見される。
そして様々な事件が起こったのちに、大手リゾート会社が入手し、リゾート地として生まれ変わった。
それにより栃木にある大きな観光地となったのだ。
様々な配信者たちが利用し、有名になった場所でもある。
また富裕層や、海外のセレブなども利用した、ダンジョン内リゾート施設を作るのに最適な場所だ。
だがこのダンジョンがなぜそのような居心地のいい環境なのかはわかっていない。
この日光市のダンジョンは、他のダンジョンとは異なり、中には太陽、風、草木といった自然環境が広がっていた。
一説には、このダンジョンが存在する空間は、別の次元や宇宙からのものであり、5年前のある事象が引き金となり、我々の世界とその次元や宇宙がつながっただとか。
異世界につながっているだとか。
宇宙人の実験場だとか、好き勝手言われていた。
オレは電車とタクシーを使って、山のふもとまでやってきた。
山道すらない山の中をひたすら進む。
微量の魔素が流れてくる方向へ向かっていく。
そこには、隠されるようにして洞窟があった。
オレが奥へ進むと、そこは明らかにダンジョンの空気を漂わせていた。
その洞窟のような場所を進むと、いきなり道が開けた。
ダンジョンの中だというのに、空が存在していた。
太陽が輝いている。
涼やかな風が頬を撫でる。
草や花が地面から生えている。
明らかにそこはダンジョンの中ではなく、外の世界にしか思えない。
少し離れた位置には山や森が見える。
未来での記録が正しいのであれば、海すらもあったはずだ。
オレはダンジョンの中を半日以上調べた。
結果は、未来で見聞きした知識と同じだ。
モンスターは現れず、広大な土地がある。
ただそれだけのダンジョンだった。
オレはすぐに日光市にある不動産会社に連絡をとり、山を買いたい旨を伝える。
ただし、未成年であるオレ一人だと信用も得づらいと思い、不動産会社に行くときは鉄浄さんにも来てもらった。
その結果、呆気なく、山は入手することができた。
職員から聞いた話によれば、なんでも持ち主は早々に山を手放したかったらしい。
色々話してしまって、コンプラとか大丈夫なのか? と思わないでもないが、未来よりはゆるかったはずだ。地方の不動産会社ということも関係あるかもしれない。
持ち主は親の遺産を巡って骨肉の争いをして、遺産を得たという。
その中の一つに山があったのだが、それが問題だった。
山というのは持っているだけでは何も資産を生み出さない。
しかし、固定資産税がかかる。
一番の問題は山の管理責任だ。
土地をしっかりと管理しない場合、刑法などによって罰される可能性があるとのことだ。
そういった理由で、早く手放したかったということだ。
未来では、その所有者は変死を遂げている。
オレが購入したということは所有者を救ったという事にもなるだろう。
次に行うことは、オレがダンジョンの存在を事前に知って購入したことを隠すためのカムフラージュだ。
オレは、後日配信をすることにした。
配信の目的は以下の通りだ。
オレはダンジョンの存在を知らずに購入した。
オレの所有する土地にダンジョンがあったことを知らしめる。
それに加えて、このダンジョンはリゾート地に相応しいということを周知する。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ということで、山を買ってみました! ここがオレの山です!」
「ハッハッ……」
オレは
「前回ペットにした犬なんですけど、わりと身体が大きいじゃないですか。運動不足になるかもしれないと思って、山を買ってみました」
オレは緑生い茂る空間で、片手を広げて周囲を視聴者に見せる。
「で、この犬、名前がなかったんですよ。だからちょっと名前を付けました」
【視聴者募集じゃないのか……】
「月子って名付けました。みなさん、よろしくね」
【適当過ぎて草】
【草】
【草っていうか森】
【いや、山だろ。っつーかその犬精霊王だろ!? 完全に犬扱いじゃん。。】
「ハッハッ……!」
月子はオレの演技指導に従い、自分の尻尾を追いかけてぐるぐる駆け回っている。
【え? これがあの偉そうだった精霊王。。? 入れ替わってない?】
「主、主! ハッハッ……! この余が、全然捕まえられないのだ……! こいつはすごいやつなのだ!」
精霊王は逃げる自分の尻尾を追い続ける。
こうやって地道な活動を行っていくことで、確実にペット枠にしていこうという目論見である。
また、今回山を買った
小型犬であれば散歩は室内で事足りるという。
だが精霊王は大きい犬なので、通常の散歩程度では運動不足になってしまうかもしれない。
そのため、日光市の奥地にあるやっすい山を買いました! ということだ。
正直やりすぎな気がしないでもないが、配信者ならやる。
とりあえずやりすぎなくらい話を大きくして、視聴者の意識を引こうとする習性がある。
それを利用することで、『そういうことも、あるかもしれない……』と思わせるのが目的だ。
「主、主! 余はこっちへいく……!」
言って月子は山の中を駆け回る。
その姿は完全に野生の犬のようだった。
――あとでワンチャールでも買ってあげよう。
猫用のチャオチャールが猫に大人気だ。
そのため、ワンチャールもすごいだろう――という目論見は後で外れることになる。
チャオチャールはすでに発売していたが、ワンチャールの発売日はかなり後だったからだ。
2013年現在はまだ発売していないらしい。
オレは月子と一緒に野山を駆け巡った。
【俺たち何を見せられてるんだろう……?】
【ハルくんってダンジョン配信者だよな……?】
【たしかに。最近ダンジョン行ってなくね?】
【てかハルくん身のこなしすげえ】
「ははは。待て待て月子ー」
「ばうばうっ……!」
【ここ犬チャンネルだったっけ……】
そんなコメントをよそに、持ってきたフリスビーで遊ぶことにした。
「行くぞー、月子!」
「ばうっ……!」
【やべえ! フリスビーで木を伐りやがった!?】
【マジで何を見せられてるんだろう……】
そして数時間が過ぎたころ、月子が最初に指示していた場所に一直線に向かっていく。
「お、おいっ、月子! どこ行くんだ……!?」
オレは慌てた演技をしながら、月子の後ろを追っていく。
「ばうばうっ……!」
「……ここは……。洞窟か?」
深い山の中、木々が生い茂る一角。
人々の目から隠れるような小さなくぼみがあった。
一見するとただの自然風化でできたくぼみのように見えるが、そのくぼみの奥は通常と異なっていた。
暗い空間が広がっていて、中をのぞくとさらに奥へと続いている。
まるで自然に形成された洞窟の入り口のようだった。
深くて暗く、中から冷たい空気が流れてくる。
中に入っていく。
【え……? 洞窟の中に空? っていうか平地……?】
【湖もある! なんだそこ……!?】
【急にこんな平地が、続くのおかしいだろ……】
「…………信じられない」
【どうしたの? ハルくん??】
「皆さん……ここ、ダンジョンです……」
オレは迫真の様子で言った。
【はあ!?】
【え。なに、うっそ!?】
オレは頭を押さえて言う。
「なんてこった……。まさかオレの買った土地にダンジョンがあるなんて……想定外です」
【なんで? ラッキーじゃないの?】
「ダンジョン関連の法律で決まっていますが、そのダンジョンを管理しきれないと所有が認められないんですよ。オレの事務所は人数も少ないから、ダンジョンを暴走しないように管理するなんて、中々難しくて……」
しょげた様子で言ってみる。
【マジかよ……めっちゃ不運やんけ】
【こんなことあるんか……】
「とりあえず、ちょっと中を調査して……あ、その前にギルドに連絡して、あちらの方にも調査していただきます」
オレは配信しながら、顔見知りのギルド員へと連絡した。
そして、ダンジョンがある土地を買ってしまった旨を伝え、調査を依頼する。
「これで、明日にでも調査をしてくれるはずです。暴走したら大変ですからね……。せっかくなので、月子とこのダンジョンを探索してみます」
オレは視聴者にそう言って配信しながらダンジョンの探索をした。
山があり、海があり、湖があり、森があり、平地があり、花畑があり――と、リゾート地に最適であることを、これでもかとばかりに見せつけてみた。
この配信は勝手に切り抜かれ『ダンジョン配信者さん、買った土地の所有権を取り上げられそうwww』というタイトルでバズった。
まあ、モンスターほぼいないんで管理できるんですけどね。
――ということを知っているのは現状、オレだけだった。
────────────────────────
あとがき
皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
ちょっと動きの少ない説明会だったかも。
いや、精霊王の扱いひどすぎますね……!
これはカクヨム様に関係ないことで恐縮なのですけど、
実は小説家になろう様のほうにも同時掲載させていただいてるんですよ
そちらがジャンルの日間一位を取りました。
皆様が応援してくれたおかげです。
皆様の応援のおかげで、私は書き続けるモチベーションを保てています。
本当にありがとうございます。
たくさん読んでいただき、反応をいただき、本当に感謝しています!
これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!
もちぱん太郎
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