第60話 ホテルで密会

 本日は、オレが祝勝会を行うことにした日である。


 場所は東京駅すぐ近くの五つ星ホテル、ユートピアパレス東京だ。


 ユートピアパレス東京は、都心のすぐ真ん中に聳え立ち、豪華なホテルとして名高い。

 名前の由来は、天国のような理想郷を意味する「ユートピア」。まさにその名の通り、地上の楽園を体現するかのような存在だ。


 このホテルは長い歴史を持ち、かつて多くの王族や国賓、そして著名人を迎え入れてきた。

 白を基調とした壮麗な外観には細やかな金の装飾が施され、一歩踏み入れると楽園のような雰囲気に包まれる。


 ダークカラーのスーツに身を包んだオレは、エントランスを通っていく。

 スーツは謝罪配信用に使ったものである。

 ただしネクタイだけは別のもので、月の光をイメージした淡い青色のものだ。


 エントランスでは、高級な大理石のフロアが広がり、上を見上げれば絢爛たるシャンデリアが輝いている。

 長い歴史の中で培われた格式と、現代の洗練されたサービスが融合。

 すべてのゲストに極上のひとときを約束するというこのホテルは、まさに特別な場所だった。


 歩を進めていると、スタッフが近づいてきた。


「いらっしゃいませ。ハルカ様。ユートピアパレス東京へようこそ」


 彼は丁寧に頭を下げてからいう。


「本日はパーティの会場に当ホテル、ユートピアパレス東京を選んでいただきありがとうございます」

 オレが感謝の言葉を述べると、彼は豪華な内装のエレベーターホールへと案内してくれた。


 エレベーターが開くと中にはまた別のスタッフがいた。

「どうぞ、上階のラウンジへご案内いたします。お楽しみください」


 オレはそのまま専用ラウンジに通された。


――おお、眺めがいいな。

 専用ラウンジはホテルの上層階に位置している。

 そのため巨大な窓からは東京の絶景が一望できた。


 高い天井に、洗練されたインテリア。ソファやアームチェアが配置されており、小さなテーブルセット、それにバーカウンターまで併設されている。


 ラウンジ内にはすでに鈴木一家がいた。

 彼らはセミフォーマルな装いをして、ソファに座っている。

 真白さんはベールピンクのAラインワンピースドレスを着ている。またその上に薄いカーディガンを羽織っていた。


 しかし、真白さんがどこか異様な雰囲気を醸し出していた。

 怒っているようにも見える。

 だが何に怒りをぶつけるわけでもない。

 このやるせない世の中に憤懣を隠せないといった様子だ。

 ほっぺたがぷくーっと膨らんでいる。


 それを左右にいる両親からなだめられている。

 完全に、何か不愉快な出来事に遭遇した幼女、といった雰囲気だった。


「鉄浄さん、真白さん。奥さん。本日は来ていただいてありがとうございます」


 にこやかに笑って彼らと挨拶を交わす。

 鉄浄夫人は特に熱心にオレにお礼を言っていた。

 あのままだと本当にどうなっていたか分からないと。真白を誘拐され、借金もあって、どう考えてもいいことにはならなかっただろう――とのことだ。

 まぁそれはそうだろうなぁ、とオレも思う。


 オレが知っている未来では、真白さんも奥さんも影も形もなかった。

 前回の悪徳探索者の話を総合して考えれば、おそらく真白さんは借金のカタにつれていかれて、分解・・されていた。

 鉄浄夫人も、離婚か死別かのどちらかだろう。


 現在、真白さんと鉄浄さんは固定給+歩合制で雇っている。

 配信事務所ということもあり、配信などによって儲けた額によって青天井で給与は上がっていく制度だ。

 真白さんの登録者はどんどん増えているし、これからはさらに余裕ができるかもしれない。


 だが、その真白さんは世の中のすべてを恨んでいるような負のオーラを漂わせている。


「……それで、真白さんはどうしたんですか?」


 真白はオレの顔をみて、ばつが悪そうな顔になった。

「言いたくありません……」


 そして真白の両親たちが真白にいう。


「気にすることはないぞ、真白。そのままで真白はかわいいからな」

「そうよ。真白ちゃん。そのうち成長するわよ」


「お母さんっ! 言っちゃだめです!」

 と真白さんは口止めをしてから、自分の口を押えた。


「……成長?」


 オレが目を向けると、真白さんは観念したように答えた。


「わたし、もうだめかもしれないんです……」

 その声には切実さと悲哀がこもっていた。

 もしかすると、かなり深刻な話かもしれない。


「真白さん。何かあったなら、オレに相談してくれ。できることならするから」


 真白さんは、事務所メンバーであるだけでなく、鈴木鉄浄さんの娘でもある。


 鉄浄さんは前回の世界線で、社会的に大成功を収めていた。


 ならば、今回の世界でそれを下回ることは避けたい。前回よりも幸せだと思うようにしたいと、オレは考える。


 ということは、彼の娘である真白さんの幸せは彼の幸せにつながる。


 そういったかなり回りくどい経路で、オレには真白さんを幸せにする責任があるのだ。


 オレが真剣な目で真白さんの目を見つめると、真白さんはしぶしぶ語りだした。


「それがですね……。わたし教習所通ってるって言ってたじゃないですか」


「ああ。確か年齢の証明をしたいんだったよな?」


「……はい。かなり通って、学科教育も大体終わったので、技能実習をしようとしたんです」


 学科教育とは座学のことだ。普通の学校の授業のように、交通ルールや車の扱い方などを学んでいく。

 そして技能実習は、実際に自分自身で車を動かして、教官に教えてもらうことだ。


「運転が苦手だったのか……?」

 それはないだろう、と思ったが、そう尋ねた。

 真白さんはレベルが上がったこともあるし、元々の運動神経も悪くなかったようで、精霊を倒しに行った時の身のこなしは中々のものだった。

 斧の振り回し方も、悪くなかった。

 精霊術師をしてもらいながら近接戦闘を教えてもいいかもしれないと思うくらいには、運動神経は高い。


「……そんなかんじです」


「え……?」

 自分で聞いておいて、びっくりしてしまう。


 真白さんが悔しそうに目をぎゅっとつむった。


「足が……足が届きませんでした……」


「…………あぁ」

 それはどうしようもなかった。


「無理をすれば届くんですけど……わりとひどい体勢になるから、危ないかなって……」


 たしかにそれは免許をとらないほうがいいかもしれなかった。




 しばらくして、次の人物が現れた。


「師匠。今日はお招きいただきありがとうございます」


 小早川沙月だ。


「おぉ……誰かと思ったよ。あと、オレは師匠じゃない」


 小早川沙月は和装だった。

 紺色の着物に、銀の帯といういで立ちだった。

 左三つ巴の家門入りのかんざしで髪をまとめている。

 足元は白い足袋と草履だ。


 小早川沙月は、いつもの元気な様子が嘘のように、たおやかにお辞儀をした。

 それから、笑う。


「実家の行事以外でこういった催しに参加することがないので、楽しみです」

 その言葉が嘘でないことを示すかのように、小早川沙月の足取りはるんるんと軽かった。


「そういえばハルカ教官」


「それはかなり意味合いが変わってくるが大丈夫か? あと教官ではないからな」


「事務所を作ったと聞きました! というか動画で見ました……!」


「ああ、実はそうなんだ。作ったんだよ」

 鈴木のおっさんを逃がさないために。そして彼が成功できるように。


「何かお忘れではないですかね……?」

 遠慮がちに言って、小早川沙月は下から見上げるようにオレを見てくる。


「いや、大丈夫だぞ」


「えっ……」


「権利関係や契約書関係もしっかりしてるし、設立の手続きもしたしな。一応未成年ではあるけど、そのあたりもできなくはない。それに、鈴木のおっさんもいるしな」


「そ、そうではなくですね? というか、あちらの方たちはメンバーなんですよね……?」


「ああ。オレの事務所のメンバーだ。一人はその奥さんだけどな」


「……ぐっ」

 小早川沙月が変な声を出して一瞬だけ悔しそうな顔になった。


「私もどうですか? 結構人気もあって悪くないと思うんですけど」


 ん-……。

 小早川沙月が前回の世界線で成功して、オレのために運命を捻じ曲げたとするなら、オレも多少の責任は感じる。


 だが、彼女は今年の六月に死んでいたはずだしな。

 生きているだけで、前回より成功しているといえるだろう。

 なら彼女がどういう生き方をしたところで、前回より悪くなることはないはずだ。


「いや、君には必要ないだろう」


 オレが言うと小早川沙月が肩を落とした。


「……そうですか」


 そこで、オレははたと思った。


 もしかしてオレの事務所に入りたいのか?


 ――こいつ、正気か? と。


 事務所なんて入るものじゃないと、オレは思う。成功していない人間ならば、事務所に入ってコラボなどで引き上げてもらうというのは全然アリだ。

 しかし、小早川沙月は独力で成功している配信者だ。


 なのに、事務所に入れば独り占めできていた利益が、それなりに持っていかれてしまう。

 またうちは決してそんなことはしないが、契約で縛ってくるクソゴミカスみたいな事務所だって存在する。


 そんなものに、どうしてわざわざ入りたいんだ――!?


 事務所なんて、成功者にとっては百害あって一利なしだ。

 安定を望むというのなら、そもそも配信者なんて職業はやめるべきだ。


 自力で、自分の人気だけで戦っていかねばならない配信者。

 それは事務所に入ったからと言って安泰とは程遠い。


「いや、小早川沙月さん。少し考え直した方がいい」


 オレがいうと、小早川沙月はハニワみたいな目になった。


「……え」


「いや、君は独力で成功している素晴らしい配信者だ。なのに、事務所に入るメリットは薄い。それに、事務所に入ると様々な制限も生まれることがある」


「……制限、ですか?」


 たとえばそうだな。


「恋愛禁止とかだ」


 小早川沙月もそうだが、真白さんもそうだろう。

 恋人ができたらきっと燃える。


 メンタルさえ持つなら燃えることはそこまで問題じゃないかもしれない。だが、炎上というのはかなり精神にダメージが来るらしい。


 オレは前回の世界線で、炎上によって引退した配信者を何人も見てきたのだ。


 オレがそういうと、いつの間にか真白さんがひょこひょここっちにやってきていた。

 そしていう。

「恋愛禁止! いいと思います!」


 まさかの賛成である。


「……真白さんは賛成なのか」


「はいっ! ハルカくんに恋愛なんてまだ早いです!」


「オレのこと!?」


 真白さんは両腕を組んで、然り、然りと頷いた。


 そこに小早川沙月が言う。


「たしかに。ししょ――ハルカさんに恋愛など不要ですね。そんなことをしている時間があるなら己を磨くべきです。いえ、ハルカさんはすでに完成された素晴らしい人ではありますが。さらに上にいけるなら上に行ったほうがいいと思います」


「そうです。ハルカくんに恋愛はまだはやいです。もっともっと遅くていいです。恋人なんてポイーです。ポイー。お姉ちゃんは認めませんよ」


 そんなことを言う真白さんを、小早川沙月が見て言った。


「たしかにその通りです。技術が上がり続け、男の盛りを迎えるのは三十台か、四十台。そこからは肉体は衰えていきます。ハルカさんが恋人を作るのは四十台になってからでいいと思います」


「ですね。沙月さん。動画で見たときは、ちょーーーっと、気に食わないって思いましたが――あなたもなかなかわかってますね」


「私もよ。真白ちゃん。調子に乗ってるとか思ってごめんね。だけどあなたの考えは一理も二理もあるわ。百理くらいあるかもね」


 なぜか初対面の二人は意気投合していた。


 そこに鈴木のおっさんが「そうだ。真白に恋人なんてまだはやい! 恋愛禁止にすべきだ!」と言い出した。


 鉄浄さんの奥さんは疲れた顔でため息をついていた。


 その時、専用ラウンジのドアが開いた。

 スタッフに案内されてやってきたのは、水無月璃音だった。


 黒を基調としたサテン生地のブラウスに、膝の見える黒のハイウエストスカート。

 どちらもシルバーの装飾が入っている。

 またヒールの高い厚底の黒い靴を履いており、それも銀で飾られていた。


 新たな人物が現れたことにも気づかず、

 真白さんは「そうです! ハルカくんに恋人なんてまだ早いんです!」と大きな声でいっていた。

 小早川沙月は「そうね。師匠に恋人なんていたら邪魔にしかならないわ!」と言っており、鈴木のおっさんも「そうだ。真白に恋人はまだいらない!」と言っている。


 それぞれが口々に「恋人禁止にするべきだ」と言っていた。


 水無月璃音は目を丸くして


「え……。何ですかこの状況? 遥さん? 君ってもしかして、アイドルか何かなんですか? ドル売りするの?」


 と言った。



 そして全員が集まったので、スタッフの案内に従って、祝勝会の会場であるスイートルームへと向かった。




 ――次の目標は土地を買うことだ。




────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

今回は祝勝会――までいけませんでした。


長くなりそうなのでいったんここで切ります。

次は祝勝会して、次の目標を出します!


もっと面白くしていきますよ……!


ですので★とフォローとコメントで私のモチベーションを高めてください。

やる気があると書く速度めっちゃあがります!


たくさん読んでいただき、反応をいただき、本当に感謝しています!

このまま、いけるところまでいけたらさらに嬉しいです……!


これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!



もちぱん太郎

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