第59話 《SIDE:お姉さん》謝罪動画

【SIDE:ハルカファンのOL】


 私は残業がようやく終わり、家に帰ってきた。

 もう夜も遅い時間だ。


 コンビニで買った夕飯をもきゅもきゅ食べながら、推しであるハルカの動画を見るのが日課だった。


 私は前々からハルきゅんのファンだった。

 だが、中華街の動画に一緒にでてからは、もう一生推そうと決めていた。


 その日も新しい動画が投稿されていた。

 わくわくしながら開く。


 ――すると、いつもと動画の様子がまったく違っていたのだ。


 ハルきゅんがスーツを着ている。ネクタイは紺色で、真面目で誠実な雰囲気がした。

 その様子に一瞬で『ハルきゅううううん!』となった。


 だが、隣にはおかしなものがいた。


 ひび割れた兜に身を包み、満身創痍に見える存在――月の精霊王だ。


 何を思ったか精霊王は、鎧の上からスーツを着るという蛮行をしていた。


 動画が始まるとすぐに二人は、頭を下げる。

 早すぎず、遅すぎず、適度にゆっくりと頭を下げる様子は、謝罪の意識が感じられた。


 そして、ハルカだけが頭を上げて、話し始める。


「この度は、月の精霊王に関する、一連の騒動についてお話ししたいと思います」


 ――え?

 なんでこんな、謝罪動画みたいなことをハルきゅんがやってるの?


 ハルきゅんは私をまっすぐ見つめながら、いう。


「今回は、たくさんのご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 ――え?

 私の思考が一瞬止まった。


 ネットでハルきゅんに対して「やらせだ!」という人間たちに、さんざん文句を言ってきた。

 だから、もしかして、彼らの言うことが本当だった?

 なんて、思ってしまった。


 だってハルきゅんは謝ってるし、精霊王まで隣にいるから。

 そう思うのは仕方のないことだった。


「まず初めに、この度、騒動を起こした月の精霊王についてです。精霊王については皆様は様々なご意見があるとは思います」


 まさか、グルなの……?


「私ハルカは、今回皆様の望まないことをしてしまったかもしれません」


 う、うそだよね……?


「今回の横浜騒動で、一つ皆さんに謝罪しなければならないことがあります」


 ああ、え、本当に……?


 胸の動悸が早くなってしまう。

 私はハルきゅんを信じる。信じるけど、本人がこんなことを言っちゃったら……。


「申し訳ございません……」


 そういってハルきゅんは頭を下げた。


「私、【遥かなるミライ】代表ハルカは、あの騒動の中心である月の精霊王と精霊契約を結び、飼い主になりました」


 ……え?


「いくら契約する前とは言え、精霊王が事件を起こしたことは事実です。飼い主として、皆様に謝罪いたします」


 それを聞いた瞬間、ほっとした。

 そして、疑ってしまったことに対して、罪悪感を覚えてしまった。


「申し訳ございませんでした」


 いいんだよ!

 大丈夫だよ! ハルきゅん!

 お姉さんはわかってるからね……!

 てか、ハルきゅんが謝ることじゃないし!


「この度のことは、いくつか事情がありまして、私から説明させていただきます」


 ハルきゅんが頷く。


「まず、事の始まりは松原が精霊王の知識を悪用したことからでした」


 ハルきゅんの説明はこうだった。

 精霊王は人間の世界について知識が不完全であり、そのせいで多くの人を巻き込む行動に出てしまった。

 精霊王は土地を領有しようとした、本能に根差した行動だった。


 それを松原が悪用し、多くの人間を巻き込もうとしたという。


 精霊王は生まれてすぐに指輪へと封印され、何も知らない状態であり、その無知な状態を松原が利用したらしい。



 精霊王はずっと隣で頭を下げたまま何も語らない、それを誠意と感じるか、ハルきゅんに任せてるだけの無責任と捉えるか。

 私はどちらかといえば後者だった。


 そしてハルきゅんじゃない声が聞こえる。

 精霊王が喋ったのだ。


「余の、ハッハッ、起こした事件で、ハッハッ、申し訳なく思う……」


 その言葉で私の怒りは膨れ上がった。

 なんでハルきゅんだけに謝らせてるのか、ふざけてるみたいなその笑いは何なのか。


 ――そんなの、契約しないほうがいいんじゃない?


 とすら思った。



「人間界の常識に疎いからかもしれないが、兜をつけたまま謝罪は失礼だよ。外して、ちゃんと謝るんだ」


 ハルきゅんがいうと、精霊王が頷き、兜を外した。


 すると、出てきたのは犬の顔だった。


「えぇ……?」と私はつい声に出してしまう。


 鎧の上からスーツを着た犬は言う。


「この度は、ハッハッ……。たくさんの人を、ハッハッ……。巻き込むつもりは、なかったのだ……」


 アホそうに舌を出したまま、人語で話す犬。

 何を見せられているかわからなくなり、頭がバグりそうだった。


 しかし、ハルきゅんはやっぱり悪くない、それどころか、こんな犬のために謝ってて、素敵な人だと思った。


「余は、ハッハッ……何もわからぬ……」


 本当に何も知らなそうな、無垢――というよりアホそうな顔で犬が言う。

 ポンッと煙が巻き上がり、犬の鎧とスーツが消えた。

 先ほどまでは身体は人間の骨格のように見えたが、今は完全な犬だった。


「すまぬ……ハッハッ……許してくれ……」


 そういって犬はねそべり、服従のポーズをとった。

 おなかを見せる奴だ。


「……こんなやつなんです。本当に何も分からなかったみたいなんです。犠牲者も出ていないことから、なんとか、許していただけませんか……」


 そう言ってハルきゅんが頭を下げた。


 犬は服従のポーズをとりながら、ハッハッとアホそうに舌を出している。


「ハッハッ……余の考えでは、領地を得ることは、精霊王として当然の行動で、ハッハッ……。誰かが傷つくという発想が、なかった。余の知識が不足しており、誤った行動を、とってしまった。すまぬ……」


 アホそうな犬が言う。

 そしてハルカが口を開く。


「それにも関わらず、精霊王は今回の行動を深く反省しています。その責任をとるため、私たち人間と協力をする道を選びました」


「ハッハッ……余は横浜に住む皆様に深く謝罪いたします。これからは、ハルカの元で、人類のために全力を尽くします」


「だからどうか皆様、今すぐ許せとはいいません。せめてこの精霊王がこれからどうなっていくか、その道のりを見ていただけませんでしょうか……」


 ハルきゅんが低姿勢で、頭を下げる。


 ――そこまで言われたら、様子を見るしかないじゃない。

 私はそう思った。


 そもそも横浜を救ってくれたのはハルきゅんだし、ハルきゅんがいなかったら横浜がどうなっていたかもわからない。

 そう思えば、ハルきゅんの意志に従うのは当然に思えた。


「また、横浜ですが、大部分は救うことができました。松原の計画では、横浜市全土の精霊アストラル界化でした。ですが、それをすべて止めることはできませんでした。パフィシコ横浜一帯が、半精霊アストラル界化してしまっています」


 すべてを救えず、申し訳ございませんでした。とハルきゅんはいった。

 それはそもそもハルきゅんのせいじゃない。

 悪いのは松原っておじさんだし。


 ハルきゅんがいうにはパフィシコ横浜の近くは精霊が出現する可能性があるらしい。

 だが、月の精霊王に命令させることで、人を襲ったりはしないようにしたという。


 ……ってことは、月の精霊王がいなかったら、あの辺りは、危険なことになるんじゃないの?


 最後にハルきゅんがもう一度謝罪し、頭を下げ、動画は終わった。




 その後、今日の謝罪動画は大型掲示板で物議をかもしていたらしい。

 そんな危険な生物は早く殺せという意見や、何もわかってなさそうだしそこまでしなくていいという意見。実際様子を見てみたらいいんじゃないかという意見や、ハルカが救ったんだから外野が騒ぐなといった意見。


 そういった世間の反応で、ハルカはしばらく話題の人となった。







────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

アンチも生まれてますが、基本的には好意的な人のほうが多い感じです。


次回は祝勝会です。

初の沙月、真白、璃音、鈴木のおっさんの顔合わせになる予定です!


たくさん応援ありがとうございます!

たくさん読んでいただき、反応をいただき、本当に感謝しています!

このまま、いけるところまでいけたらさらに嬉しいです……!


これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!



もちぱん太郎

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