第55話 これが人類の美しき力だ……!

 戦いは膠着状態だった。

 月の精霊王の攻撃でオレが負けることはないし、逆にオレもみんなを納得させる決め手に欠けていた。


 何もかもが常に流動する、不安定な空間で、オレはただただ攻撃をされ続けていた。


『ぬうううう! まだ生きておるのか! 人間とはこんなにもしぶとい生物なのか!?』


「はっ……。こんなもんで、オレを殺せるかよ……」


『強がりを言いおって……! 余に虚偽を告げるなど、万死を以ってまだ足りぬ!』


 もっとだ。もっと耐え続ければ――勝機がある。


『余の超必殺技を喰らうが良い……! この技を見て、未だに存在し続けているモノはおらぬ……!』


 月の精霊王は『ぬぅぅうぅぅ』と言いながら天空に手を伸ばし力を集め始める。


 オレはその月の精霊王の放つ恐ろしい圧力を必死に耐えていた。

 この光景を見て、耐えがたい衝動を堪える。


【ああ! なんて威圧感なんだ……】

【動画越しなのに、恐ろしさが伝わってくる……】


 くそ、耐えろ。オレ――!


 ――やっべ。超隙だらけじゃん。攻撃してぇ……。


 この感情を抑えるんだ!


『ククク……震えているではないか。余が、恐ろしいか!?』


 精霊王に、月の光と星の力が集まっていく。


『この技こそが、我が全知全能の力、真の究極! 時空・次元、すべては我が技の前にひれ伏すであろう! 星の力と月の光、二つの極地が一つとなり、空間そのものを歪ませる。そして我が盾は、すべての光を吸収し、宇宙の闇を生み出す……』


 ――ちょっと何を言ってるかわからないですね。


 そう言いたくなるのを堪える。


【ハルカくんが、震えてる……】

【なんて恐ろしいんだ……精霊王ってやつは……】

【人が逆らっていい存在じゃ、ないのかもしれない……】


 精霊王の片手に、すべての闇が――

 精霊王の盾に、すべての光が――


 ――集約する。


 そしてその二つを、精霊王は合わせた。


 宇宙の闇と、月の光が混ざり合い、爆発的なエネルギーが生まれた。


 その瞬間、盾は天と地、時と空を割った。


 光を内包せし闇が、闇の中で輝く光が、月をかたどり、オレに絶対的な速度で迫る。


「う、うあああああ……!」


 オレは右腕に魔素を集め、対抗する。

 圧縮に圧縮を重ねた魔素が、精霊王の超必殺技をわずかに反らす。

 反らされた絶大な力は、空中に向かって飛んでいき、大きな爆発を起こした。


『人にここまでの強者がいたとはな……だが、もう動けぬであろう? 立ち上がることも――否、指先一つ動かせるようには見えぬ』


【ハルカくん! 死なないでください・・・! こっちは、横浜の他の場所は、止めましたよ! だからハルカくんも・・・!】

【師匠。。。なんで、なんで私をそっちに連れて行ってくれなかったんですか。。!盾くらいには、なれたかもしれないのに。。!】

【遥くん。私にここまでさせたんだから、死なないでくださいね。絶対に、絶対にですよ】

【わしにも、まだ教えることがたくさんあるといっていたではないか。。!】


 事務所メンバーや、関わった知り合いからのコメントもあった。


 オレはもはや死に体だった。


 ――そう見えると思う。

 

「おい、月の精霊王……。オレは、まだ、負けてねえ……」


『ククク……恐怖のあまりに身を震わせているのか。指も動かせぬその状態から、逆転の目があるとでも?』


「あるさ……。オレは、一人じゃないからな……」


『ではやってみるがいい。この空間に助けなど来れぬよ。貴様の死の前の余興だ。余を楽しませることを赦すぞ。道化よ。クハ、クハハハハハ』


 あ。これ絶対言っちゃだめなやつ……。というか逆転の手があるって言ってる相手に、その行動はアホだろ。


 オレはそんなことを思いつつ、それは口にしない。

 それを告げて『じゃあやっぱやめるわー』とか言われても困るからだ。


「なぁ。見てるみんな、いいかな……? げほっ……げほ……」


 ――今の咳はちょっとわざとらしかったかな……?


『クハーハハハ! もはやまともに喋ることもできぬ有様ではないかァ!』


 あ。大丈夫そうだ。月の精霊王が絶好調にノリノリだから、オレの咳もごまかしてくれそうだ。


「別サイトでミラーで見てるやつら……、全員Youtudeの、オレの公式にきてくれよ……。多言語のサイトでも、日本語わかるやつ少しはいるだろ……? オレがそう言ってるって、言ってくれ……」


『訳の分からぬ世迷言を……!』


【誘導、手伝います!】

【少しでもハルきゅんのために……!】

【そうか……外国の人も見てるのか。精霊の言葉って、なぜかみんなわかるもんな……】

【オレ、見てない人も、この動画見るように勧めてくる……!】


 オレは荒い息をつく。


 そして苦しそうに言う。


「あと……チャンネル登録と高評価……よろしくな」


『何を口走っている! 余にも理解できるよう、明快に言うのだ……!』


「みんなに、応援してくれって、頼んだんだよ……」

 視聴者数が次々に増えていく。

 十数万だった視聴者は、二十、三十、四十……まだ増えていっている。


『先ほどから小うるさいやつか……』


 そういえばこの精霊王、『余の超必殺技を見て生き残った者はおらぬぅ!』みたいなこと言ってたけど、配信しちゃってるからな。

 とんでもない人数が超必殺技見て生き残ってることになりそうだ。


 そして、オレへ、コメントの声援が飛んでくる。


【ハルカがんばえーーー】

【ハルカくんがんばって……!】

【死なないで! ハルくん……!】

【ハルきゅうううん!!!】

【勝って! 応援してる……!】


 それらは、オレを応援する言葉だ。


 視聴者は百万を超えていった。


 月の精霊王が、外部出力で読み上げられた音声を聞いて笑う。


『クハハハハ! 応援されたくらいで何が変わるのだ……! 他人の声援を力に変える能力でも持っているというのか!? だとしても、何も変わらぬ……! もう終わりでよいか……!?』


「月の精霊王……一つ頼みがある」


『んん~~~? どうしようかなぁ~~~』


「あんたじゃなきゃ、できないことなんだ。あんたの言葉はみんなに伝わるんだろ……? それって、すげえ能力だよな……」


『ククク! 余に限らず、精霊ならば誰しもができるのだ。人間には到底、不可能なことらしいなあ?』


 月の精霊王が見下すようにいう。


「これを、復唱してくれないか……? ――――って」


 オレは言ってほしい言葉を精霊王に伝える。


『いいだろう、言ってやろう……!』


 精霊王は超絶得意げにニヤリと笑う。


『チャンネル登録・高評価を忘れぬようにな!』


 言った後オレを見て、不可解そうな声を出す。


『これにどんな意味があるかは判らぬが、死にゆく者の最後の願いよ。聞き届けてやろうではないか……』


「さすがだぜ……。精霊王のすごさ、よくわかったよ……。じゃあオレからも、お礼をしていいかな……?」


『ククク……良いぞ』


【ハルカ、がんばえーーーー!】

【負けるなハルカーーー!】


 オレは声援を送ってくれる皆にいう。


「みんな……」


 息を吸う。


「ちーーがーーーうだーーろーーー! 違うだろー! そうじゃないだろ! オレへの声援、ありがたいよ。ありがたいさ。でもそうじゃないだろ!?」


 オレはみんなに叫ぶ。


「あいつに言うんだ! 分かってるやつ! 分かってない奴らみんなに教えてやってくれ!」


 そして、コメント欄にあった温かな声援は、地獄のようなコメントに変わっていった。


【精霊王のばーーか!】

【ばか! 間抜け!】

【一人称が余ってなんだよwwwダッサ】

【お前の超必殺技見て生きてる人、百万人くらいいるんだけど? どんな気持ち?w さっきのセリフもう言えないねえ(ニチャァ】



 百万人以上の視聴者からの、鋭き刃が精霊王の胸をえぐる。



『く……だが、余はおれぬ……。精霊王とは強き意志を持つもの……! 王とは他の王と戦うこともある……! 戦と思えば、耐えれぬほどではない……!』


 精霊王の鎧に、わずかにヒビが入った。

 だがそれだけだ。


『貴様の名をいうがいい。この余が覚えよう……。貴様は確かに強敵だった……。だが、余には及ばぬ……』


「……ハルカだ」


『ハルカ。音と意志の刃を操る恐ろしき戦士よ。貴様はここで、確実に殺す……!』


 精霊王から殺気が溢れる。

 ようやくオレを敵と認定したようだ。


 ――だが、もう遅い。


 はじめは、英語だった。


【The Spirit King, idiot! (精霊王のバカ!)】



 そしてフランス語。


【Bête! (あほ!)】



 タガログ語。


【Hari ng Espiritu tanga! (精霊王のバカ!)】


 様々な言語で、精霊王が罵倒されていく。


「なぁ……精霊王さんよ。言語を問わず意志を伝えられるってことはさ――わかるんだろ? 全部の言語が……!」


『ぐ、ぐあああああああ』


 ドイツ語。インドネシア語。

【Dummkopf! (ばーーーか!)】

【Bodoh! (ばーーーか!)】




【Kūkū! 】【मूर्ख! 】【พระราชาวิญญาณโง่!】【முட்டாள்!】

 マオリ語。ヒンディー語。タイ語。タミル語。


 ありとあらゆる言語で、精霊王は罵倒された。


 たしかに王たるもの戦があれば、敵から罵倒されることはあるだろう。

 しかしそれは単一言語――多くて三つの言語くらいだろうか。

 様々な言語で罵倒されている精霊王は、自らが世界の敵になったような感覚を抱いているはずだ……。


 明らかに苦しそうに、呻いている。

 このままでも倒れそうだった。


 オレはダメ押しをする。


「なぁ、知っているか……? 精霊王」


『ぐ、ぐわぁ……! ああああ! ぐおおおおおお!』

 もはや鎧は見る影もないくらいひび割れ、欠け、目の前の存在が王であると思う人など皆無であろう。


「地球の人口は、約八十億! そいつらみんなが、お前の悪口を言ってるぞ……!」

 ――あれ。2013年の地球人口わかんねえや……。まあいいか。盛ってこ。

 動画視聴者は150万くらいのため、完全に盛っていた。


『う、嘘だ……嘘だあ……! そんな、余は、余はぁ……!』

 がくがく震え、精霊王はまるで土下座するようにへたりこむ。


「これが、みんなの、友情パワーだ……」


 オレはボロボロになった見える身体で、なんとか立ち上がり、よろよろと近づいていく。

 ちょっと転びそうになることも忘れない。

 こういうちょっとした仕草が大事なのだ。多分。


「これがっ……! 人類の……力だぁっ……!」


 オレは土下座状態の精霊王の後頭部に、拳を振り下ろす。

 兜ごと地面に突っ込む。

 地面はひび割れ、頭がめりこむ。


 そして精霊王は、ぴくりとも動かなくなる。


「……応援してくれて、ありがとな。今回は、オレだけじゃ、無理だった……。オレと、みんなの勝利だ……。ありがとうな……」


 コメントから【そんなことないよ!】【ハルカくん、ありがとう!】【すごかったよ、ハルカ!】など絶賛の嵐だ。


「はぁ、はぁ……もう、だめだ。みんな――チャンネル登録と、高評価、よろしく、お願いします……」

 最後にそう言ってオレも、どちゃっと地面に倒れこむ。



 そして、配信を切った。




 それからすぐにむくりと起き上がる。

 わざと作った怪我も、自己治癒スキルを使ってすぐに癒す。


「よっし。配信終了だー!」


 伸びをしてから、足元の、頭を地面にめり込ませた精霊王を見た。


「なあ、起きてるよな? お前。おい」


 返事がなかったので、何回か足でこづく。


『や、やめろ……。余に何をするのだぁ……もう余の負けでよいから、放っておいてくれ……』


「君さあ。それちょっと虫が良すぎると思わない? ちょっとオレとお話しよっか? いいよな」


『…………うむ。よ、よかろう……』


 月の精霊王は震える声でそう言った。






────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


まさかハルカが勝つとはびっくりですね。

予想で着ていたよという方は★とフォローをお願いします。


また、すでに★やフォローをくださってる方にはただただ感謝を。

たくさん反応を頂き、とても嬉しく思っています!


おかげさまで週間ジャンルランキング9位に入れました!

ありがとうございます!

10位以内に入れるとは、本当にありがたい話です……!


このまま、いけるところまでいけたらさらに嬉しいです……!


これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!



もちぱん太郎

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