第56話 絶望の精霊王

「なあ。精霊王、君さ。なにしたかわかってる?」


 オレが言うと、精霊王は地面に頭を埋め込んだままの土下座状態のまま言った。


『……余は、余の思うようにしただけである……。何ら恥じることはしていない……』


 精霊王は地面から頭を引き抜く。

 ぱらぱらと、不思議な色に光る土が落ちる。


『此度において、貴様らとは戦をしていると認識しているゆえ……。余は、敗北したことを悔いることあれど、横浜を滅ぼし、貴様らを倒そうとしたことは過ちとは思わぬ……』


 精霊王は威厳のある声で言う。


「いいよ。それでさ」


 オレがいうと、精霊王は

「へぁ?」

 と情けない声を出した。


 人間を襲ったことを、オレが容認するような発言をしたからだろう。


 だが、それは当然だった。


 精霊とは、人ではない。

 ならば人の法に従う道理もなければ、人を思いやる心などあるはずもない。逆に、そのようなものを持っているほうが異端だ。


 ダンジョンにおいて、人と精霊は敵対して戦っている。

 契約をして仲間になっている精霊もいるが、その精霊も自らの利益のために契約しているに過ぎない。


 だというのに『私は人間の味方ですよ』とか言い出す精霊のほうが異端であり、警戒に値する。


 自然ではないからだ。


 腹に一物隠し、人間を騙していると考えるほうがまだ理にかなう。


 であれば、この精霊王は『人間に対して悪いこと』をした。だが『精霊として悪いこと』をした訳ではないのだ。


「オレたちはゆるく敵対しているから、人間を襲うのはまあ精霊的には間違ってはいないだろう。だけどオレは人間側だから、それを止めたりするわけだ。わかる?」


『……うむ。それは当然だ』


 頷く精霊王にオレは説明をする。


「で、君は生き残りたい。ただオレは人類側だから、人を殺そうとした君を処理しなきゃいけないっていう理屈があるわけだ」


 精霊王は苦し気な声を出す。


『……余を消滅させるのか。………………なんとか、ならぬ?』


「その話をしようって言ってるんだよ。お前は現状、人間にとって、とんでもねー化け物だ。すごく、恐れられている」


『だから消滅させるか。……仕方ないのかも、しれんな』


 諦めたような声でいう精霊王に、オレは言った。


「だからさ――注目度があると思うんだよね」


『……ぬう?』


 そう。こいつはその存在だけでとんでもない撮れ高だ。

 このまま消滅させるには惜しいとオレは思っている。


「だからさ、オレが君を生き残らせたくなるようにプレゼンしてよ」


 正直既に生かす気にはなっている。だが、あまり調子に乗られても困るからな。

 オレは少し詰めておくか、と思って尋ねてみた。


『王たる余が……?! 他人を説得するための提案をせよと!?』


 憤慨するような声。

 だからオレはあっさり言った。


「しなくてもいいよ」


 わかればいいんだ、という様子で精霊王がいう。


『うむ……それでよいのだ。たとえ余に勝利した戦士とはいえ、王たる余にそのような提案をすることは不遜である。――って、え……?』


 オレはにっこりと笑って見せる。


「じゃあ――さようならだな」


 オレはマジックバッグから取り出したブラッドシャドウの斧を手に、ぶんぶんと軽く素振りをする。

 大気を切り裂く鈍い音が月の精霊界に響く。


『待つのだ――! 待って待って! なんだその武器は! 余に何するつもりなのだ……!?』


「いや、君すごいな。命と誇りを天秤にかけて、迷わず誇りをとれるなんてさ。尊敬するよ。――じゃあな」


『待って! 本当に待って! 余まだ死にたくない……! お父様とお母様から引き離されて、封印されて、ようやく出れたと思ったら死ぬの!? 余、死にだくないよぉ……!』


 もはや精霊王の威厳などどこかに置き忘れたような声で言った。

 さっきは消滅を受け入れるようなセリフもいっていたというのに、消滅が目の前にやってきたら恐くなったのかもしれない。


「じゃあどうぞ。君は何ができますか。月の精霊王くん。自己アピールをどうぞ」


 はい、と手で示す。


『月の力が使えるぞ』


「それで何ができるの?」


『夜に強くなる……。あと月の引力を利用して、潮の動きを操ったり、夜の力を使ったり……』


「うーん……ちょっと地味かなあ……」


『地味?! ぐぬぬ……』


「他には?」


『空から無数の星々を降らせることもできる……』


 え。やばすぎ。


「ちょっと大技すぎて使いどころが難しいねえ。他には?」


『…………あと余はかわいい』


「かわ…………えっ?」


『お父様とお母様にはずっとかわいいといわれて育ってきたのだ』

 そう語って、ルナー・マジェスティは壊れかけの兜をゆっくりと取り払った。


 兜が外されると、中から出てきたのは、月明かりが凝縮し、造り出されたかのような神秘的で清純な顔立ち。


 彼女の顔は、柔らかな月の光に照らされて、さらにその美しさを増していた。

 流れるような金の髪は、夜空に散らばる星々のように、優雅に空気中を舞っていた。


 彼女の瞳は深い蒼、まるで無限の知識と叡智、悲しみと愛情が交錯する宇宙のようだ。

 その顔立ちは、秀麗で均整が取れており、凛とした気高さが漂っていた。


 美しさとは異なる、彼女固有の神秘的なオーラが、寄り添う空気すらも浄化するかのようだ。

 その顔は、戦の傷跡であるぼろぼろの鎧とは対照的に、永遠の美と純粋さを保ち続けていた。


 彼女の美しさは、まるで月が夜空に咲く純白の花のようだった。

 その優美な顔立ちは、月の精霊が持つ究極の美と清潔さ、そして知性を体現しているかのようだった。


 その彼女は、戸惑う様子を隠すこともできず言う。


『あとはその……夜の共をすることも、可能である……』


「あ、はい。だめです。兜かぶってください。脱がないで」


『えっ……』


 そして月の精霊王の美貌はひび割れた兜で覆い隠された。


 たしかに女性であるのは利点ではある。女性や子供の姿の場合、許されやすい土壌がある。逆におっさんだったら民意が許してくれない気がする。


 ただ、女性をこき使うことや、そういう男女の生々しさや生臭さが出てしまうと、動画として面白くない――それどころか人によっては嫌悪感を催すだろう


 なので取り扱いは要注意だ。

 横浜を破壊しようとした精霊王を仲間にするという危ない橋を渡ろうというのに、懸念点はこれ以上増やしたくない。


「他は?」


『あとは……大したことではないのだが、王たる獣、狼になれるくらいか。だが――』


「よし。それでいこう」


 動物にも甘い人は多い。

 人は動物を論理的思考ができない生物だと判断する。

 ダンジョンが生まれる前であれば、それは正しかった。犬や猫などとは、真の意味で分かりあうことはできないと感覚で思っている。


 たとえば家のトイレ以外でうんちをしたとして、犬や猫ならせいぜい怒るくらいだろう。



 だが、それを友達がしたらどうだろう?



 絶交モノだ。



 それは相手に知性を期待するからだ。

 逆に動物には知性を期待しない。

 分かり合えないからこそ、許すことができる。



 人は分かり合える。

 その期待が、争いを起こす。


 自らの利益のために動くのだから、人と人が分かり合えることに、期待などしてはいけない。



「鎧の中身は犬だった。それでいこう」


『余は狼なのだが!?』


 どっちも犬科だから大丈夫だろう。


「とりあえず狼になってみてくれ」


『……うむ』


 僅かな刻が過ぎ、月の精霊王の姿は変わり始めた。

 彼女の優雅な鎧姿は、神秘に満ちた巨大な狼へと変わりゆく。

 この純白の狼は月の光を浴び、さらに輝く美しい毛並みを持っていた。


 その眼差しには深淵なる知性と誇りが宿り、その存在そのものが、夜の静寂と月の神秘を体現していた。


 その全身から放たれる気高くも冷たいオーラは、彼が真の月の精霊王であることを、周囲に知らしめていた。


「ちょっと賢そう過ぎるな……。もっとアホそうな顔してみて」


『……アホそうな顔!?』


「やってみて」


『だ、だが……余は王たる者……』


「いいからやれ」


『わうう……』

 と狼は不機嫌そうに応えた。


 オレが圧をかけると、精霊王(犬)はアホそうな顔を頑張って作っていた。

 だが、まだ足りない。


「もっとだらんって舌だして」


『きゃうん……』


「どこ見てるかわからないような目をしてくれ」


 しばらくオレの演技指導は続いた。


 ――そして、OKが出た。


 すると月の精霊王は、バカそうな犬のふりをして嫌になったのか、人間の女性の姿に戻った。

 兜も外れ、自分の美貌を見せつけ、先ほどのバカ犬の様子をなかったことにしようとしているかのようであった。


「じゃあそんな感じでいこう。あと精霊契約するぞ」


『……うむ』


「契約の主従比率は10:0でいいな? もちろんオレが10だ」


 契約の比率というのは、どちらがその契約において優先されるかということものである。


『10!? それは、死ねといわれたら余はすぐに死ななければならないぐらいの契約だが!? ひどすぎでは?!』


「今すぐ消滅するのと、もしかしたら後で消滅するかもしれない契約だな。どっちがいい? 選んでいいぞ」


『選択肢がないのだが……?』


「ないぞ」


『…………ひぃん』


 オレはスマホを操作する。まだ電波は繋がっていた。


「あとはそうだな……。コメントを見た感じと今調べた感じ、死者は出ていなそうだ。これなら、なんとかなりそうかな。お前はたくさんの人に迷惑をかけたから、その贖罪としてたくさんの人を救う! みたいな方向性で行くか」


『……うむ』


 そのままオレたちはいくつかの取り決めをしていった。


 その中でオレはふと、こんなことを聞いてみた。


「そういえばお前さ。お父様とお母様とか言ってたけど、精霊の家族とかどうなってるんだ? オレは自然発生するかと思っていたんだが……」


『そのようなことも知らぬのか? 父と母の愛が混ざり合って、精霊は生まれるのだ』


 ――詩的な表現だな。だがいってることは、あれか。


「……人間と同じってことか?」


『余は人間の生態を知らぬ。だが、そなたがそういうってことは、そうなのかもしれぬ……』


「わりと精霊も生々しい感じなんだな……」


『うむ……。ただし、想いが同量でなければ子どもはなかなかできぬ。故に、精霊の子は貴重なのだ。あと、そなたの言うように、自然発生もあるぞ』


「想いが同量……!? どういうことだ……?」


『うむ……。人間も同じならば、詳しく言うまでもないかもしれぬが……』


 そう前置きをしてから、精霊王は至極真面目な顔で言った。


『まずお父様がお母様に、ちゅきちゅき~という気持ちを抱く』


「……は?」


『またそれを感じたお母様もお父様にちゅきちゅき~~という気持ちを抱くのだ。するとお互いの気持ちがどんどん高まってちゅきちゅきだいちゅきだよ~~~となっていく』


 彼女は神秘さを称えた瞳で、物憂げに遠くを見つめながら言った。


「…………お、おう」


『するとその二人の強い想いは、ちゅきちゅきだいちゅきビームとなって、お互いに放たれる。そのとき、想いが同量であれば、ちゅきちゅきだいちゅきビーム同士が互いにぶつかりあい、大爆発が起きる。その爆発で生まれるのが精霊の子である』


 ゆるんだ空気が全く混ざってない表情。

 こいつ、本気だ。


 ……こいつ、そうやって生まれたのか。


「思ったよりもファンシー……? な産まれ方だな……」


 当たり前の、ただ事実を話しているだけという精霊王の口調が、奇妙な空気感を作っていた。


『ただしこの時に片方の気持ちだけが強すぎると、『あ、ちょっと重すぎるんで無理ですごめんなさい状態』となり、大けがを負うのだ。つまり、片方がちゅきちゅきビーム程度だったり、逆にちゅきちゅきだいちゅきちょうちょうあいちてりゅよビームほどの強い想いである場合は非常に危険な状態になる』


「大けがを負うのか!?」

 思ったよりも命がけなのかもしれない。

 あとビームの名前やべえな……。


『しかし、驚くということは人の発生はまた違うのだな……。人はどう産まれるのだ……?』


「さっき夜の共をするとか言っていたから、知っているんじゃないのか……?」


『なぜ夜のお供に子どもが関係あるのだ?』


 精霊王は不可解そうな顔になる。


『余は、抱き枕になってもよいという提案をしたのだが……。なるほど、なるほど。人は抱き枕で増殖するのか。完全に理解したぞ』


「まあ、そんな感じだ。じゃあ、もっと視聴者たちに受け入れてもらう方法を詰めるぞ」


 オレと精霊王はこのあと10:0の比率で精霊契約を結び、さらに色々な話を詰めていった。


 この精霊王を活かすことによって、横浜の精霊アストラル界化がどうなるかもわからない。

 おそらく、大丈夫なはずではあるが、悪影響が残る可能性はある。


 なんとか、視聴者の方々に納得してもらわないとな……。



◆リザルト


 ◇ハルカちゃんねる登録者激増 372,219人→714,621人

  ※外国の方多め。また動画の切り抜きなどが広まり、登録者増加スピード上昇



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あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


コメントではいくらか予想されていたのですが、精霊王が配下になりました!


次から何回かBBS回をはさんでから、もふもふ精霊王お披露目配信になります!

果たして許されるのか……?


もふもふ、もしくは残念美人が好きな方は★とフォローとコメントで教えてくださいね!


あと、皆様のおかげでジャンル週間9位を維持しております。

本当に感謝しています!

このまま、いけるところまでいけたらさらに嬉しいです……!


これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!



もちぱん太郎

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