第50話 超越的存在

 悪事の予定をすべて暴露した挙句、共犯者の名前まで言ってしまった経済の自称第一人者、松原凌馬。


 彼は能面のような顔でぽかんと口を開けていた。

 未来なら「え、この状況でも入れる保険があるんですか!?」というような状況だ。


 もちろん、そのような保険はない。


「いや、今からでも、顔と戸籍を変えれば――それより海外に――」

 などと彼は蒼白になった顔でつぶやいていた。


 その時、彼のつけていた指輪が妖しい光を放つ。


 松原凌馬は弾かれたように走り出す。

 近くにいた幼い子どもが、彼に捕まる。


「ぱ、パパっ……!!」


「真也……!!!」


 ――真也?

 その名前を聞いて、子どもの顔を見る。


 ――なんとなく連城真也の面影があった。


「ははは。ありがとうございます。ハルカくんでしたか。あなたには教えられました。敵を前に長口上はよくないですね。ああ、動かないでくださいよ」


 松原凌馬は、真也と呼ばれた子どもを盾にした。


「いつでも殺せますからね。それで、ハルカくんこそ、敵に向かってアドバイスとは余裕ですねえ。その余裕が、今の状況を招いた。この知見を活かすことは二度とないでしょうが、気を付けたほうがいいですねえ」


 この状況は、子どもごと松原を始末するのが最上の手だった。

 放置すれば、精霊を呼び出されて多くの人が死ぬ。そして最後は子どもも死ぬだろう。

 だから非情に徹して、心で涙し、子どもごと倒す――その手段をとるべきだった。


 ――まあ、普通の探索者だったら、だけど。


「教えてあげましょう。私は確かに精霊の力が混じっています。この精霊は封じられているためか、私ほど強い意志を持つ人間の中では大した力を振るえないんですよ。だから、自我の弱い子ども、それも精霊と相性のいい子どもに彼を移動させれば、どうなると思いますか? ねえ、私の作戦を阻止したと思ったでしょう? 喜んだでしょう? 自分が英雄だと勘違いしてしまったでしょう? それはとても気持ちよかったでしょう? ――それが崩れた今、どんなお気持ちですかぁ?」


 松原凌馬は嫌らしい笑みを浮かべながら聞いてきた。

 どうやら彼はマウントをとらないと気が済まない人間であるらしかった。


「……よっぽど悔しかったんだな」

 つい、ぽつりとこぼした。


 すると松原凌馬は顔を歪めた。


「悔しくなんて、ありませんがね。ただ、あなたは死ぬ。それだけのことです。私はこの後どうとでもなる。顔と戸籍を変えるか、海外に行くか――多少面倒ではありますがね。私の勝ちです」


 松原凌馬は勝利宣言をした。


 そして、おそらく精霊と何らかの約定を結んでいるのだろう。

 松原凌馬はためらいなく自らの指輪を外し、子どもにはめようとする。


 指輪が精霊を降ろすキーになるのだろう。


 これは推測に過ぎないが、オレのいた世界線の連城真也は、精霊に乗っ取られるか、精霊と混ざりあった存在になっていた可能性が高い。


 力ある精霊が中に入ることで、真白さんとは真逆・・のことが起きた。

 その可能性は十分ある。


 精霊から成長の力を渡して、無理やりに精霊力を万全に扱える肉体へと変化させたとみるべきだろう。



 ――松原凌馬が持つ指輪が子どもの指に近くなっていく。



「せいっ!」



 オレはその瞬間、濃紫に光るペンライトを投擲した。


 オレは松原凌馬と混じった精霊――その本体が、その指輪に封じられていることを看破していた。

 指輪を外し、精霊からの強化を失った松原凌馬は、もはや何の力もない。


 機敏さの欠片もない動きで子どもに指輪をはめようとしている。


 その指輪に――オレの投擲した濃紫のペンライトが直撃する。



 指輪は松原凌馬の手から弾け飛び、通路へと転がる。


 瞬間、オレは神速の踏み込みで松原に接近。

 そして子どもを奪取する。


「大丈夫だったかい? よく頑張ったね。えらいぞ」


 オレは子どもの頭を軽くなで、父親の手に返す。

 子どもはよくわかってない顔でオレを見ていた。

 だが、父親は「ありがとうございます……!」とオレに頭を下げた。



 もはや松原凌馬は恐ろしい存在などではない。


 精霊の力を借り受けられる指輪を外した時点で、彼は――



 ――ただのおじさんだった。



「あぁぁぁあぁ」とへたり込んでいる。


 オレは、うっすらと青白い銀色の光を放つ指輪を拾い上げる。


 オレの身体から何かが吸い上げられていく。


 指輪は青白く銀色に光った。

 強い銀光が内側から溢れ出てくる。


「返せっ……! 返せぇっ……!」


 この指輪には、静かでありながらも強大なる力が秘められていた。

 指輪からは幽かに銀白の光が漏れ、まるで月明かりに包まれているかのようだ。

 ただの装飾品ではない何かを予感させるような、静かで深い力の輝きを放っている。


 その光は、まさに月の精霊力。


 指輪の中で幽かに輝くその光は、冷たくも美しい月の光を思わせる。

 まるで、静寂の中で輝く月が、秘密を内包した不可視の世界を映し出しているかのように思える。


 その指輪に封じ込められた精霊の力は、静かなる怒りとともに、自由を待ち望んでいるのかもしれない。

 指輪全体がその封じられた力によって、微細に震えているようにも見える。


 指輪が、眩い光を放つ。


 目がくらみそうになる。


 光が収まった後、空中に一つの存在が浮かんでいた。



 光が収束すると、静寂の中に、ある超越的な存在が姿を現したのだ。


 オレはそれを知っていた。

 ダンジョンの奥深く、誰も立ち入らないような場所で見た存在。


 ルナー・マジェスティ――月の王級精霊。

 精霊王とも呼ばれ、その存在がいるのではないか? と未来でもそういった予測をされていたものだ。


 上級精霊の上位存在は、特級精霊だ。精霊王とはさらに格上の存在だった。


 まるで星々を纏い、半月の盾を携えた壮麗な騎士のようであった。

 その姿から溢れる神々しさは、まるで天体の美しさと輝きを具現化したかのように感じられる。


 その存在は、穏やかでありながらも、深い闇と冷徹さを内に秘めており、その眼差しは、夜の静寂の中で光る月のように、澄んでいて凛としていた。


 会場のすべてが、静まり返る。


 誰一人として声を発さない。


 人如きが、この存在の前で何かをするなどというのは烏滸おこがましい。


 人は、本能でそれをった。


 人々は息をのむ。

 この神々しくも禍々しい存在の前に、全てが無意味に思えるほどの圧倒的なオーラに、一同はただ呆然と立ち尽くす。


 会場の人間たちは感極まり、涙を流していた。


 この光景を写真として切り取り見せれば、どこかのカルト宗教のようにも見えるだろう。


 人は今――神と――そう思えてしまう存在と、出会ったのだ。



 ルナー・マジェスティの姿がそこにある限り、その場の空気は凛と静まり返ることを強制される。

 全ての者がその神々しい力の前に頭を垂れ、その存在の偉大さと神秘性に心を奪われていた。


 精霊王を宿した指輪を所持していたはずの松原凌馬も例外ではない。


 彼は涙を流しながら言う。


「おお。神よ。神よ――! あなたは、そこまで尊い存在だったのですね――。私に、あなたに協力した報酬を下賜してくださいませんか。――私に知恵を。すべてを理解し、思うままに操れる知恵をお授けください。どうか、どうか――!」


『ふむ――』


 性別も年齢もわからないような、ただ神性だけを帯びた声がした。

 それが月の精霊王の声だった。

 喋っているのか、それとも脳裏に直接伝えられているのか、それすら人は理解できない。


『松原よ。余は、貴様の在り様をあまり好まぬ。で、あるが、余を解放するために多少なりとも力を尽くした貴様の望みに応えよう』


「ああ……ああ……ありがとうございます……」


 松原凌馬は滂沱の涙をこぼす。


 ルナー・マジェスティから湧き出る神秘的かつ不可解な光が、静かに彼の心を浸し、照らし出す。

 その光は無尽蔵なる知識と不可知なる真理を彼の精神の深淵に注ぎ込んでいく。


「あ……あ……これが、知識……」


 松原凌馬は、聖なる知識の前で、魂まで震える様子で涙を流す。


「全てが、全てが開かれる……全ての真実、全ての秘密が、この心に……!」


 会場は無数の涙で満ち溢れる中、松原凌馬一人が何かを呟いていた。



「世界は、この世界の成り立ちは――このように、嗚呼――! これこそが宇宙の真理――ア――我らは小さく、なんと愚かで、あ、ああ――アハ――」



 松原凌馬は泣いているような、

 笑っているような、

 喜悦に歪んでいるような、

 怒りに満ちているような、

 ただ何も考えられないだけのような、

 はたまた狂っているかのような、

 およそ感情というものが類推できない表情を浮かべた。


「アハ――アハハハ――ハハハハハハ――あ、あ、ああぁ――あえあ――うえ、あぁ、う、ぐぇぇ……あぁ……アハ……うげぇ――おぇ――アハ、アヒャ――」


 彼は哄笑と嗚咽を繰り返すだけの存在へと成り果てた。


 彼は、人が触れてはならない禁断の知識に触れ、存在するべきでない深淵の底を見てしまったのだ。


 彼の精神はその神聖かつ禍々しい知識に触れ、無数の真理とともに、滅びゆく運命と狂気に捉えられていった。



『これでよいな。松原よ。余は貴様の貢献に報いた。――して、そこの。貴様はなぜ余にひざまかぬ?』



 月の精霊王は、その圧倒的な威圧感を以って、オレのほうを振り向いた。


『余に跪く栄誉を与えよう』


 オレは鼻で笑ってから言う。


「ずっと一緒にやってきたんだろ? 協力者をあんなふうにして、心は痛まないのか?」


『松原の望みだろう。余は叶えただけよ。松原もさぞ喜んでいるであろうな』


「喜ぶ? あれが? 人の感情がわからないのか?」


『生きているではないか、望みが叶い、生命も保たれている。ならば喜ぶことこそあれ、悲しむことなどありえない。余の手で願いを叶えたのだ。なお物言いがあるとすれば、それは不敬であろう』


「精神構造がまったく違うようだな? それとも精霊の中でお前が異端なのか?」


『今から余に跪き、傅けば、余の王国の民としてやろう』


「はっ……。お断りだね。オレは決めてんだよ。今回は・・・誰の下にもつかねえってね。自分自身のかじ取りを、他人に任せることなんてできるかよ」




『であれば、貴様は余の王国には要らぬ』


 月の精霊王は、その圧倒的神性と威圧感を以って、オレに力の波動を放った。




 オレはその波動を受けながら、口を開いた。


 明るい声で言う。


「いやーーーーー、ヤッバいの出てきちゃいましたね! みなさん! たぶん視聴者の皆さんは、画面越しなので、そこまで影響は大きくないと思います! 大丈夫ですか!? ご気分の悪くなった方はどうぞ画面を閉じてください!」


 オレは右手を広げてみせた。


「さて、あちらにおわすは上級精霊の二つ上。特級精霊を超える王級精霊です!」



『貴様何を言っておる……?』



「というわけでこの生配信の内容は今から『精霊王を倒して横浜を救ってみた!』をやってみようと思います!」





 だが、その言葉は実行されなかった――。





   ◆ オマケ ◆


◆資料:封印の指輪(月の精霊王)

【名称】

 ルナリス・バインドリング


【レアリティ】

 SSR

【説明】

 この神秘的な指輪は、ダンジョンの深層で発見された。中には月の精霊王・ルナー・マジェスティの力と知識、意志が封じられている。この指輪を纏う者は、その一部の力を借りることができる。


【能力】

・力の借用:

 指輪を装備することで、使用者は月の精霊王の力の一部を利用できる。これにより、使用者は月の引力や潮の動きを操る能力、夜間での特別な力を得ることができる。


・知識と意志の継承:

 指輪の所有者は、ルナー・マジェスティの知識と意志に触れることができ、彼の経験や知識を一部得ることが可能。


・封印の解放:

 特定の条件下で、指輪の力を完全に解放し月の精霊王を一時的に召喚することが可能。


【制約】

 指輪の力を借りることで、使用者の精神と体に負担がかかる。使用者の精神が弱ると、月の精霊王の意志に支配される危険性も存在する。

 使用者が指輪の力を使いこなすには、高い精神力と知識、精霊術における一定のスキルが必要。

 いずれかが欠ける場合その能力は十全には使えない。


【発見地】

 この指輪の正確な出現地や製作者は不明。ダンジョンの未知の領域で発見されたとされている。


【注意事項】

 この指輪は非常に強力であり、取り扱いには最大級の注意が必要。不適切な使用は、使用者自身や周囲に大きな危険をもたらす可能性がある。





────────────────────────

あとがき


皆様、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

明日は精霊王戦です!


明日も読んでくれる方は、★とフォローをよろしくお願いします!


また、すでに★やフォローをくださってる方にはただただ感謝を。

たくさん反応を頂き、とても嬉しく思っています!


なんとかランキング10位以内に入りたいと願っております。

もしよろしければ、お手伝いください!


これからも、皆様に喜んでいただけるような作品をお届けするために頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!



もちぱん太郎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る